東京・浅草の神谷バー(大正モダン建築探訪)

◆浅草の神谷バー
　　・・・・・・大正１０年竣工、浅草の顔ともいえるレトロ建築


　この２回ほど函館から少し離れて、関東地区に残る大正時代、昭和初期に建てられたレトロ建築を紹介させて頂きたい。そして今回紹介するのは、東京・浅草の〔神谷バー〕。神谷バーといえば私が説明するまでもなく、〔電気ブラン〕というお酒が名物の老舗中の老舗のレストランである。

　私は東京都下に住んでいることもあり滅多に浅草へは訪れないのだが、この日は北千住にある昭和初期に建てられた電信局を見たあと、そのまま帰るのも勿体ないので久しぶりに浅草に寄ることにした。浅草へ訪れたのは８月の下旬。時間的には夕方の５時に近づいていたが、かなりの暑さのため、昭和初めに建てられたという松屋デパートのレトロな階段を見ながら体を十分に涼ませ、浅草界隈を散歩することにした。

　ここ２０～３０年ほど、浅草の街並みはかなり変わったそうだが、その中で数少ない戦前からの建物の一つがこの神谷バーである。浅草の一等地に建つ、このレトロなビルディング、大正１０（1921）年に竣工したものだという。大正１０年竣工という事は、この２年後に起きる関東大震災より前にあった建物。つまり浅草の古写真や錦絵などでよく紹介される〔凌雲閣、浅草１２階・・・・・明治２３年築・関東大震災後に解体〕が健在だったころに、この建物も新築間もない街の新しい景色として浅草の華やかさを彩っていた訳だ。そう考えながら神谷バーを撮影していたら、暑さも吹き飛んでしまった。

　あと〔神谷バー〕の建物、デザイン的に洒落ているのだけれども、どことなく親しみやすい感じなのがいい。全般的には、大正期に日本の建築界で流行っていたモダンデザイン〔セセッション〕の流れをくんでいるのだが、高等な学問のような難しい建築デザインではなく一般庶民に分かりやすいお洒落さと言ったところか。

　また設計・施工は清水組(現在の清水建設)が担当したとの事で、詳しい設計者の名は判明していないようだが、設計を手掛けた技師のセンスがきらりと光るような気がする。建物全体が看板となっているような感じで、近年建てられた周辺のビルより輝いているように見えてしまったものだ。

　東京・浅草の繁華街に八十数年ものあいだも建ち続けている神谷バーのビル。大正１２(1923)年の関東大震災でも倒壊することなく、昭和２０(1945)年の東京大空襲では３階・４階が焼けてしまったが、その後修繕され現在まで至っている。そう考えると築八十数年という時の重みを痛感してしまう。庶民的な感じのする大正モダンな名建築、これからも浅草の歴史を語るように健在であって欲しいものだ。

◆神谷バー
　　◎設計：清水組
　　◎施工：清水組
　　◎竣工:大正１０(1921)年
　　◎構造：鉄筋コンクリート４階建て
　　◎所在地：東京都台東区浅草１‐１‐１

◆２階から４階部分
２階のアーチ内の丸窓がユニーク。
◆夕暮れ間際の神谷バー

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※撮影・・・・・２００８年８月
★また下のMoreでは、既に解体されていますが、同時期、横浜に建てられた旧富国ビル(大正９年築)を紹介しております。



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◆横浜の旧富国ビル(現存せず)
　　　・・・・・既にない横浜関内の大正モダン建築


　先ほどの神谷バーを紹介しながら急に思い出したのが、横浜関内にあった富国ビル。
　残念ながら数年前に解体されたが、日本海上保険の横浜支店として清水組の施工により、神谷バー竣工の前年にあたる大正９(1920)年に建てられたものだという。改めて写真を見てみると、アーチ型の窓周りの装飾や出入り口のセセッションふうのワンポイント等、神谷バーに共通するデザインが多く見られる。また最上階にあたる４階は後年の増築だというが、不思議とこれも下３階とマッチしているような感じだった。
　少々本題から脱線してしまったが、大正半ばの雰囲気を伝える素敵なモダンな建物という事で今回は特別に紹介させていただいた。

◆旧富国ビル(日本海上保険横浜支店)
　◎設計：不詳
　◎施工：清水組
　◎竣工:大正９(1920)年
　◎構造：鉄筋コンクリート造り４階建て(竣工時は３階建て)
　◎旧所在地：横浜市中区本町２‐２１

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★参考文献・・・・・「都市の記憶　横浜の近代建築・１」平成３年、横浜歴史的資産調査会
★撮影・・・・・２０００年～２００２年ころ