私と函館、そして建築家・関根要太郎について・４

※上の写真、二十間坂より見た函館海産商同業組合事務所。左手に見える４階建てのビルは建築家・中村鎮設計の旧目貫商店(大正１０年築)

　　４・古建築を通じて過去の函館を・・・・

今、関根要太郎が昭和9年に発表した論文〔函館市の火災報告〕に改めて目を通してみた。
この火災報告書は、昭和9年3月２１日から翌２２日に起こった函館大火の知らせを聞いた関根が東京から急遽函館へと赴き、火災鎮火の翌日の２３日から２９日まで調査したものを、帰京後纏めたものである。函館をあとにした約一週間後の４月５日に脱稿するという、物凄い熱意が感じられる論文だ。
この函館滞在中、関根ははこの大火の非難途中で行方不明になっていた泉泰三とその家族の遺体が、新川の落下した橋の下より発見されるという悲しい知らせを聞く事になる。関根にとっては函館大火と泉の訃報は衝撃的な出来事であり、建築家としての大きな転機となる事件だったと思う。

先に紹介した関根の論文の中には、函館大火後の復興計画に参加したいという旨の熱意のような記述が見られるが、結局函館市の火災後の復興計画は内務省(国)の指導のもと進行され、一個人の建築家は参加できなかったようである。少し余談になるが、関根が函館で建築家としての活動をはじめて間もなくの大正１０年４月に起きた函館大火後の復興計画は、函館の商人や地主などの地元有力者の主導によりおこなわれた。現在見られる町並みでいうと函館銀座通りの防火建築群などが代表的な例である。大正１０年に起きた函館大火の時とは違い、北洋漁業こそ相変わらず好況だったが函館の全般的な経済は下降気味で、かっての自立した函館独自の地方自治の形態が失われ始めた時期でもあった。
また当時の函館の有力者たちは、一般庶民の生活向上にかなり力を注いでいたようである。今でこそ異国情緒溢れる観光都市として有名な函館であるが、皆さんもご存知のようにかっては北洋漁業で賑った町。その繁栄を頼りに函館へ働きに来るものも数多くおり、貧富の差がとても激しい町でもあった事も忘れてはいけない。大正期から庶民の生活向上に関する行動は国内各地で起こっていたが、函館もその先進的な町でもあったと私は考える。

そして昭和９年の函館大火を機に関根は、耐震や防火対策など建築による庶民の生活改善に関する論文を多く発表していくのである。また関根が戦後(晩年)に郷里・埼玉で精力的におこなった公立学校の設計活動については殆ど知られていないが、建築家としての方向性が富裕層相手から庶民のための活動へと変わった集大成だと私は考える。すべてを函館と直結させる事はできないが、関根の後半生の建築家活動において少なからず影響を与えたのではないかと思う。

また関根が函館で親交のあった泉泰三氏の娘さんと会った翌月、秩父で暮らす関根の姪にあたる方と知り合い、それから間もなく関根のご遺族と会うことが出来た。函館から続いた人との出会いの縁に、正直なところ天から導かれているのではないかと思う不思議な体験だった。
その際、関根のご遺族より数点の資料をお借りしたのだが、中でも印象的だったのは関根が昭和３４年に６９才で亡くなる前年に作成したという経歴書。タイプライターで打たれた３枚綴りの簡単なものだったが、主な設計作品として函館海産商同業組合事務所(大正９年築)、函館市立病院(大正１０年築) 、旧百十三銀行本店(大正１５年築)の記述が見られた。晩年の関根はどのような思いで、この経歴書を作成したのだろうか・・・・。
その後、秩父に住まわれる関根の姪にあたる方の紹介で、大正期に関根と共同設計をおこなっていた関根の弟・山中節治のご遺族と電話で話す機会を得た。ご遺族の話によると晩年の山中はたひたび函館での思い出を家族に話していたそうで、山中にとっても函館は印象的な町だったようである。関根と山中がはじめて函館へ訪れた時は二人ともまだ２０代、先の項で述べたように、このような若い建築家の才能を認めたのも当時の函館の気風だったのではないかと私は考える。

関根要太郎は多作な建築家で、大正初期より昭和３４年に６９歳でなくなるまで、最低でも２５０軒以上の建築設計を手掛けた筈である。だが函館での作品は十数軒と極めて少ない。しかし、関根の建築家人生において函館は、様々なターニングポイントになった場所ではないかと私は考える。関根の設計作品は国内に十数軒しか現存していないが、関根の若き日の作品が多く残る函館の町は貴重だし、ある種運命めいたものを感じてしまう。
だが、これらの現存する建物も平穏無事に長きのあいだ生き続けていたのではなく、様々な人の努力により今に至っていることを忘れてはいけないと思う。

私が函館を好きになり、そこで出合った関根要太郎という建築家を切っ掛けに知ったことなどを書いてみた。
正直なところ、建物や当時の資料、人との出会いを通じて、かっての函館がどういう町だったのかを想像できたが、これらをどのように活かし伝えていくかのか(殆どの方は、そのような史実を必要とされていないのだろうが・・・・)方向性が定まっていないのが本音だ。しかし、町に残る歴史的建造物は、その時代を現代の我々に語りかけてくる生き証人のように思え、愛着を抱いてしまう私である。これからも、当時函館で活躍した関根要太郎などの建築家の活動を通じ、函館の町や建築家・関根要太郎を紹介していきたいと思っている。

◆函館市弁天町の民家裏にある煉瓦塀
◆入舟町付近から見た夕陽