関根要太郎研究室＠はこだて

埼玉県秩父郡長瀞と宝登山の桜2025(建築家・関根要太郎の故郷を訪ねる)

◆埼玉県秩父郡長瀞と宝登山の桜

　・・・・令和7年、秩父の桜の名所・長瀞と宝登山を訪ねる

　今年も桜の開花は早かったものの、その後の低温が影響してか桜の見頃が長く続いた関東地方。子供の頃は桜の花(…ソメイヨシノ)は入学式の時期に咲くものだと刷り込まれていましたが、近年の温暖化の影響か、このところは入学式の時期は完全に桜の開花は終わっていました。しかし久しぶりに4月の第一週まで桜の開花を楽しめたというのは、懐かしさと同時にとても不思議な感じがしました。

　そして今年の花見ですが、当初は2つの場所を候補地に考えていました。

　まず最初の場所が埼玉県秩父市の上田野(…秩父鉄道武州中川駅が最寄り)の清雲寺に、樹齢600年を迎えるという、しだれ桜を見に行く事でした。当初は4月4日に秩父神社でおこなわれた〔御田植祭り〕の翌日に行くプランを練っていましたが、妻が体調不良のために行くのを断念。その翌週には見頃を過ぎていました。

　次いで花見の候補地として検討していたのが、東京都多摩市の旧多摩聖蹟記念館(設計：関根要太郎＋蔵田周忠、昭和5年築)が建つ都立桜ヶ丘公園の桜を見に行く事でした。ちなみに旧多摩聖蹟記念館では5月25日まで〔連光寺の桜と旧多摩聖蹟記念館〕という企画展がおこなわれており、それに絡めて桜を見に行こうと思った訳です。しかし我が家の近所も葉桜の状態になっていたので、ほぼ同様の気候条件の多摩市も桜が散ったと思い、記念館行きも諦めた次第です。

　桜の見頃はやや過ぎた感じの強い、4月第2週末の首都圏エリア。そうなると今年も花見に行く場所はここになります。それは埼玉県の秩父地方です。

　建築家・関根要太郎(1889～1959)の郷里でもある秩父は、市街地でも海抜250メートル程度の高さがある事や、周辺を高い山に囲まれた盆地という地形もあり、東京都心に比べ気温が低く、開花は東京に比べて遅いのは昨年紹介した通りです。

　秩父の桜といえば昨年訪れた秩父市街地の東崖にある羊山公園が、アクセス的には一番便利なのですが、それでは芸がない。という事で今年は秩父でも、別の場所に行ってみました。それは秩父市街地より北に10数キロの場所にある秩父郡長瀞町です。埼玉県南部に暮らす私は秩父に行く時は、西武鉄道を利用するのが常ですが、出発時間が遅いこともあり、最短距離にあたる東武東上線に乗り、終点の寄居駅から秩父鉄道に乗り換え長瀞へ向かった次第です。

　長瀞といえば国の天然記念物や名勝に指定されている、長瀞渓谷を船で下る〔長瀞ライン下り〕があまりにも有名ですが、当時の関係者の人たちが観光客の誘致を狙ったのでしょうか、ソメイヨシノを中心に桜の木が相当数植えられています。

　特に長瀞駅北側にある〔北桜通り〕、更に長瀞渓谷や長瀞駅西側に鎮座する、宝登山神社(…ほどさんじんじゃ)参道の桜並木は見事なものでした。以前から長瀞の桜は美しいという事は知っていましたが、実物を見て本当に感動しました。

　そして長瀞町ですが、建築家・関根要太郎(1889～1959)も縁のあった町で、関根は先代の町役場(…この当時、長瀞町は野上町と名乗っていた)の設計を担当し、昭和29(1954)年に鉄筋コンクリート造2階建ての庁舎を竣工させています。当時の写真が見つからず調査を長年放置したままなのですが、興味深いエピソードを幾つか持つ作品で、いつの日か研究結果を発表したいとも考えております。

　この日は長瀞観光の定番コースである、長瀞ライン下りには乗船しませんでしたが、北桜通り、宝登山参道のほか、秩父神社三大神社の一つとして知られる宝登山神社、レトロなロープウェイに乗り、同神社の奥宮がある宝登山の山頂にも訪れてみました。春到来の秩父長瀞はうららかで、心安らぐ一時を過ごす事が出来ました。今回も大量の写真を掲載してしまいましたが、桜咲く長瀞の美しい景色をお楽しみください。

★秩父郡長瀞と宝登山の桜

★地元駅から東武東上線を経由して秩父郡長瀞へ

普段は西武鉄道に乗り秩父へ向かうが、スマートフォンで検索した乗り換え案内だと、長瀞へ行くには東武東上線に乗り終点の寄居駅から秩父鉄道に乗り換えた方が早いとのこと。それに従い地元の駅より東武東上線に乗る。

東武線というと電車内の清掃が全くされていないなど、車両のメンテナンスも悪く、乗り心地も今一つな残念すぎる車両が非常に多いので、極力利用するのを避けているのだが、この日は東京メトロから乗り入れてきた車両がやって来たので一安心。これで終点の森林公園まで向かう。

