建築家・三橋四郎事務所、在籍時代

★大阪・心斎橋の石原時計店
　◎三橋四郎建築事務所設計、大正４年築・・・・現存せず
　　(当時の観光用絵葉書より、筆者所蔵)　
　　
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◆建築家・関根要太郎、三橋四郎事務所在籍時代

　明治４０年、のちの建築家・関根要太郎(１８８９～１９５９)は、地元の秩父郡立農学校を卒業。そして卒業間もなく当時１８歳だった関根は大志を抱き上京、千住で土木請負業を営む遠縁の家に寄宿しながら、神田の正則学校(現在の正則高校)や明治工業学校に通っていた。

　まもなく関根は千住の遠縁の家から独立、神田の長屋で一人暮らしを始めるが、この当時は日露戦争直後の不況で就職難のため、夜間の守衛、工事現場の監督、鉱山用の製図下請けの仕事など職を転々とする。上京後は順調といえない関根の生活だったが、一つの転機が訪れる。明治４２年ころ、東京市技師・小林鶴吉の紹介により、群馬県高崎市の高崎尋常小学校(現在の高崎南小学校)の校舎新築工事の現場監督を担当する事になるのだ。１年あまり高崎で過ごしたあと、再び上京。そして、新たに就職したのが建築家・三橋四郎の設計事務所〔三橋建築事務所〕である。

　建築家・三橋四郎(１８６７～１９１５)は東京の出身。明治２６年に東京帝国大学の造家学科を卒業し、陸軍技師・逓信省技師・東京市技師などを経て、明治４１年に自らの設計事務所を開設したばかりだった。
　当時の三橋事務所は、中国東北地方(旧満州)に開設される事になった日本領事館の新築設計のほか、国内では大阪・心斎橋の石原時計店(大正４年築)の大小の商店や事務所、邸宅、公立学校の校舎など様々な仕事を引き受け大いに繁盛していたようである。また、三橋は川崎工場の社長・川崎寛美とともに〔鉄網コンクリート〕の開発や、〔和洋改良大建築学〕　〔理想の家屋〕などの著作の発表、また一般大衆向けの建築雑誌〔建築世界〕の創刊に携わるなど、建築設計以外にも多岐にわたる活動をおこなっている。

　そして関根在籍時の三橋事務所の国内における設計作品は、２０世紀初頭にオーストリアのウイーンなどで流行していた〔セセッション〕といわれる、直線が強調されたモダンデザインを取り入れ、大正モダンの幕開けに相応しい作品を次々と発表した(冒頭の写真の石原時計店は、その代表的作品である)。また、この事務所に就職した関根も中国の奉天(現在の瀋陽)、牛荘、大阪などに出張し、事務所から厚い信頼を得たと関根の自伝(昭和１１年)には記されている。関根にとっては建築家としての最初のステップを踏んだのが、この三橋四郎の事務所だった訳である。

　また三橋の事務所には大正末から昭和初期に関根の片腕として活躍する蔵田周忠、銀座七丁目のライオン・ビアホールの設計者として有名な菅原栄蔵なども在籍していた。関根・蔵田・菅原とも高等な建築学を学んでいなかったのだが、三橋四郎は人を育てることに長けていたのではないかと、個人的には推測する。

　そして更なる向学心を抱いた関根は大正２年ころ、この事務所で得た報酬を元手に東京高等工業学校(現在の東京工業大学)へ選科生として入学。卒業後は本格的に建築家として歩みだすことになるだ。

　残念ながら、日本国内には関根が三橋の下で働いていた時代の設計作品はどれも現存していないが、三橋が逓信省に在籍していた明治３０年代に建てられたという国内に現存する竣工作品、また中国に現存する関根が建設に携わった旧日本領事館などを数回に分けて紹介していきたい。
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★明治末から大正初期の三橋建築事務所設計作品
★大倉組本館(東京・銀座、大正4年築)・・・・・現存せず

三橋四郎建築事務所の設計により、大正４(1915)年に竣工した大倉組(のちの大成建設)の社屋。また当時としては大規模な建物だった事もあり、施主の大倉土木も設計に参加した。
この建物は現在の銀座２丁目・中央通りにあったというが、大正１２年の関東大震災で内部を焼失。その後修繕がおこなわれ暫らくの間使われていたというが、どの時期まで現存していたかは不明。

◆図版・・・・『建築写真類聚』　第１期・第８〔銀行会社〕巻2、洪洋社刊
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★泰明尋常小学校(東京・銀座、明治44年築)・・・・・現存せず

当時の三橋建築事務所が設計を多く手掛けていたのが、東京市内の小学校建築。その中でも代表的な作品が銀座・数寄屋橋の泰明小学校だったという。また構造は三橋四郎が開発した〔鉄網コンクリート〕が用いられている。

◆図版・・・・『鉄網混凝土説明』　川崎工場発行、大正元年
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★豊国火災保険株式会社(大阪、大正2年築)・・・・・現存せず

大阪に建てられた三橋事務所設計作品。冒頭に紹介した石原時計店のようなモダンデザインは用いられていはいないが、当時三橋事務所に在籍していた富士岡重一・関根要太郎ら若手のメンバーの影響か、全体的に軽やかな仕上がり。
またセセッションと歴史様式の折衷スタイルは、関根の初期作品に相通じる作風だ。

◆図版・・・・『建築写真類聚　第一期第八・銀行会社』　洪洋社発行、大正9年
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★三橋四郎建築事務所（東京・銀座、明治44年築）・・・・現存せず

東京・京橋区南鍋町（現在の中央区銀座６丁目から７丁目）にあった三橋四郎の建築事務所。こちらも泰明小学校と同じく鉄網コンクリートで施工されたもの。若き日の関根要太郎・蔵田周忠・菅原栄蔵などがこの事務所で働いていた訳だ。

◆図版・・・・『鉄網混凝土説明』　川崎工場発行、大正元年
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※参考文献：『日本の建築、明治大正昭和・日本のモダニズム』 堀勇良氏著、昭和５６年
　　　　　　　　『自伝・生い立ちから今日まで』 関根要太郎著、昭和１１年、私家版
　　　　　　　 『正員工学士三橋四郎氏の訃』　建築雑誌・大正５年１月号：富士岡重一による追悼文