旧函館区公会堂(函館の建築再見2025) : 関根要太郎研究室＠はこだて

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大正・昭和初期に函館をはじめ国内で活躍した建築家の関根要太郎(1889～1959)、山中節治(1895～1952)、山中眞三郎(1897～1977)兄弟の設計作品、函館の歴史的建造物や風景、関根・山中兄弟の故郷である秩父の祭や風景、明治・大正・昭和に建てられたモダンな近代建築などを紹介します。
by ヨウタロウ研究員

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旧函館区公会堂(函館の建築再見2025)

◆旧函館区公会堂

　・・・・明治43年築、函館を代表する美しい木造洋館

　5年振りとなった函館の旅。幾つかの歴史的建造物の解体跡地を目の当たりにする一方、ついこの前に函館に訪れていたような時の隔たりを感じさせない滞在となった。

　そして9月下旬週末の函館の町は、多くの観光客でなかなかの賑わいである。そしてこの日特に混んでいたのが、元町の基坂周辺であった。そして吸い寄せられるように着いたのが、基坂上に建つ旧函館区公会堂である。

　旧函館区公会堂を見学するのは実に9年ぶりのこと。平成30(2018)年の秋から令和3(2021)年の春まで約2年半に渡る大規模修繕工事を実施していたため、平成30(2018)年9月と令和2(2020)年10月の函館訪問時は、公会堂を見学できなかった訳である。2年半にわたる修繕工事完了後の公会堂は、ややグレーがかったスカイブルーとイエローの色取りがとても鮮やかで、とてもシャープな印象を受けた。

　旧函館区公会堂は明治43(1910)年9月の竣工。明治40(1907)年8月23日の夜半に発生した大火で、それまで使っていた町会所が全焼してしまったのを機に、函館区民有志による新集会所建設に際する協議会が結成され、大規模な公会堂の建設が決定する。

　当初は函館区民からの寄付で建設資金を賄おうとしたが、大火で町の多くが焼かれてしまった事もあり寄付どころではなかったようで、目標額をはるかに下回る数千円程度の寄付しか集まらなかったという。

　資金の不足により一度は頓挫しかかった大規模公会堂の建設計画。そこに手を差し伸べたのが、函館の豪商・初代相馬哲平(1833～1921)であった。相馬は設資金の大部分にあたる5万円の建設資金のおこなう。以前とある方に伺った話によると、大火直後の相馬も資金繰りが苦しく、実際は5万円を各方面から調達し寄付したというのだ。真偽のほどは分からないが、それだけの金額を調達できたのは、相馬哲平のこれまで築いてきた信用があって出来た事なのだろう。

　建設資金の問題をクリアし、公会堂の建設工事は明治42(1909)年5月に始まる。設計は函館区技師の小西朝次郎(1879～1924)が担当。

　小西朝次郎は函館の生まれ。青森県弘前の陸軍第八師団経理部、函館鉄道を経て、函館区に奉職していた。建築学はこの頃に学んだのだろうか、30歳になったばかりの年齢でこの大規模公会堂の設計にあたったのである。設計監督は函館区の技師で、小西の上司にあたる渋谷源吉が務めた。

　対して新公会堂の施工は、函館一の棟梁と謳われた越後出身の棟梁・村木甚三郎(1848～1924)が請け負った。幕末の慶応年間に函館に渡り、小舟町(…現在の入船町)を拠点に山平という屋号で、数々の建築施工を手掛けてきた村木であった。しかし60歳という当時としてはかなりの高齢になっていた事もあり、施工実務は甚三郎の息子であった村木喜太郎(1880～1911)、村木喜三郎(…二代目・村木甚三郎、1882～1928)兄弟がおこなったと筆者は想像する。

　村木喜太郎・喜三郎兄弟は、明治30年代前半に東京築地の工手学校(…現在の工学院大学)で学び、喜太郎は宮内省匠寮にも在籍していた。兄弟ともに函館へ帰郷し、父の仕事をサポートする事になった。

　兄の喜太郎は公会堂が竣工した翌年に31歳の若さで早逝してしまうが、弟・喜三郎はこの後に函館大手町の旧浅野セメント函館営業所(大正7年築)、関根要太郎(1889～1959)+山中節治(1895～1942)兄弟設計による、函館海産商同業組合事務所(大正9年築)、区立函館病院外来診療棟(大正10年築)などの施工も手掛けている。

　そして村木喜太郎・喜三郎兄弟が東京で学んだ技術力が遺憾なく発揮された箇所が、約260坪の広さがある2階大広間(…大ホール)ではないかと思う。6メートルの高さがある漆喰天井を持つこの空間は一切柱がなく、バレル・ヴォールト(Barrel vault)式という、当時の日本の技術ではかなり革新的だった吊天井の技術が用いられている。この開放的な空間からバルコニーへ出ると、函館の港を一望できる最高のシチュエーションが用意されている。この建物、最大の見所だと思う。

　この大広間であるが、今から104年前の大正10(1921)年5月2日、当時31歳だった関根要太郎が講演をおこなった場所でもある。

　この日、関根は函館区技師の小野基樹(1886～1976)の代役として、函館区政財界人有志により結成された、火防設備実行会の区民向け講演会〔火防区民大会〕に参加。函館区民からしてみるとかなり毒舌で生意気過ぎる内容だったが、耐火建築の重要性を説く講演をおこなっている。

　建設資金の調達に苦しんだことも影響してか、外壁は洋風下見板張りの火災には無防備な木造建築となった。大火多発地帯の函館の高台に建つにもかかわらず、度重なる大火にも類焼することなく、竣工から115年が経った訳である。大正10年5月の火防区民大会の講演会で関根要太郎は、「相当入念な建て方であっても、とても燃え易く出来ているのだから可笑しい」と皮肉った発言をしているのだが、その代表格が関根が講演をおこなった旧公会堂だった訳である。

　2年半の改修工事を経て、華やかな姿へと蘇った旧函館区公会堂。一見すると洋風のデザインだが、屋根に瓦が葺かれていたり、破風の装飾が唐草模様だったり、コリント式のオーダーが和風の感じがする擬洋風なものだったり、正面破風のバランスが悪かったりするなど、不格好さが目立つのも正直なところ。

　しかし建物のヴォリュームとカラフルな色彩、元町の高台に建つ絶好のシチュエーションで、そのマイナス要素を払拭している。

　爽快な秋晴れの空の下、数年ぶりに見た旧函館区公会堂は胸がときめく美しさであった。町を代表する歴史的建造物が、地元商人や有力者により建てられた公共建築というのも、函館ならではないかと思う。公会堂を建てることを計画した当時の人たちのイデオロギーや、施工を手掛けた若き建築業者たちの技術力、そして拘りぬかれた細部装飾品など、たっぷりと鑑賞させていただいたこの日の訪問であった。

❖大正11(1922)年7月31日まで函館市は函館区と名乗っており、それに順じた表記をさせていただいた。