函館市立病院外来診療棟建設(建築家・関根要太郎作品研究、4)

◆３・函館基坂の旧日本銀行支店と函館市立病院
　・・・・・建築家・関根要太郎、山中節冶設計作品研究

　今は函館の名所として知られる基坂に大正１０年の晩秋、建築家の関根要太郎(1889~1959)、山中節冶(1895~1952)兄弟の設計により竣工した函館市立(区立)病院の外来診療棟(昭和３０年代に取り壊し)。
　先日はこの病院の建設資金の寄付者である二代目・渡辺孝平について触れさせていただいたが、今回は基坂下に当時函館の主要建築だった日本銀行函館支店を紹介しながら、かっての函館・基坂を考察してみたいと思う。
　　
〔冒頭の写真：関根要太郎、山中節冶設計による函館市立病院外来診療棟、大正１０年築・現存せず、図版‐B〕
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★基坂下にあった辰野金吾設計作品
　　〔上の写真：基坂下から、坂の中腹右手に関根・山中設計の函館病院外来診療棟があった〕


　函館の基坂というと、現在は坂上に建つ旧函館区公会堂(明治４３年築)が特に有名である。この公会堂は明治40(1907)年8月に起きた大火で、以前にあった町会所で焼失してしまった事により、新たに建てられたものである。
　また、この時の大火で基坂にあった主要施設の殆どが焼失してしまい、大火後から数年に渡り基坂では公会堂をはじめ豪華絢爛な建物が次々と建設されていく。現存する建物でいうと旧北海道庁函館支庁(明治42年築)、旧イギリス領事館(大正２年築)、 相馬株式会社(大正３年築)などがそれにあたる。

　そしてこちらは現存しないが、明治44年に基坂下には函館税関の庁舎、日本銀行の函館支店という大規模な施設も竣工している。特に日本銀行函館支店は、明治建築界の大家である辰野金吾(1854~1919)の設計により竣工したもので、当時の写真を見る限り、基坂では一・二を争う豪華絢爛な建物だったようだ。
　関根要太郎・山中節冶の兄弟は、明治４０年に起きた函館大火後の基坂での建設ラッシュが一段落した大正半ばに函館市立病院の設計を依頼されるのだが、その頃には官庁、民間、外国の施設と様々な建造物が立ち並んでいた訳だ。そして恐らく関根・山中が、この病院の設計にあたり意識したのではないかと思うのが、基坂下に建つ辰野金吾設計の日銀支店だったと私は推測する。

　建築家・辰野金吾といえば明治のはじめに帝国大学にて、はじめて西欧の本格的な教育を受け、その後は帝国大学の主任教授として後任の育成に励んできた人物。また本業である設計活動においては、東京・日本橋の日本銀行本店(明治29年築)、赤煉瓦でお馴染みの東京駅舎(大正３年)など国内各地に数々の傑作を残してきた事で知られる。ちなみに函館・青柳町の函館公園内に現存する旧函館市立図書館書庫も、辰野が経営していた〔辰野葛西建築事務所〕の設計によるものだ。
　辰野金吾は、関根・山中兄弟設計による函館病院が着工される２年前(大正８年)に亡くなっているが、本業である不動貯金銀行の店舗設計のために国内各都市を巡っていた当時駆け出しの若手建築家だった関根にとっては、各都市の主要な場所に建つ辰野作品を実際に見て、辰野の偉大さを痛感していたかも知れない。

　しかし函館では少し状況が違った。関根・山中が設計を手掛けた函館病院の外来診療棟は、辰野設計の日銀支店を凌ぐ大規模な建築で、しかも辰野作品を『坂上から見下ろす』位置に建てられたのである。このころ３０代の年齢になっていた関根は、モダンな作風の設計作品が大衆向けの建築雑誌で多く紹介され、新進気鋭の建築家として知られはじめた頃ではあったが、町の一等地にこれだけの大仕事を任されるのは初めての経験だったと思われる。函館基坂の新たな顔として関根・山中設計の函館病院は登場することになったが、二人にとってこの仕事は、建築家として更なるキャリアを踏み出す事になった作品だったのではないかと私は考える。

　残念ながら、関根・山中設計による函館病院も辰野金吾設計による日銀函館支店も既に無い建物だが、今から八十数年前に若き建築家であった関根・山中が新たな希望を抱き、この基坂を上り下りしていたのだろうかとも想像してしまう・・・・・。

　そして次回は関根・山中設計の函館病院のデザインについて考察してみたいと思う。
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◆日本銀行函館支店(設計：辰野金吾・長野宇平冶、明治４４年築、現存せず)　〔図版‐F〕

基坂下にあった辰野金吾設計作品。木造・外壁モルタル塗りの建物だったが、大正13年8月の火災で焼失した。なお、その跡地には大正15 、鉄筋コンクリート造りの日銀店舗が再建されている。
◆旧函館税関(明治44年築、現存せず)　〔函館図書館所蔵の絵葉書より〕

基坂下、現在の自衛隊庁舎内にあった函館税関。こちらも日銀と同時期に建設されたもの。
基坂を代表する美しい建物として親しまれていたが、昭和40年代後半に取り壊されたという。

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★参考作品・・・・・辰野金吾設計による建造物
◆旧日本銀行小樽支店(明治45年築、北海道小樽市)　
〔なおこちらの写真部分をクリックしていただくと、大きな画像でご覧になれます〕

辰野金吾の代表作の一つ。先の日銀函館支店の写真と比較すると、小樽の日銀は規模的には大きいものの、作風的には似たものになっている。

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◆JR東京駅(大正３年築、東京都千代田区)
現在は竣工当時の姿へと再現する復元工事の真っ最中。完成は３年後の予定。
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◆旧日本銀行函館支店(現・北方民族資料館、大正15年築)

辰野金吾設計による日銀函館支店の焼失後、新たに日銀営繕課の設計により建設された店舗。竣工当時は、いかにも銀行らしい重厚な外観だったが、昭和30年代におこなわれた増改築工事に伴い、現在の姿となった。
現在はアイヌ関係の資料を展示する博物館として使用されている。
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※図版‐B・・・・『函館市史』佐藤三郎編、昭和１０年刊
　 図版‐F・・・・『函館市制実施記念写真帖』大正１１年刊