東京新宿区の伊勢丹本店(昭和モダン建築再訪2025)

◆伊勢丹新宿店

　・・・・昭和8年築、新宿東口に鎮座するアール・デコのモダンなデパート建築

　

　西武新宿線沿いの東京都下の町で生まれ、長年に渡り暮らしていた筆者。子供の頃から身近な繁華街と言えば、西武新宿線の終着駅がある新宿だった。

　通勤・通学で約10年新宿を経由していた他に、若い頃は休みになると新宿の書店や、輸入レコード(CD)販売店、カジュアルな店で服などを頻繁に購入していた。その中でも高嶺の花であったのが、新宿三丁目の伊勢丹新宿店である。

　緑・黄・赤の3色の組み合わせによるタータンの買い物袋が印象的な伊勢丹は、明治19(1896)年に初代の小菅丹治が東京神田の旅籠町に創業した呉服店がその始まり。長年に渡り神田明神や昌平橋のそば、現在の地名でいうところの千代田区外神田1丁目に店を構えていたが、関東大震災でそれまでの店舗が焼かれてしまったのを機に、新宿における大規模店舗の計画が進行したという。

　伊勢丹新宿店が建つこの近辺は、甲州街道・青梅街道の分岐点〔内藤追分〕があり、日本橋からの最初の宿場町があった事で、古くから多くの人で賑わっていた界隈であった。

　特に関東大震災後は国鉄・私鉄など多くの鉄道路線が乗り入れていた事もあり、新たな繁華街として〔ほてい屋、大正15年開店〕、〔三越、昭和5年開店、…現在のビックカメラ新宿駅東口店、ユニクロ新宿本店〕など、鉄筋コンクリート造の大型所業施設(…デパート)が相次いで建設されていた。そして昭和8(1933)年に建てられたのが、伊勢丹新宿店だった訳である。

　伊勢丹は新宿通り沿いの場所に、間口十間ほど表通りから見るとかなり狭い場所に奥行の深い店舗を建設させる。冒頭の写真でご覧いただいたの箇所が、そのオリジナルにあたる部分だ。少し余談になるが新宿の旧道沿いに建つ店の間口が狭い店が多いのは、江戸時代の区画がそのまま現代まで引き継がれた影響だと思われる。東京銀座も間口が狭い店が多いのは、江戸期の土地割りの名残りではないかと筆者は推測している。

　ゴシックを基調としつつ、アール・デコのエッセンスをたっぷり含んだデザインの店を、新宿三丁目に建てた伊勢丹。ちなみに冒頭の写真右側の部分には、大正15(1926)年に〔ほてい屋〕の店舗が建てられていた。

　ほてい屋の店舗は昭和4(1929)年、昭和7(1932)年に増築工事がおこなわれ、伊勢丹新宿店がオープンした頃には、地上7階建ての規模になっていたという。竹中工務店の施工により建てられたそうで、古写真を見るとルネサンスとゴシックが折衷させたようなスタイルだった。

　大正末、東京を代表する繁華街となっていた新宿に大型デパートを開店させたほてい屋。しかし競合店との価格競争や、店舗増築のための投資が災いし経営が悪化。何度も不渡り手形を出してしまい、昭和10(1935)年6月伊勢丹へ買収されてしまう。その後、伊勢丹と旧ほてい屋の建物を接合する工事がおこなわれ、旧ほてい屋は既存の伊勢丹新宿店の外観デザインを継承するような形で改修され、昭和11(1936)年に工事が完成している。現在の明治通り部分がその部分である。

　伊勢丹はほてい屋の買収を前提に、軒高や床面の高さを合わせたという話がよく紹介される。しかし当時の建築は高さ100尺(…約30メートル)・最大7階建ての制限が設けられており、結果的にほぼ同じ規格になってしまう訳で、個人的には独り歩きしたエピソードではないかと考える。

　ちなみに伊勢丹と旧ほてい屋の接合部分は若干高さが違っている。新宿通りから見るとよく分かるので、もし機会があればこちらもチェックして頂きたい。

　新築・改修ともに伊勢丹本店の設計・施工を手掛けたのは、老舗大手ゼネコンの清水組(…現清水建設)。設計主任は当時清水組に在籍していた八木憲一(1893～1952)が担当している。東京帝国大学を卒業した八木は清水組に就職し、後に同社の技師長を務めた人物である。函館に現存する旧第一銀行函館支店(共同設計：西村好時、大正10年築)も八木の作品だ。偶然なのか両者とも直線を強調した作風だ。

