函館海産商同業組合事務所(建築家・関根要太郎作品研究)・・・・・その３

◆関根要太郎、海同会館の完成予想図発表へ
　・・・・・ミナーバ会作品展開催など

　

　まず最初にご覧頂いた図版は、建築家・関根要太郎(1889～1959)と山中節治(1895～1952)兄弟が、大正８年７月雑誌〔建築世界〕に発表した、函館海産商同業組合事務所(海同会館)の完成予想図(スケッチ)である。少々ラフなタッチのこのスケッチは恐らく関根本人が作成したものだと思われる。

　以前にも紹介させていただいたが、関根と山中は不動貯金銀行函館支店(大正７年竣工)の建設を機に、当時新事務所の建設が計画されていた函館海産商同業組合の設計依頼を受け、大正８年３月より新築工事を開始。そして建設工事が開始されてまもない同年の７月、完成に先立ち発表したのがこの完成予想図だった。
　ちなみに函館海産商同業組合新事務所の建設資金は地元の海産業者の寄付によって賄われたが、組合側が予想していた一万円程度の寄付を遥かに上回る六万三千円の寄付が集まり、計画段階で予定していた２階建てから３階建ての建物へと変更されている。そして関根・山中兄弟が用意したのが、当時では斬新なデザインのこの建物だった訳である。

　また関根・山中にとって函館海同会館の設計作品は自信作だったのだろうか、完成に先立ちこの完成予想図を早々と発表。この作品は２０世紀初頭ドイツやオーストリア・ウイーンをはじめ西欧各地で流行していた、〔ユーゲントシュティル〕〔セセッション〕の影響が色濃く見られ、これまで二人が手掛けていた不動貯金銀行の店舗設計でもこれらのモダン路線の作品を作り出していたが、更に華やかなものとなっている。この完成要図を発表した当時、関根は２９歳で山中は２４歳という若さ。この二人の若き情熱が伝わってくるような作品である。

　また関根・山中の創作意欲は更に増していたのだろうか、大正８年７月に関根の世話により、関根の弟である山中節治と関根が以前在籍していた三橋四郎建築事務所時代の後輩・蔵田周忠(1895～1966)は、東京銀座にて建築創画の展覧会を催す事となった・・・・・。

　　〔冒頭の図版：当時の建築雑誌に発表された函館海産商同業組合事務所の完成予想図・・・・図版‐B〕
-------------------------------------------------------------------------◆芸術愛好家の家〔C・R・マッキントッシユ作、参考作品〕・・・・図版‐C

　このスケッチは１９０１年、イギリス人建築家：C・R・マッキントッシュ(1868～1928)が発表したもの。マッキントッシュは２０世紀初頭に母国イギリスでモダンな設計作品を手掛けた人物。関根作成による函館海同会館のスケッチもこの作品を意識して作成したものと思われる。

　またマッキントッシュ設計による同時代の作品については、多摩美術大学・環境デザイン学科の平山先生が運営されているブログ〔近代建築ゼミ〕の、
〔グラスゴー美術学校〕
〔ヒル・ハウス〕
〔スコットランド通りの小学校〕
を参照してください。私のブログとは違い、美しい近代建築の写真が満載の素敵なブログです。

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★山中節治・蔵田周忠、建築創画展覧会〔ミナーバ会〕を開催

　大正８年７月、建築家・関根要太郎が世話人となり、山中節治と関根の後輩でのちに関根の片腕として活躍することになる蔵田周忠(旧姓：濱岡)による東京・銀座の洋品店にて建築創画展覧会が開催された。当時、関根をはじめ山中・蔵田は〔ミナーバ会：Minerva Socitey〕という建築同好会を結成しており、その延長でこの建築展覧会を催すことになったようだ。

　また、こののちに若手建築家たちにより建築創画の作品展などが盛んにおこなわれるようになったが、関根たちの試みはその先駆けともいえるものである。但し、大規模な華々しい作品展ではなく、建築の絵画を入れる額縁を借りるのに一苦労したりするなど、まさに手作りの作品展だったという。
　残念ながら当時の作品の写真等は残されていないが、作品展の紹介をした当時の建築雑誌の記事によると〔※３〕、既に関根と共同設計を手掛けていた山中の作品には、〔寒地に建てられたる倶楽部〕〔北国に建てられた銀行〕など函館や北海道での活動を匂わせるタイトルの作品が何点か発表されている。また彼らの展覧会開催は、当時の美術誌や新聞なとでも小さいながらも紹介がされた。

　但しこの展覧会開催の紹介について、世話人を務めていた関根要太郎は建築関連の雑誌での取り扱いがまったくされていないと不快感を抱き、大正８年８月『建築世界』という雑誌に〔建築に関する定期刊行物の不信〕というタイトルの文章の発表。また関根の文章は『有名大学の学生や有名建築家の催しだったら大々的に紹介するだろうに、無名の者たちの試みは黙殺するのか・・・・・！』など(関根・山中・蔵田は高卒だった)、かなり怒り心頭のものであった。

　だがこれは当時多忙を極めていた関根の見落としで、〔建築画報〕という大衆向けの建築雑誌には書評が添えられていた。またこの〔建築画報〕の記者が関根の主張に噛み付き、関根の主張を擁護する者、反対意見を唱えるものなどが現われたり、函館海産商同業組合事務所(海同会館)の建設中は、この関根の主張を切っ掛けに建築家のあいだでちょっとした騒ぎになっていたようだ。結果、関根が〔建築画報〕の記者に謝るという格好悪い形でこの騒ぎは終わった。

　と、これまで函館海同会館の建設中に起きた事件を紹介してみたが、当時２０代で若さみなぎる関根たちの建築デザインを受け入れた函館の町の気質というのも、ある意味凄いものではないかと思えてくる。また関根たちはこの当時、国内各地に新設される不動貯金銀行の支店設計を機に、函館のほかにも西日本のとある町で建築設計の仕事を得るのだが、函館海同会館と正反対の作風となっている。次回はこの作品を紹介したい。

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〔図版‐B〕・・・・『建築世界』大正８年７月号、国立国会図書館蔵
〔図版‐C〕・・・・『アールヌーヴォー』Taschen
〔※３〕・・・・・・・『建築画報』大正８年８月号