地元駅から約40分、Fライナー(…みなとみらい線、東急東横線、東京メトロ副都心線からの直通電車)は、終点の森林公園駅に到着。

森林公園駅からは寄居行きのローカル線に乗り換え。筆者が子供の頃から走っていた鋼鉄製の年季の入った電車8000系に乗る。

ローカル線の車内から見える外秩父の風景はすっかり春の様相に。

★秩父鉄道寄居駅ホームにて

寄居駅で約20分の乗り換え待ち。秩父鉄道のホームで長瀞方面行きの電車を待つ。

ホームの周りの線路は、秩父鉄道が武甲山で採掘された石灰岩(…セメント)輸送が頻繁におこなわれていた時代の名残り。

駅の構内には昭和レトロな雰囲気漂う、沿線名所案内の看板も。

待つこと20分、長瀞・秩父方面行きの電車がやって来た。

ステンレス製のこの電車は、かつて都営地下鉄三田線を走っていたもの。

★秩父鉄道波久礼駅(…はぐれえき)

寄居駅の隣駅である波久礼駅(…はぐれえき)は明治36(1903)年の開業。

明治40(1908)年、当時18歳の関根要太郎は、秩父の大宮郷(…現在の秩父市街)から乗合馬車に乗り、当時上武鉄道の出発駅であった波久礼駅に到着。そこから汽車に乗り換え東京へと向かい、間もなく建築業に携わるのであった。

★秩父鉄道長瀞駅

埼玉の地元駅を出発してより約2時間、この日の目的地である長瀞駅へ到着。

秩父方面からの電車も到着して間もないこともあり、駅と周辺は結構な賑わい。

★長瀞駅舎(大正3年築)

木造の可愛らしい駅舎は大正3(1914)年に竣工したもの。平成9(1997)年にはこの木造駅舎が評価され、国土交通省より関東駅の百選にも選定されている。

秩父鉄道は長瀞駅のほか、御花畑駅、三峰口駅など戦前に建てられたレトロな駅舎が多く残ることでも知られる。

★長瀞北桜通り

長瀞駅から北東に延びる桜並木。古くから桜の名所として知られているが、桜満開の時期にここへ訪れたのは初めて。通りのゴールまで見てしまうと、隣駅の野上駅まで行ってしまうので、ほどほどの場所で折り返し。

★長瀞渓谷
ライン下りで全国的にも有名な長瀞渓谷。大正13(1924)年に国の名勝および天然記念物に指定された。この日は桜見物がメインという事もあり、ライン下り乗降口付近を簡単に散策。

★長瀞ライン下りBコース乗り場

今まで乗った事がない流れが穏やかな箇所を通る、ライン下りのBコースに乗ってみようかと夫婦で話が盛り上がった。しかし荒川の水量が少ない事と、先月に訪れた秩父山田の春祭りで見た冠雪した武甲山を思い出し、雪解け水で川の水温が低そうだという話になり、暖かい季節に乗船しようという結論に達した。

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埼玉県浦和別所沼公園のヒアシンスハウス(昭和モダン建築探訪)

◆ヒアシンスハウス

　・・・・昭和12年構想、24歳で夭折した天才建築家スケッチの再現作品

　

　昨年に引き続き、建築家・関根要太郎(1889～1959)の郷里である埼玉県秩父市へ頻繁に訪れている筆者だが、まだ梅が咲き始めて間もない2月には埼玉県の県庁所在地である、さいたま市へ２度訪れた。1回は関根要太郎の墓参に西区(…旧大宮市)の青葉園へ、そしてもう1回は南区(…旧浦和市)にある別所沼公園である。普段は午後出発の小散歩だと、川越が定番になっている筆者夫妻だが、この日はJRを乗り継ぎこちらへ訪問した。

　別所沼公園は、その前身となる〔昭和園〕が昭和2(1927)年に開園したそうで、来年で100周年を迎えるという歴史ある郊外型公園だ。現在の公園の名前にもなっている沼は、大宮台地の西崖下にあった谷底低地の湿地帯を造成して作られたものだという。

　またこの公園は関東ローム層の深部という事もあり、2月の乾燥した公園の芝生や歩道の所々には、富士山をはじめ火山が噴火した際に降った火山灰が堆積して出来た赤土が露出していた。関東の冬らしい光景だ。

　話は脱線するが浦和は、関根要太郎が終戦直前から昭和34(1959)年2月に69歳で亡くなるまでの、10数年間を暮らした町である。実現はしなかったが、最晩年の関根は地上9階建てになる浦和市庁舎の新築計画の議案書を関係者に提出している。また戦後は浦和の自宅に自身の建築事務所を置き、浦和ではその縁はなかったが、埼玉各地の市町村の庁舎や学校など公共建築の設計監理を数多く手掛けていたのである。

　メタセコイアという古代種の大木が印象的な別所沼公園。その公園の南側に建つのが、この日ここを訪れた目的である〔ヒアシンスハウス〕だ。東京帝国大学卒業で24歳の若さで亡くなった、建築家で詩人の立原道造(…たちはらみちぞう、1914～1939)が生前に構想した設計案を、平成16(2004)年に実現させたものである。

