函館市立弥生小学校(はこだての建物案内)その２

◆函館の弥生小学校(その2)
　　・・・・・函館の不燃化小学校実現への運動をおこなった岡田健蔵について
　　　　　　　〔冒頭の写真：函館市立弥生小学校の校舎、昭和１３年築〕

　前回からはじめさせていただいた、函館市立弥生小学校の建物案内。
　現在、解体の危機に瀕している昭和13年に竣工した鉄筋コンクリート製の校舎は、昭和9年3月に起きた函館大火後の復興事業の一環として建てられたものである。この弥生小学校の校舎の紹介に関しても、そのような記述がされる事が多い。

　しかし函館では昭和9年の函館大火発生の十数年前から、不燃化小学校建設を唱える人物がいた事を忘れてはいけない。その人とは、当時函館図書館館長や函館市議を務めていた岡田健蔵(1883～1944)。実を言うと、この岡田は大正から昭和初期の函館の歴史を語る上で欠かせない人物でもある。
　今回は弥生小学校建設とは直接は関係はないが、昭和9年の函館大火以前よりおこなわれていた不燃素材(鉄筋コンクリート)での学校建設を提案するまでの流れを紹介してみたいと思う。

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★幻と終わった岡田健蔵の谷地頭小学校のコンクリート校舎建設計画
　〔上の写真：弥生小学校の門柱の跡？〕

　函館は両側を海に挟まれ、岸から岸までの距離が約1km程度しかないという特殊な地形の街。特に津軽海峡からは時々強風が吹きつけ、このような時に起きた火災が強風に煽られ、またたくまに大火災へとなってしまう事が度々起きていた。また度々起きる大火に対し、函館の行政サイドも火災の類焼をくい止めるための道路拡張、または開拓使からは煉瓦建築の奨励(明治10年から20年ころ)などをおこなっている。
　しかし、明治40年8月に起きた大火では、開拓使が奨励し建設された煉瓦建築の多くが火災で倒壊。恐らく煉瓦建築も火災に対して無力という認識からか、それ以降函館市内では旧函館区公会堂(明治43年築)などにみられる木造建築が数多く建設された。これは個人的な推測だが、当時の函館市民の間では火災に対して諦めの心が蔓延していたのかも知れない。

　だが当時の函館市民全てが、火災に強い不燃素材はないと諦めていた訳でもなかったようだ。例えば当時、金森商船(合名会社)代表の三代目・渡辺熊四郎は、檀家代表を務めていた東本願寺函館別院や、金森の倉庫の一部がこのころ最新技術だった鉄筋コンクリートで建設されている(施工にあたったのは函館ゆかりの建築家・木田保造)。
　また先に紹介した2軒の建物が竣工してまもなく、青柳町の函館公園内の函館区立図書館の書庫も鉄筋コンクリートで竣工した。実をいうと、函館の財界人に鉄筋コンクリート製による図書館書庫の建設を働きかけたのが、当時函館図書館の館長を務めていた岡田健蔵だったのである。

　ただこの当時は、鉄筋コンクリート製の建物が火災に強いという認識は同時期に建設された建物の殆どが木造だった事を考えると、まだ低かったようである。しかし、大正10年4月に函館市内で起きた火災では、周辺の建物が全焼してしまったなか鉄筋コンクリート製の東本願寺函館別院だけが無被害だった事から、函館の財界人のあいだではコンクリート製の建物の重要性がここで認識されるようになったようだ。
　また大正10年4月の函館大火直後に、函館の政財界の有力者たちは〔火防設備実行会〕を結成。鉄筋コンクリートの建設実現のため、助成金を出すなどの優遇措置をおこなっている。またこの委員会にも岡田健蔵は参加し、このころ函館で活躍していた在京の建築家である関根要太郎、木田保造、また函館銀座通りに廉価で施工可能な鉄筋コンクリートブロックの建物を多く建設した中村鎮(1890～1933)など多くの技術者から多く意見を聞いていたようだ。

　そして大正10年の大火より2年後、岡田健蔵は一冊の著書を発表する。〔小学校建築の不燃化に就いて〕と題されたこの書籍は、当時建設が予定されていた函館市立谷地頭小学校(現在は閉校)校舎を鉄筋コンクリート製で建設するよう主張した。またこの著書で岡田は鉄筋コンクリート建築の耐久性をもとに、長期的な目で見ると経済的なものであるなどの利点を長所としてあげている。
　また、この校舎建設案は、大正１０年の大火直後に出逢った建築家・中村鎮が開発した、従来のコンクリート建築より低予算で施工可能な〔鉄筋コンクリートブロック工法〕での建設を提唱している。当時、中村は駆け出しの若き建築家だったが、岡田など地元の財界人がこのような無名な人物からも意見も聞き入れ、函館の街づくりの参考にしているというのも、このころの函館らしい出来事とも思える。
　しかし、函館市は予算の不足などを理由に、岡田が提案した谷地頭小学校の鉄筋コンクリート校舎建設プランを却下してしまう。当時の新聞記事を見ると、函館市議を務めていた岡田も必死にコンクリート校舎建設の重要性を議会で再三に渡り訴えたが、存念ながらこの主張は受け入れらないまま終わった。
　ちなみに岡田が〔小学校建築の不燃化に就いて〕を出版したのは、大正12年の4月のこと。そして、岡田がこの本を出版した五ヵ月後の同年の9月1日に関東大震災が発生し、これ以降東京・横浜をはじめとした大都市では、鉄筋コンクリート製の公立学校の校舎が盛んに建設される事になったのである。

　今回は弥生小学校から話が逸れてしまったが、函館にも先見性を持った人物がいて、早い時期から熱心な活動をしていた事を紹介したく、この記事を作成してみた。次回は弥生小学校の設計を担当した建築家・小南武一を紹介したいと思う。

☆３に続く・・・・・
--------------------------------------------------------------------------◆岡田健蔵著『小学校建築の不燃化に就いて』の表紙
　〔函館市立図書館蔵〕
◆岡田健蔵の著書で紹介された谷地頭小学校の計画案

函館大町の旧函館西(函館水上)警察署の設計を手掛けた建築家・埴原欽次郎作成によるもの。岡田の著書によると、鉄筋コンクリートブロック製の校舎建設を提案している。

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★参考作品：大正末から昭和初期に建てられた鉄筋コンクリート製の小学校校舎
◆九段小学校(大正１５年築、東京都千代田区)

関東大震災後に建設された復興小学校の一つ。尖ったアーチ窓は当時流行していた〔表現派〕といわれるデザイン。また関根要太郎設計による函館の旧百十三銀行本店も、この小学校と同系列のスタイルだ。
◆山形市立第一小学校(昭和２年築)
◆山形市立第七小学校(昭和８年築、現存せず・・・・？)

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※撮影：２００２年８月、２００４年１１月、２００７年１月、２００８年２月