秩父宮殿下御登山記念館(関根要太郎設計作品)その１

◆秩父宮殿下三峯山御登山記念館
　　 ・・・・・・若き宮様と若き建築家の交友の記録

　
　秩父三峯山神社内に現存する関根建築事務所の設計作品。特別な施設という事もあり、この建物を紹介すべきか最後まで悩んだが、建築家・関根要太郎の故郷・秩父に現存する唯一の作品という事と、秩父の皆さんに地元出身の建築家を知って欲しいという願いを込めて、今回発表させていただく事にした。
　この建物に関しては、『関根建築事務所』に在籍していた蔵田周忠(１８９５～１９６６)が設計に参加しており、『蔵田周忠先生　生誕百周年記念』(武蔵工業大学建築科、平成９年)や、現在、日本建築学会HP上で公開されている武蔵工大の方々が昭和５６年に発表した論文などで紹介されているので、細かい事に関してはそちらを参照していただきたい。

　まず関根がこの建物の設計依頼を受けた経緯を紹介したい。話はこの記念館が竣工する６年前の大正１４年にさかのぼる。当時、関根要太郎は自らの設計事務所を開設して５年目で、メインの仕事である不動貯金銀行の店舗設計や、函館の仕事など数多くの設計の仕事を引き受けていた。順風満帆な関根事務所だったが、大正１３年ころ、秩父宮・高松宮両殿下のために設立された会員制スキークラブ『六華倶楽部』が山形県の五色温泉にロッジを建設する事となり、関根事務所で設計依頼を受ける事になった。これは関根が六華倶楽部の会員だった事から、依頼を受けたものである。この六華倶楽部ロッジは関根が基本的なプランを出し、当時関根事務所の所員だった蔵田周忠がそれを纏め上げ、大正１３年暮れに竣工した。

　また竣工間もない六華倶楽部のスキーロッジに、秩父宮・高松宮両殿下がご来訪され、関根は両殿下のスキーのお供をする事になった。ここで秩父宮殿下と関根は親しくなったようで、大正１４年５月１１日の殿下の秩父三峯山登山に同行する事になる。秩父宮殿下というと、登山やスポーツをこよなく愛し、一般庶民とも分けへだたりなく接していた殿下だったそうなので、年齢が一回り上の関根とも会話がはずんだのだろう。以前関根のご遺族の方にお話を伺ったところ、関根は一度会えば誰とでもすぐに親しくなってしまうという、天性の社交的な性格だったそう。そういう者同士だから、六華倶楽部での２人の会話は盛り上がったに違いない・・・・・。

　そして大正１４年５月１１日、秩父宮殿下や関根などの一団は、秩父三峯山の麓の大輪(現在のロープーウェー乗り場がある地点)より登山を開始。この登山道はかなり急なのだが、健脚で鳴らした当時２３歳の秩父宮殿下のあまりにもハイペースな歩きに、同行の人たちは次々と取り残されというエピソードも残されている。また子供のころ、秩父の野山で遊びまくっていた関根は最後まで同行できたようである。その後、三峯山の奥の院まで登られ、この日の登山は終了した。また秩父宮殿下はこの日、三峯山神社に一泊され、この日のうちに殿下の登山を記念する会館の建設が決定したという。
　また関根の建築設計の作風は、これ以降モダンなものから純和風へと転換するのだが、過渡期的な作風だといえる。

　数年前、関根の秩父での足跡を調べて、秩父の方々を訪ね歩いていたのだが、誰も関根の事を知らず困り果てていた(その後、秩父在住の姪にあたる方と出会っている)。そのような時に、秩父宮記念館を担当した丸岡工務店の所長・丸岡治助氏のお孫さんに貴重な話を伺った。この記念館の設計には関根や蔵田のほか、関根の弟・山中節治(１８９５～１９５２)も設計に参加しているという事だ。前回紹介した旧大滝村の小学校も同時期に建設されているので、頷ける話である。

　また以前、山中のご遺族から写真を数枚お借りしたのだが、その中の一枚に関根事務所の集合写真があった。この写真は秩父神社の境内で撮影されたもので、関根の両隣には山中節治と蔵田周忠が立っていた。恐らく大正末から昭和初期に記念館の建設に際して、事務所のメンバーが秩父へ赴いた時のものと思われるが、皆晴れ晴れとした良い表情をしている素敵な写真だった。
　と、これまで秩父出身の新進気鋭の建築家と若き殿下の交友などを、私なりに書いてみた。個人的には秩父出身の著名人の一人として、関根が紹介される日が来るのを願ってやまない。

◆秩父宮殿下三峯山御登山記念館
　　◎設計：関根建築事務所(関根要太郎、蔵田周忠、山中節治)　
　　◎施工：丸岡工務店
　　◎竣工：昭和6(1931)年8月5日
　　◎構造：木造平屋
　　◎所在地：埼玉県秩父市三峯山

★建物は非公開になっており見学はできませんので、ご了承ください。
◆竣工当時の秩父宮記念館
　※『日本建築士』昭和７年５月号より
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★調査協力：丸岡設計(秩父)・丸岡只一氏、三峯山神社・千島幸明氏
※参考文献：『秩父宮親王』秩父宮を偲ぶ会、昭和４６年
　　　　　　　　『わたしの山旅』槇有恒著、昭和４３年
　　　　　　　　『日本建築士』昭和７年５月号
　　　　　　　　『自伝・生い立ちより今日まで』関根要太郎著、昭和１１年
★撮影はすべて敷地外よりしたものです。