北海道大学工学部旧校舎(大正モダン建築探訪・番外編)

◆北海道大学工学部旧校舎
　　　・・・・・一枚の古い絵葉書から


　本日は前回の札幌市資料館(旧札幌控訴院)に引き続き、大正末に札幌に建設された建物を紹介してみようと思う。その建物とは大正１２(1923)年暮れに竣工した、北海道大学・工学部の校舎だ。

　そう言ってもこの北大の校舎、既に三十年ほど前に取り壊されている。しかし、この校舎の設計者である建築家の田中豊太郎(1870～1947)は、大正期から昭和のはじめ函館で活躍した建築家・関根要太郎(1889～1959)、建築家・木田保造(1885～1940)と非常に係わりの深い人物でもあった。
　ちなみに、この田中は明治の終わり頃、当時２０代前半で駆け出しの建築家だった関根要太郎と木田保造を引き合わせ、木田がその直後に施工を担当する事になった東本願寺函館別院(大正４年竣工)の工事中には、建設資金の調達に苦しんでいた木田の陣中見舞いのために函館に訪れている。
　田中の函館訪問は、東本願寺の函館別院が当時最新技術であった鉄筋コンクリートで作られる事になり、コンクリート建築への不信感により信徒からの建設資金の寄付の出し渋りに困っていた木田が、先輩建築家であった田中を呼び寄せたもの。そして木田は田中を東京からやって来た高利貸しの親分に仕立て上げ、それを見た地元住民や寺院関係者が同情して寄付をしてくれると見込んだ芝居に付き合わされたという。但し田中は帰京するまで何も知らなかったそうだが、木田にとって田中は頼れる先輩だったのだろう。木田に高利貸しの親分にされてしまった田中がどのような風貌だったか気になるところだ・・・・・。

　また東本願寺函館別院の竣工後、田中豊太郎の紹介により木田保造と知り合った関根要太郎も、不動貯金銀行函館支店(大正７年竣工)の設計のため函館を訪れ、その後函館海産商同業組合事務所(大正９年竣工)や旧亀井邸など数々の建築設計を函館で手掛ける事になった(ちなみに関根の函館デビュー作である不動銀行函館支店は木田が施工を担当している)。
　また木田もこれ以降、元町カトリック教会や旧丸井今井百貨店など、函館の顔とも言うべき建造物の設計・施工を手掛けるなど、関根と木田という二人の若き建築家の才能は函館という街で大きく開花する事になった。
　そして時を同じくして、北海道帝国大学の講師・技師に招聘され札幌に渡ったのが、関根と木田の先輩である田中豊太郎だったのである。

　最初にご覧頂いた絵葉書の北海道大学工学部の校舎は、田中５３歳のときの設計竣工作品。田中は関根要太郎や木田保造に比べ遥かに年上ではあったが、北海道という新天地での仕事を喜んでいるかのような、若々しいモダンな仕上がりになっている。もしかしたら後輩である関根や木田の設計作品に刺激され、『お前ら、俺だって負けていないぞ！』という意気込みでこの校舎を設計したのかも知れない。
　今回は現存しない建物を取り上げてみたが、田中豊太郎というベテラン建築家が北海道という土地に新たなる希望を燃やし、札幌という土地に相応しいモダンな建物を設計したのだろうかと、一枚の古い絵葉書を見ながらふと想像した私である。

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◆北海道大学工学部旧校舎
　　◎設計：田中豊太郎(北海道帝国大学営繕課)
　　◎竣工：大正１２(1923)年１２月
　　◎構造：木造２階建て
　　◎旧所在地：札幌市北区北１３条西八丁目
　
※参考文献・・・・『田中豊太郎の建築活動』皆川雄一氏論文、『木田保造・伝記』昭和１６年、木田保太郎編ほか
※図版・・・・当時の観光用絵葉書より、筆者所蔵
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★参考作品：北海道大学の校舎群(萩原淳正編)
◆北海道大学農学部本館(昭和１０年築、設計：萩原淳正)

　こちらは少し余計になりますが、先日紹介した函館の日本基督教団函館教会の設計者である建築家・萩原淳正が設計を手掛けた北大の校舎群の写真をご覧下さい。


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◆北海道大学理学部本館(昭和４年築、設計：萩原淳正)


※撮影：２００３年