埼玉県秩父郡横瀬町立横瀬小学校(昭和モダン建築探訪)

◆秩父郡横瀬町立横瀬小学校

　・・・・昭和8年竣工、シャープでモダンな築92年を迎える木造校舎

　ゴールデンウィークが終わってから2週間が経ったが、ゴールデンウィーク中唯一の休みだった5月3日の憲法記念日には、建築家・関根要太郎(1889～1959)の郷里である埼玉県秩父地方を訪ねた。気が付けば今年6回目の秩父訪問である。

　今回の秩父訪問の主目的は、秩父市大宮にある羊山公園内に咲く芝桜見物で、ここ十数年の間でもかなりの回数訪問している。ちなみにコロナウイルスの騒動が一段落してからは、今年で3年連続の訪問になる。訪問前日に長時間に渡り降った冷たい雨が影響してか、少し花が散ってしまっていた感じだったが、今年も秩父の春を満喫できた。

　秩父芝桜の丘が誕生してかれこれ20数年が経った。秩父羊山公園の成功を参考にしてか、近年では全国各地に大規模な芝桜の丘が誕生し、以前に比べると元祖・芝桜の丘への訪問者の数は減ったという。しかしながら秩父市羊山公園そばの臨時駐車場からは坂を息を切らせながら、多くの人が上っていく様子を今年も見かけた。今年は30万人ちかい人が秩父芝桜の丘を訪れたというが、その多くの訪問者は自動車で訪れていたようだ。

　それに反し筆者夫妻は西武鉄道を使っての芝桜の丘への訪問。ゴールデンウィークという事もあり、特急電車〔Laview：ラビュー〕が早い段階で満席になっていたため、各駅停車に乗り終点・西武秩父駅の一つ手前の横瀬駅で下車。ここから穏やかな横瀬の里を徒歩20分かけて、芝桜の丘へ向かう事にした。

　横瀬は武甲山のお膝元にあたる町で、昭和44(1969)年に操業が開始された、UBE三菱セメント(…旧三菱セメント)工場でのセメント生成が町の主産業となっている。個人的には芦ヶ久保の果樹公園村や、丸山など自然豊かな場所という印象が強い。

　横瀬駅に下車したのちは、芝桜の丘へ向かう人たちとは反対方向の国道299号線方面へ坂を下る。歩いて僅かのところにある横瀬町役場を通りかかったところで、役場の施設の間から鮮やかなオレンジ色の木造洋館が見えてきた。これが今回紹介させていただく、横瀬町立横瀬小学校である。昭和8(1933)年4月に竣工したという歴史ある校舎である。木造の旧小学校校舎が多く残る秩父地方、その中で唯一現役の小学校舎として使われているのが横瀬小学校だ。

　切れ味鋭いモダンな装いの横瀬小学校の竣工は、三菱セメント工場が稼働開始する36年前にあたる昭和8(1933)年のこと。

　筆者が物心ついた頃の横瀬は、武甲山の大規模石灰採掘が始まり、三菱セメント工場も稼働し、完全にセメントの町となっていたが(…横瀬は昭和59年に従来の村から町制施行となる)、それまでの横瀬は林業、養蚕をはじめとした繊維業、農業などが主産業だったと想像される。横瀬村の決して潤沢ではなかった村の予算で建てられたのが、横瀬小学校だったと筆者は推測する。

　小学校の施設という事もあり、遠くからの撮影になったしまったが、それなりの距離を置いた場所からも、そのモダンさが際立つ横瀬小学校。軒、窓枠、玄関バルコニーの装飾、水平線を強調したデザインは、フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright、1867～1959)のエッセンスを感じ取れるし、この当時流行していたアール・デコの雰囲気も漂う。このようにとてもモダンな横瀬小学校、その設計は埼玉県出身の建築家・大川勇(1891～1963)が担当している。

　大川は明治24(1891)年に草加の名家の家に生まれ、大正7(1918)年に早稲田大学理工学部建築学科を卒業。その後は東京の建築事務所で勤務を経て、群馬県庁舎(…設計は早稲田の恩師・佐藤功一が担当)、岐阜県庁舎の建設工事に参加。

　そして大正15(1926)年には生まれ故郷である草加の小学校の設計を手掛け、この年に竣工させている。この小学校は埼玉県内で、初の鉄筋コンクリート造の校舎となる、当時最先端のモダン建築だった。そして建物は今も現存し、市の民俗資料館として再利用されている。

