旧森屋百貨店(はこだて失われた建築)その１

◆旧森屋百貨店〔旧金森デパート、尼崎製罐〕　
　　◎設計：木田保造・・・・・昭和５年の増築は仁科章夫が設計を担当
　　◎施工：木田保造(木田組)
　　◎竣工：大正１４(１９２５)年、昭和５(１９３０)年
　　◎構造：鉄筋コンクリート造り３階建て(大正１４年)、同７階建て(昭和５年)
　　◎旧所在地：函館市末広町２２‐９

--------------------------------------------------------------------------
★人々の記憶に残る函館の名建築

　１０年前この建物をはじめて見た時、私はその存在感に圧倒された。
この頃は尼崎製罐の工場として使われていたおり、缶を作っていると思わしき、けたたましい金属音が建物の外にも漏れ聞こえ、朽ち果てた建物の外観もあいまって何とも不気味にも感じてしまった。製罐工場にしてはやたらと馬鹿でかい建物が、かって函館一のモダンなデパートだったと知ったのはそれから間もなくの事である。

　この建物は、ベイエリアの赤煉瓦倉庫でお馴染みの金森合名会社が大正１４年に建設した市電通り側の３階建ての低層部分と、昭和５年に増築した７階建て部分からなっていた。

　金森は明治期にこの建物の向かいの場所に金森洋物館(現在の市立函館博物館郷土資料館)を開業、この他にも書店、洋品店、時計店など函館の末広町にいくつかの店舗を構え、日和坂下の市電通り沿いには時計台の付いた〔魁文舎〕という木造店舗を開業していた。しかし、大正１３年８月２７日に八幡坂付近より発生した火災のため魁文舎は焼失。そして新たに建てられることになったのが、旧森屋デパートの低層部分である。設計と施工は函館ゆかりの建築家・木田保造(1885～1940)が代表を務める木田組によるもので、時計塔の付いた大正期らしいセセッション・スタイルの建物であった(なお現在この跡地に建つウイニングホールは、竣工当時に近い姿で再現されている)。

　当時、金森の代表を務めていた三代目・渡辺熊四郎は、元町の東本願寺函館別院(大正４年築)の施工を木田保造が担当したのを機に、その後の金森関連の建築の仕事を木田に一任しており、この旧森屋デパートは木田が函館で手掛けた金森関連の竣工物の中でも代表的な作品だったといえる。この２年前には、末広町の南部坂下に丸井今井百貨店の建物が木田組の設計・施工により完成しており、渡辺をはじめとした金森の関係者としても『それに負けない建築を！』という意気込みがあったのかもしれない。
　また大正期の木田組は、木田の親友でもあり同時期に函館で活躍した建築家・関根要太郎(1889～1959)が紹介した、関根の東京高等工業学校の同級生・本間乙彦(旧姓：稲田)が木田組に入社。東京銀座の松屋デパートをはじめ、モダンな竣工作品を多く世に送り出していた時代でもあった。

◆旧森屋百貨店

　そして低層部分に遅れること５年後の昭和５年、海側に増築されたのが７階建ての高層部分である。こちらは大正期に建てられた低層部分とは異なり、カーテンウォールや丸窓、そして幾何学的なデザインがされた塔など、大正末から日本で流行していた〔分離派〕の流れを組む作品である。なお、この当時の森屋百貨店の外壁は黄色に塗られており、東京銀座の数寄屋橋にあった朝日新聞社(設計：石本喜久治、昭和２年築)は竣工当時は水色と薄緑の二色で塗装されていたというから、おそらくこのような時代の流れに乗って、黄色一色という派手な塗装を施したと思われる。
　またこの高層デパート竣工を伝える当時の新聞記事によると、仁科章夫なる建築家が設計を担当したとの紹介がある。仁科についての経歴は不明だが、こののち木田組が発行した刊行物などから推測すると、木田組専属の建築家だった可能性が高い。

　恐らく竣工当時は、日本でいちばん派手なデパートだったであろう旧森屋百貨店。しかし昭和９年の函館大火後、同デパートは棒二荻野百貨店と合併。駅前に新店舗〔ボーニモリヤ〕を構えることになり、デパートとして使われたのは僅か十数年という短いものであった。
　私はこの建物が取り壊される間際の姿しか見たことがないが、かって元町の南部坂で関根要太郎設計による邸宅で暮らしていた、大正期～昭和初期に函館で市議をつとめていた人物の娘さんから、この百貨店での思い出話を伺ったことがある。この建物の高層部分は、レストランになっていたそうで、夕陽に輝く港を眺めながら一家で食事をとったのが印象的だったと私に語ってくれた。

　この建物が取り壊され既に６年が経過したが、日和坂下もすっかり様変わりしてしまった。しかし先に紹介した方が見た華やかし頃の日和坂と、数年前の日和坂もまったく違ったものであったと私は思う。旧森屋デパートが建設されて約七十五年、デパートのあとは事務所・製罐工場など、様々な用途で使われていたそうだが、函館という町の歴史を刻んできた建物である事には違いない。この建物の最後の雄姿は人々の記憶の中に生き続けるのではないかと私は信じている。

*****************************************************
※撮影：２００１年３月・９月