埼玉県秩父市のちちぶ銘仙館2025・初夏(建築家・関根要太郎の故郷を訪ねる)

◆ちちぶ銘仙館と秩父銘仙コレクション

　・・・・関根要太郎の故郷・秩父で大正～昭和初期のモダン着物を見る

　昨年12月におこなわれた秩父夜祭(…秩父神社例大祭、秩父祭)宵宮の訪問以来、かなりのペースで建築家・関根要太郎(1889～1959、大正3年：東京高等工業高校選科修了)の故郷である埼玉県秩父市へ訪れている筆者。長年に渡り西武沿線の町で暮らしていた事もあり、その終着駅にあたる秩父へは子供の頃から頻繁に訪れていますが、近年自身において人生何度目かの秩父ブームが到来しています。そして先週は今年８度目になる秩父訪問をして参りました。

　今回の目的は祭り見物ではなく、秩父の特産品として古くから知られる銘仙という着物コレクションを鑑賞するためでした。毎回秩父訪問で利用している西武秩父駅の待合室に銘仙の着物が展示してあり、それを撮影してみると非常に美しく、他の銘仙も撮影してみたいと思った次第です。

　秩父銘仙の展示会は市内各地で頻繁におこなわれていますが、ちょうどタイミングが合ったこともあり、先週末は西武秩父駅から徒歩数分の熊木町にあるちちぶ銘仙館を訪ねたのです。

　ちちぶ銘仙館として使われている建物は、昭和5(1930)年に埼玉県繊維工業試験場秩父支場として建てられたもの。その外観デザインは、20世紀を代表する世界的建築家：フランク・ロイド・ライト(1867～1959)の作風をはじめ、表現主義やルネサンスなど当時のモダンデザインが、ごちゃ混ぜになったユニークな作品という事は昨年紹介した通りです。ちなみに銘仙館は、毎年7月におこなわれる川瀬祭りの熊木町笠鉾収蔵庫前に建っています。

　秩父は周辺を高い山に囲まれ、河岸段丘の地形や水はけの良い地質という事もあり稲作には向かず、古くから桑を栽培し養蚕をおこなう事が地域の主産業となっていました。江戸期には〔秩父絹〕が地域を代表する地場産品になったといいます。

　その中で規格外品の絹を使った〔太織〕という野良着は、丈夫な事から〔鬼秩父〕と呼ばれ、江戸庶民の大衆着として普及していったといいます。また絹織業で齎らされた富が、様々な美しい祭りの運営資金となったのは言うまでもありません。

　そして明治に入ると太織は近代化された機械により改良が加えられ、明治19(1886)年に秩父郡野上(…現秩父郡長瀞町)出身の村田源三郎によって絣(かすり)が発案され、秩父銘仙の基礎を作ったと言われています。更に秩父郡横瀬出身の坂本宗太郎(1884～1964、明治40年：東京高等工業学校卒業)は、〔ほぐし捺染〕という一度に多くの生地になる前段階の縦糸を染められる技法を発明し、明治41(1908)年には特許を取得します。表裏なく染められるこの技法は大量生産を可能にします。

　またこの時期、秩父の織物は〔秩父銘仙〕という名で売り出され、大正から昭和初期にかけて一大ブームを巻き起こすことになります。庶民に手が届きやすい価格帯や、色鮮やかでモダンな図柄という事もヒットの躍進の一因になったといいます。

　また時を同じくして秩父の他に、群馬県伊勢崎と桐生、栃木県の足利、東京の八王子などで、技法やデザインに多少違いはあるものの、銘仙の名が冠されたカジュアルな着物が多く生産されました。

　今回ちちぶ銘仙館で購入した〔秩父町観光案内図、昭和5年ころ作成〕という鳥観図を見てみると、秩父の市内各地に織物工場の名と煙突のイラストが記されています。また関根要太郎は昭和11(1936)年、当時自身が在籍していた日本建築士会の会報で連載していた〔旅泊余滴〕という紀行文の中で、当時の秩父について「素朴な田舎の都会も、今日ではネオンの光が輝いて、新時代の波は可なりの勢いで流れ込んで居る。かっては泥合戦をした背戸の田甫や畑には、何々製糸工場の数々と秩父セメントの工場まで出来て、無数の煙突と家が立ち塞がり、面目は全く一新されて終った。」と述べています。

　そして秩父町観光案内図と銘打った鳥観図の中で、〔銘仙主要産地〕と記されていたのが、秩父郡高篠村とその南の横瀬村周辺のエリアです。

　現在の秩父市山田と横瀬町、今春山田の春まつり(…恒持神社例大祭)で訪れた地域なのですが、当日地域を歩いみると鋸屋根の繊維工場や、養蚕農家と思われるとても立派なお屋敷が多く建っていました。また横瀬町には〔ほくじ捺染〕を開発した坂本宗太郎経営の坂善工場もあり、一大銘仙の産地として栄えたそうです。