　夭折の建築家・立原道造と、ヒアシンスハウス竣工の報を知ってから20年、今更この小さな作品を見に行った訳である。

　

　立原道造は大正3(1914)年、東京日本橋区の生まれ。東京府立の第三中学、第一高等学校を経て昭和9(1934)年に東京帝国大学工学部建築学科に入学する。また中学・高校時代はパステル画、短歌など様々な分野で才能を開花させたという。そして大学時代は、東京帝大建築学科の優秀な学生に贈られる、〔辰野賞〕を3年連続で受賞。また詩集の出版、ドイツ人作家の翻訳などを手掛けている。そして昭和12(1937)年に東京帝大を卒業した。

　東京帝大卒業後は、大正末に結成された分離派建築会の中心的メンバーとして活躍した、石本喜久治(1894～1963)率いる〔石本建築事務所〕に就職。この年には念願の詩集を刊行させた。

　新社会人としてスタートを切った頃に立原が構想を練っていたというのが、別所沼のヒアシンスハウス建設案だったという。神保光太郎という友人の詩人が別所沼の近くに住んでいたそうで、それに感化されてこの建設案を練ったのだろう。

　そのように順調すぎる社会人生活のスタートを切った立原であるが、昭和13(1938)年に肺結核の初期症状である肺尖カタルを発症。その後、盛岡や長崎などで天地療養を続けるも病状は回復する事はなく、その年の12月には東京中野区江古田の東京市療養院に入院。恋人の献身的な看病の甲斐なく、昭和14(1939)年3月に同病院にて24歳７ヵ月という短すぎる生涯を閉じた。没後間もなく立原は東京谷中の墓地に葬られたという。

　24歳という若さで亡くなった青年建築家が紡いだ詩の数々は、その後多くの人に愛される。そして今から20数年前に結成された〔ヒアシンスハウスをつくる会〕により、浦和別所沼にてのヒアシンスハウスの建設プロジェクトが始まったのである。

　そして平成16(2004)年秋、立原道造を愛する多くの人たちの熱意ある活動により、ヒアシンスハウスは竣工した。立原の構想から67年という歳月を経ての建物完成である。

　僅か５坪足らずの敷地に建てられたヒアシンスハウスは、趣味のための小部屋といった趣き。訪問日は内部公開がおこなわれており、ボランティア・ガイドの方により建物内の説明を受けながら、館内を撮影させていただいたが、大きな窓が差し込む暖かい日差しのせいもあってか、とても広い空間に感じられた。建物中央の中開きの扉がワンクッションになっているのか、ベットと長机や本棚が備え付けられた少し狭い部分と、窓の大きな開放的なスペースと二部構成になっているような館内構成だった。

　立原がヒアシンスハウスの構想を練っていた昭和12(1937)年は、日中戦争が始まり軍事体制強化に国策が進んでいた事もあり、建築資材の統制がおこなわれ建材は高騰し、建築業界では大きな影を落としていた時代だった。そのような世間の現実を忘れたいような、青年建築家の思いを感じてしまった。

　このような事を書くとお叱りを受けそうだが、もし立原道造が若くして亡くなっていなければ、どのような美しい建築作品を制作していたのかとも想像してしまった。

　贅の限りを尽くさなくても、豊かな心を育む温かみのある空間はこうして作れるのだなと、痛感したこの日のヒアシンスハウス訪問である。今度は別所沼公園の木々の葉が、緑豊かに生い茂ったこれからの季節らもう一度ヒアシンスハウスを見たみたいと思った次第である。心が癒される美しい建築作品だった。

　

◆ヒアシンスハウス(風信子荘)

　◎設計構想：立原道造

　◎実施設計：ヒアシンスハウスをつくる会

　◎構想時期：昭和12(1937)年ころ

　◎起工：平成15(2003)年5月

　◎竣工：平成16(2004)年11月6日

　◎構造：木造平屋

　◎所在地：埼玉県さいたま市南区別所4-12-10

　　　　　　(さいたま市営別所沼公園内)

　　❖平成17(2005)年：彩の国景観賞・心に潤い部門受賞

ヒアシンスハウス、立原道造の詳細については下のリンクを参照していただきたい。

ヒアシンスハウス横に設置されている木製のポールに白旗が上げられている時は、建物内が見学できるという。内部見学が可能な日時は、水・土・日曜と祝日の午前10時から午後３時まで(昼休み時間は閉館)との事だ。
★別所沼公園

東京深川に住む小島長次郎という人物により開発がおこなわれた、昭和2(1927)年にオープンの〔昭和園〕という私営の遊覧地が、現在の別所沼公園の始まり。大宮台地が侵食してできた谷底低地の湿地を生かし、この沼が作られたという。戦前は大宮氷川神社の周辺に開園した大宮公園と共に、埼玉県内を代表する郊外型公園と謳われたという。

戦後は浦和市、埼玉県に管轄が移り、平成13(2001)年には政令指定都市となった、さいたま市の管轄となった。戦後植栽されたと思われるメタセコイア並木が印象的。海抜は坂上の埼玉県庁などの一帯から約10メートルほど低い7メートル。

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