　更に昭和4(1929)年には、草加市の住吉で自身の建築事務所を開設。それ以降、埼玉県と群馬県を中心に、小学校の校舎・講堂などの設計を手掛けることになった。中島清治さんの著書〔埼玉の木造校舎：平成2年〕の解説文によると、これ以降大川は終戦まで草加と横瀬の他、加須、八潮、越谷、久喜、春日部、鳩ケ谷、川口、宮代、蓮田、戸田、羽生、三郷などの校舎設計を手掛けることになった。埼玉、群馬で確認できるだけで、計58棟の学校建築の設計を手掛けたという。

　また戦後になるが埼玉県秩父出身の建築家・関根要太郎(1889～1959)も、埼玉で数多くの公立学校や幼稚園の設計を手掛けている。教育施設に関しては校舎・講堂など、およそ20軒の教育施設の設計を出掛けた。

　昭和の戦前と戦後で時代背景は異なるが、予算が限られ教育施設の建設に苦慮していた埼玉の地方自治体の救世主となったのが、大川勇であり関根要太郎だったのではないかと筆者は考えるのである。

　埼玉県内で現存する大川設計による校舎建築は、草加と横瀬の2棟になってしまったが、埼玉の教育文化を支えたとても貴重な建築作品だと思う。この日の秩父訪問は小学校撮影の後、羊山公園の芝桜、見晴らしの丘、秩父神社を巡り帰途に就いた。5月に秩父はとても爽やかで、気持ちの良い写真が撮れたので、9年前に撮影した横瀬の写真と共に、そちらの写真もご覧いただけたら幸いである。

◆秩父郡横瀬町立横瀬小学校

　◎設計：大川勇

　◎施工：不詳

　◎竣工：昭和8(1933)年4月

　◎構造：木造2階建て

　◎所在地：埼玉県秩父郡横瀬町横瀬4556

　　❖平成22(2010)年：彩の国景観賞、たてもの・まちなみ部門受賞

歴史のある小学校だけに、敷地の片隅には二宮金次郎の銅像が。
小学校前の歩道を振り返ると、秩父の霊峰・武甲山(標高1304メートル)が。

★ブコーさんと木造校舎

全て敷地外からの撮影。近年建てられた他の施設も、昭和8年築の木造校舎にトーンを合わせたデザイン。ジャングルジムの向こうに描かれたキャラクターは、横瀬町のイメージキャラクター〔ブコーさん〕。武甲山と祭りの太鼓をモチーフに、日本テレビの長寿番組〔笑点〕と、秩父夜祭でお馴染みの秩父市東町出身の落語家・林家たい平師匠がデザインしたものである。

学校の片隅に置かれている二宮金次郎と武甲山。

大川勇のもう一つの現存作品、旧草加市立草加小学校(大正15年築)は下のリンクを参照していただきたい。

本文とは関係ないが、横瀬小学校と同様に秩父地方に現存するモダンな木造小学校舎といえば、関根要太郎の実弟で秩父市大滝出身の建築家・山中節治(1895～1952)設計の旧大滝村立上中尾小学校(昭和7年築)だろう。山中節治は選科生修了であるが、大川勇と同じく早稲田大学の建築学科で学んだ実力派の建築家である。下の写真は一昨年に撮影したもの。

★木造校舎と火の見櫓

木造の小学校舎に二宮金次郎像、そして火の見櫓、あまりにも渋すぎる構図である。

★平成28(2016)年撮影の横瀬小学校

そしてここからは今から9年前の平成28(2016)年11月に撮影した写真をご覧いただきたい。写真データを辿っていくと、この時は西武鉄道の横瀬車両基地でおこなわれた、トレインフェスタ(…昔、西武秩父線を走った特急・レッドアローの初代車両5000系やセメント輸送で使われた電気機関車、過去の車両等が展示されていた)を見学。その後は羊山公園を経て、秩父市宮側町の秩父館へ訪問。

そして秩父館の女主人Eさんと会い、例の如く秩父名物〔しゃくしな漬〕を土産に貰い、帰った記憶がある。

★UBE三菱セメント工場と武甲山

そして横瀬小学校を後にする。

中央に写るのはUBE三菱セメント(旧三菱セメント～三菱マテリアル)の横瀬工場。昭和44(1969)年に稼働開始。ここで生成されたセメント輸送を目的に、西武秩父～吾野までの西武秩父線が建設され、三菱セメント工場が稼働開始した昭和44年に開通している。