　昭和初めまで一大ブランドとして繁栄を極めた秩父銘仙でしたが、戦後の化学繊維の普及や、女性の普段着が和装から洋服に変わったことにより、その生産量は年を追うごとに減少し、多くの工場が廃業に追い込まれました。しかし今から20数年前に旧繊維工業試験場秩父支場として使われてい建物を拠点に、秩父銘仙の再興プロジェクトが始まります。そして平成25(2013)年12月には、埼玉県で4例目の国の伝統工芸品に指定されました。そして近年では地域を巻き込んだ、新たな秩父銘仙ブームが起きています。

　そして今回ちちぶ銘仙館で行われている企画展は、紫色の着物を中心にコレクションが展示がおこなわれていました。化学染料の普及により大正後期から、量産が可能になった色だといいます。

　また今回の企画展で展示された着物の多くは、生産からかなりの年数が経っており、正確な産地が特定しづらいものも多数あったそうですが、秩父をはじめとした北関東の産地で作られたものだそうです。作られた間もなくは、今以上にとても鮮やかな色を発していたと想像されます。

　今回は着物の全体像をメインに銘仙を撮影しなければいけないと思ったものの、着物の撮影などしたことがないので、図柄に照準をあて同じパターンで生地を撮影しました。先にも説明しましたが、秩父銘仙は生地が縦糸しか並んでいない状態で染められているので、シャープさには多少物足りなさを感じますが、大正から昭和初期のモダンデザインの影響をたっぷり受けた、とても華やかなものでした。そういう事でここからは建物の写真に続き、銘仙着物の数々をご覧ください。

◆旧埼玉県繊維工業試験場秩父支場～ちちぶ銘仙館

　◎設計：不詳

　◎施工：不詳

　◎竣工：昭和5(1930)年9月

　◎構造：木造モルタル塗り平屋・・・本館

　◎所在地：埼玉県秩父市熊木町28-1

　　❖国登録有形文化財(平成10年：1998年登録)

★西武鉄道の特急電車：Laview(…ラビュー)001系
毎度のお約束で旅行気分を味わうために、秩父へは特急電車で移動。先週末は曇り時々晴れという天気だったこともあり、特急電車もかなり混雑していた。
特急ホームを降りると目の前には乗客のための待合室が。この室内には現在2点の秩父銘仙が展示されている。今年春は西武秩父駅構内に展示してある、この2点の銘仙の美しさに魅せられた筆者である。

★西武秩父駅前での宮地屋台保存会のお囃子実演

西武秩父駅前では秩父夜祭の宮地屋台保存会による屋台囃子実演が。

シャープでリズミカルなお囃子は、秩父市内に軽快に鳴り響いていた。下の写真が宮地の屋台。

　　　　　　　　

そして駅から徒歩数分のちちぶ銘仙館へ向かう。玄関の暖簾も地元で生産された銘仙が使われている。本館ギャラリーの廊下に展示してあった2枚の着物は、秩父で作られたと推測されるもの。そしてここからは企画展展示室へ。室内は銘仙着物が所狭しと展示されていた。

このあたりの着物は産地不詳とのこと。しかし昭和モダンな雰囲気漂う。

こちらは栃木の足利銘仙。

こちらは秩父製。こちらは秩父で作られたもの。こちらの着物は群馬県の伊勢崎の銘仙。　

秩父織物協会のポスターは往年の名女優・若尾文子さん。建築家・黒川紀章(1934～2007)の夫人としても知られる。★坂本宗太郎銅像

こちらの銅像の人物が秩父銘仙ほくじ捺染の生みの親である坂本宗太郎(1884～1964)。

当時、東京蔵前にあった東京高等工業学校(…現在の東京工業大学)を、明治40(1907)年に卒業した。専攻は違うものの、その7年後に関根要太郎も同校を選科生として卒業している。
大正から昭和の初め秩父銘仙は、東京をはじめ全国百貨店の祭事のメインイベントして頻繁に出店していた。昭和天皇と武甲山。
★坂善工場についての解説

現在の横瀬町横瀬十四番にあった銘仙工場。現在も坂本家の表門が残されているという。

本文でも紹介したように現在の秩父市山田(…旧秩父郡高篠村)から横瀬十四番、秩父三十四箇所札所でいうところの一番・四萬部寺から五番・語歌堂にかけての一帯は繊維工場が多く建てられ、銘仙の一大生産地だった。

モダンな色合い、最後の銘仙の輝きといった作品ではないだろうか。こちらが銘仙の作業工程の途中見本。ここに横糸を入れるそうである。

館内の一部は伝統工芸伝承のための作業室となっている。

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★参考文献・参考資料

「別冊太陽、銘仙　大正昭和のおしゃれ着物」平成16年、平凡社

「日本建築士、旅泊余滴　秩父の秩父館」関根要太郎氏著、昭和11年12月号

「染め織りの郷　ちちぶ銘仙館」ちちぶ銘仙館作成復刻鳥観図

★撮影・・・・2025年4月・５月・６月