函館銀座通り・レトロ建築コレクション(その２、旧蓑浦公証役場)

◆旧蓑浦公証役場 (現・Iｍａｉｚｕｍｉ Tｏｋｙｏ‐Gａｒａｇｅ)
　 ・・・・アンティークな車が似合う大正１０年築のモダン建築


　今回、函館銀座通りレトロ建築コレクションとして紹介させていただくのは、函館市電の十字街電停すぐそばに建つご覧のビルディング。前回取り上げさせていただいた旧ホテル中央荘(旧小島商店)の向いに建つもの。こちらも函館銀座通りの入り口付近にあるので、この建物をご記憶されている方も多いかも知れない。

　この建物も、大正１０(１９２１)年４月に函館西部地区で起きた大火後に建てられた復興建築のひとつで、当時函館区が推奨していた耐火素材である鉄筋コンクリートで施工されたもの。
　調査不足のため建築当初の家主が分からないのだが、昭和初期は〔蓑浦公証役場〕の事務所として使われていた。またその後、この右隣にある食料品・酒などを取り扱う梅津商店の所有となり、最近まで梅津商店の倉庫として使われていたが、今年春よりアンティークカーやアンティーク商品を展示・販売する〔Ｉｍａｉｚｕｍｉ　Ｔｏｋｙｏ‐Ｇａｒａｇｅ〕として再活用され、現在函館で注目を集める建物の一つとなっている。

　大正期に建てられた銀座通りのレトロビルディングが再活用された様子を私もこの目で確かめたかったのだが、今年７月に銀座通りを訪れた時は時間帯が早かったようで、残念ながらお店は開店前。店内の様子については次回訪問時の宿題という事で、今回はこのレトロ建築の細部装飾にスポットを当てていきたい。
　前回に少し触れさせていただいたが、函館銀座通りに現存するレトロ建築で注目したいのが、建物細部に施された浮き彫りなどの美しい細部装飾。前回の旧ホテル中央荘では植物模様の浮き彫りを紹介したが、この旧蓑浦公証役場はそれとは正反対の幾何学的な装飾が特徴としてあげられる。
　銀座通りに現存する戦前築の建物に施されている装飾を見ると、その殆どが植物をモチーフとしたものが多いなか、この旧蓑浦公証役場は少し異色なものといえる(文章で説明するよりも現物の方が確かかなと思い、下に細部装飾の写真を何枚か掲載したので詳しくはこちらを参照していただきたい)。個人的には、３階の両側に施されている切れ味鋭い逆三角形の上に三輪の花模様のデザイン、これがお気に入りだ。函館を訪れると必ず一度は見に行てしまう、この街の隠れた名意匠の一つだと思っている。

　また先ほど幾何学模様と紹介したが、この言葉を見て１９２５年前後に欧米で流行したアールデコを連想された方もおられたかも知れない。だが、この建物はどちらかというとアールデコ以前に大正半ば日本で大流行した〔セセッション〕の影響が強い。ちょうど同時期、モダンな作風で函館でも活躍していた建築家・関根要太郎、山中節治兄弟の設計作品、イチヤマ商店(大正１１年築、末広町)と見比べて頂くと、この旧蓑浦公証役場が大正モダンの最前線にあったデザインである事がお分かり頂けると思う。
　残念ながら設計者は現段階では判明していないが、当時のモダンな建築文化に刺激を受けた者がデザインを手掛けたのではないかと私は推測する。

　この旧蓑浦公証役場、かって〔東京以北最大のカフェー街〕と言われた函館銀座通りの入り口に相応しいモダンな建築。当時ここを訪れた人たちは、軒を連ねるように建つ大正モダンな街並みに胸躍らせたに違いない。
　銀座通りの大正レトロな建築群の中にあって、この建物の再生活用は、新しい函館の魅力を引き出す切っ掛けになると私は期待している。

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また〔Imaizumi Tokyo‐Ｇarage〕の様子は
★〔Ｅｅｖｅｒ　Ｇｒｅｅｎ〕、Ａrgento
★〔ezzoforte〕、銀座通りにて
　　　をご参照ください。
◆旧蓑浦公証役場(現Ｉｍａｉｚｕｍｉ　Ｔｏｋｙｏ‐Ｇａｒａｇｅ)
　　◎設計：不詳
　　◎施工：不詳
　　◎竣工:大正１０(１９２１)年ころ
　　◎構造：鉄筋コンクリート造り３階建て
　　◎所在地：函館市末広町８‐１０

三角形の屋根は後年の増築。竣工当初は平坦な形状のフラットルーフだった。
またこの建物、隣の梅津商店が長らく所有している事もあり、玄関上には清酒の看板が付けられている。
昭和９年の大火では、この向いに建つ旧ホテル中央荘と同じく建物内の焼失を免れている。恐らく当時は頑丈な防火窓や扉が設置されていたと想像される。

★旧蓑浦公証役場の細部装飾

上３枚の写真でご覧いただいたように、３階窓両脇には三角形に丸型の幾何学ふうの装飾が。
そしてこの三角模様が台座になる形で、その上には３輪の花が施されている。
またその上の鍵穴風のデザイン、窓間の菱形のタイル張りなど、大正半ばのモダンデザインの影響が強くみられる。恐らく竣工時からのものではないだろうか。

★１階庇の装飾

こちらは戦前の銀行建築など古典主義建築によく見られるアカンサスの葉をあしらったもの。
当時の函館の左官職人たちの、細部までの美の拘りようにはつくづく感心させられる。

こちらは建物左にある玄関口。上の窓ガラスの装飾もなかなかお洒落だ。

★十字街電停付近より

蔦が絡まった建物が、今回紹介した旧蓑浦公証役場。
観光コースのすぐ近くに、このような隠れた名建築が函館には数多くある。

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★参考文献・・・・「建築雑誌」昭和９年６月号〔函館大火災調査報告〕
★撮影・・・・２０００年８月、２００７年３月、２００８年２月、2009年3月