　伊勢丹新宿店の外観意匠は、1920年代半ばからフランスやニューヨークで流行した、アール・デコの影響を色濃く感じられる。

　当時日本国内におけるデパート建築は、東京日本橋の三越本店(設計：横河工務所、昭和2年築)をはじめ、内部装飾や細部意匠に当時最先端のモダデザインであるアール・デコが好んで用いられたが、外観に関しては新宿の伊勢丹はとても純度の高いアール・デコのデザインである。高さは及ばないが、まるでニューヨークの摩天楼を思わせる出来である。

　そして伊勢丹新宿店で大好きなのが、明治通り側の屋上に続く階段に設置されたステンドグラスである。当時国内を代表するステンドグラス工房だった、宇野澤組ステンドグラス工房により製作されたものだ。華やかな色のガラスは配置されていないものの、時間や季節、見る角度によって、黄色く見えたり、薄紫に見えたり、ワンポイントの葉の緑が際立ったり、いつ訪れてもその美しさに魅了される逸品である。これもジャパニーズ・アールデコと言いたくなる作品だ。

　近年、東京都選定歴史的建造物に指定されたのを前後して、玄関回りをはじめ建物各所が往時の姿に復元され、輝きが増した伊勢丹新宿店。今年の夏に撮影した写真の他、今から10年前(平成27年：2015年)の夜間に撮影した写真も再掲載させていただいた。

　久しぶりの新宿だったが、この建物の美しさをたっぷり堪能させていただいた。

◆伊勢丹新宿店

　◎設計：清水組設計部

　　　　　(設計主任：八木憲一＋永野三郎)

　◎施工：清水組

　◎竣工：昭和8(1933)年5月

　◎改修：昭和11(1936)年3月ほか

　◎構造：鉄骨鉄筋コンクリート造7階建て、地下2階

　◎所在地：東京都新宿区新宿三丁目14番1号

　　❖東京都選定歴史的建造物(平成16年：2004年指定)

★竣工当時の伊勢丹

アール・デコの外観デザイン。塔屋付近などは今より装飾が多く取り付けられていた。

❖図版・・・「建築の東京」昭和10年
写真右側の近年まで伊勢丹の看板が設置されていた突起部分が、伊勢丹と旧ほてい屋の接合部分。高さが少しずれており、道路に面して旧ほてい屋の部分が少し出っ張っているのが分かる。

★伊勢丹新宿店の屋上

屋上にて撮影。この部分が、昭和8(1933)年に竣工したオリジナルの部分。

写真左に写るのは高さ240メートルのNTTドコモ代々木ビル(平成12年：2000年築)。アール・デコの名作と誉れ高いニューヨークのエンパイアステートビルに影響を受けたビルと、伊勢丹新宿店の新旧アール・デコ建築の競演。

玄関部分は近年復元されたもの。
新宿通りと明治通りが交わる角地は、かつて〔ほてい屋〕だった部分。

階段室の通気口グリルもアール・デコ調。

面白いもので、筆者が町の建物を撮影していると、真似するようにその建物を撮影する人が現れる。

★新宿内藤追分のプレート

街行く人たちは気付かず通り過ぎていくが、伊勢丹の斜め向かいには内藤追分のプレートも。

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★参考文献・参考資料

「三越伊勢丹オンライン　伊勢丹90年のあゆみ」

「分離派建築博物館　ホームページ、紙上の構想を巡る」菊池潤氏制作

「日本のアール・デコ建築入門」吉田鋼市氏著、平成26年、王国社

「日本のステンドグラス　宇野澤辰雄の世界」田辺千代氏著、平成22年、白揚社

「百貨店の誕生」初田亨氏著、平成11年、ちくま学芸文庫

「読んで♪　観て♪、昭和の新宿①　ほてい屋と新宿伊勢丹」karakuten氏制作、令和5年、アメーバブログ

「ウィキペディア　新宿ほてい屋」ほか

★撮影・・・・2015年10月、2025年8月