西武鉄道のセメント輸送は、大型の電気機関車や欧米で製造された中古の電気機関車の牽引により、昭和時代は頻繁におこなわれていたが、平成8(1996)年に全廃となっている。

★西武秩父線を走った大型電気機関車E851型と、戦前に欧米で製造された電気機関車
話がかなり脱線するが、9年前の秋に横瀬車両基地でおこなわれたトレインフェスタの写真を。西武鉄道が催している最近のトレインフェスタは、事前申し込み制なので行くチャンスはないが、この時は申し込み不要という事で、横瀬駅そばの車両基地でおこなわれているフェスタに訪問した筆者だ。
上の写真の電気機関車はE851型という、国鉄EF65型と同様のパワーを持った牽引車で、昭和44(1969)年の西武秩父線開通に合わせ三菱重工で製造されたものだ。下のレトロな感じの電気機関車は、戦前にスイスやアメリカで製造されたものである。筆者が子供の頃は、西武鉄道の横瀬～国鉄(JR)武蔵野線の新秋津間を、セメントを積載した貨物列車が頻繁に走っていたのである。
西武線を走る格好いい電気機関車、それに反し石灰岩採掘のため山頂から日を追うごとに削られていく秩父の霊峰・武甲山。複雑な気持ちを抱いた幼き日の筆者であった。

★西武鉄道の初代特急電車5000系

そして昭和44(1969)年の西武秩父線開通で、貨物輸送の他にもう一つの要になったのが観光事業である。そこで導入されたのが西武初の有料特急電車〔レッドアロー：5000系〕で、池袋～西武秩父間を1時間半で結んだ。

また西武秩父線開通まもなくの12月3日に催された秩父夜祭は、水曜日の本祭だったのにも関わらず20万人の見物客を動員。長瀞や三峯神社なども広く知られる観光地になった訳である。

★武甲山入口の碑

先ほどに引き続き9年前撮影の写真より。

現在の武甲山からは信じられないが、採掘が本格的に始まる前の武甲山は、北斜面を登る〔西参道〕という道があったという。この碑は、その頃を物語る貴重な遺構である。

ここから再び今年5月に撮影した写真を。

横瀬小と横瀬駅間で見たUBE三菱セメント工場。

背後に見える独との山容の山は二子山(標高882メートル)。低山ながら筆者の通勤中の車内から武甲山と共に見える山である。

途中、宇根の八阪神社を抜けると芝桜の丘まであと少し。来年は4月におこなわれる宇根の春祭りを見たいと思っている筆者である。

★秩父芝桜の丘

横瀬小学校を出て徒歩20分、芝桜の丘へ到着。

昨日の大雨が影響してか、花は少し見所を過ぎた感じになっていた。来年以降も見に行きたい秩父の名所である。

羊山公園の北部へ移動。芝生広場からは日本百名山の一つ両神山(標高1723メートル)が。子供の頃からよく見ている羊山公園の北側ゾーンから見た武甲山。

そして更に道を進むと横瀬小学校が遥か遠くに見えた。

★羊山公園・見晴らしの丘より
この日は三峰山、両神山、城峯山をはじめ秩父の山々、秩父の大宮郷(…秩父市内)などが一望できた。羊山公園の藤棚と武甲山。羊山公園の藤棚と両神山。
羊山公園を下り、秩父神社へ向かう。

★秩父神社

ゴールデンウイークという事もあってか、この日の秩父神社はとてもに賑わっていた。

神社は新年や夜祭の時のような参拝者の列が。そしてこの日、番場通りでは祭りの屋台囃子の実演がおこなわれていた。羊山公園や市内各地からも景気の良い屋台囃子が良く聞こえた、この日であった。そして西武秩父駅へ向かう。
数日前から特急電車は満席という事もあり、今回も例の電車へ。

★西武秩父駅とみなとみらい線：元町・中華街駅を結ぶS‐train

今回唯一取れた座席指定の電車が、西武鉄道～東京メトロ副都心線～東急東横線を経て、みなとみらい線の元町・中華街駅を結ぶS‐trainという有料着席電車。あまり人気のないS‐trainだが、この日はなんと満席。例の如く所沢で途中下車し、JRへ乗り換え地元の町へ戻った筆者である。

ビルの間から秩父神社・柞の森(…ははそのもり)が見える。

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★参考文献・参考資料

「埼玉の木造校舎」中島清治氏著、平成2年、さきたま出版会

「埼玉県秩父郡立横瀬町立横瀬小学校ホームページ」ほか

★撮影・・・・2016年11月、2025年5月