埼玉県浦和別所沼公園のヒアシンスハウス(昭和モダン建築探訪)

◆ヒアシンスハウス

　・・・・昭和12年構想、24歳で夭折した天才建築家スケッチの再現作品

　

　昨年に引き続き、建築家・関根要太郎(1889～1959)の郷里である埼玉県秩父市へ頻繁に訪れている筆者だが、まだ梅が咲き始めて間もない2月には埼玉県の県庁所在地である、さいたま市へ２度訪れた。1回は関根要太郎の墓参に西区(…旧大宮市)の青葉園へ、そしてもう1回は南区(…旧浦和市)にある別所沼公園である。普段は午後出発の小散歩だと、川越が定番になっている筆者夫妻だが、この日はJRを乗り継ぎこちらへ訪問した。

　別所沼公園は、その前身となる〔昭和園〕が昭和2(1927)年に開園したそうで、来年で100周年を迎えるという歴史ある郊外型公園だ。現在の公園の名前にもなっている沼は、大宮台地の西崖下にあった谷底低地の湿地帯を造成して作られたものだという。

　またこの公園は関東ローム層の深部という事もあり、2月の乾燥した公園の芝生や歩道の所々には、富士山をはじめ火山が噴火した際に降った火山灰が堆積して出来た赤土が露出していた。関東の冬らしい光景だ。

　話は脱線するが浦和は、関根要太郎が終戦直前から昭和34(1959)年2月に69歳で亡くなるまでの、10数年間を暮らした町である。実現はしなかったが、最晩年の関根は地上9階建てになる浦和市庁舎の新築計画の議案書を関係者に提出している。また戦後は浦和の自宅に自身の建築事務所を置き、浦和ではその縁はなかったが、埼玉各地の市町村の庁舎や学校など公共建築の設計監理を数多く手掛けていたのである。

　メタセコイアという古代種の大木が印象的な別所沼公園。その公園の南側に建つのが、この日ここを訪れた目的である〔ヒアシンスハウス〕だ。東京帝国大学卒業で24歳の若さで亡くなった、建築家で詩人の立原道造(…たちはらみちぞう、1914～1939)が生前に構想した設計案を、平成16(2004)年に実現させたものである。

　夭折の建築家・立原道造と、ヒアシンスハウス竣工の報を知ってから20年、今更この小さな作品を見に行った訳である。

　

　立原道造は大正3(1914)年、東京日本橋区の生まれ。東京府立の第三中学、第一高等学校を経て昭和9(1934)年に東京帝国大学工学部建築学科に入学する。また中学・高校時代はパステル画、短歌など様々な分野で才能を開花させたという。そして大学時代は、東京帝大建築学科の優秀な学生に贈られる、〔辰野賞〕を3年連続で受賞。また詩集の出版、ドイツ人作家の翻訳などを手掛けている。そして昭和12(1937)年に東京帝大を卒業した。

　東京帝大卒業後は、大正末に結成された分離派建築会の中心的メンバーとして活躍した、石本喜久治(1894～1963)率いる〔石本建築事務所〕に就職。この年には念願の詩集を刊行させた。

　新社会人としてスタートを切った頃に立原が構想を練っていたというのが、別所沼のヒアシンスハウス建設案だったという。神保光太郎という友人の詩人が別所沼の近くに住んでいたそうで、それに感化されてこの建設案を練ったのだろう。

　そのように順調すぎる社会人生活のスタートを切った立原であるが、昭和13(1938)年に肺結核の初期症状である肺尖カタルを発症。その後、盛岡や長崎などで天地療養を続けるも病状は回復する事はなく、その年の12月には東京中野区江古田の東京市療養院に入院。恋人の献身的な看病の甲斐なく、昭和14(1939)年3月に同病院にて24歳７ヵ月という短すぎる生涯を閉じた。没後間もなく立原は東京谷中の墓地に葬られたという。

　24歳という若さで亡くなった青年建築家が紡いだ詩の数々は、その後多くの人に愛される。そして今から20数年前に結成された〔ヒアシンスハウスをつくる会〕により、浦和別所沼にてのヒアシンスハウスの建設プロジェクトが始まったのである。

　そして平成16(2004)年秋、立原道造を愛する多くの人たちの熱意ある活動により、ヒアシンスハウスは竣工した。立原の構想から67年という歳月を経ての建物完成である。

　僅か５坪足らずの敷地に建てられたヒアシンスハウスは、趣味のための小部屋といった趣き。訪問日は内部公開がおこなわれており、ボランティア・ガイドの方により建物内の説明を受けながら、館内を撮影させていただいたが、大きな窓が差し込む暖かい日差しのせいもあってか、とても広い空間に感じられた。建物中央の中開きの扉がワンクッションになっているのか、ベットと長机や本棚が備え付けられた少し狭い部分と、窓の大きな開放的なスペースと二部構成になっているような館内構成だった。

　立原がヒアシンスハウスの構想を練っていた昭和12(1937)年は、日中戦争が始まり軍事体制強化に国策が進んでいた事もあり、建築資材の統制がおこなわれ建材は高騰し、建築業界では大きな影を落としていた時代だった。そのような世間の現実を忘れたいような、青年建築家の思いを感じてしまった。

　このような事を書くとお叱りを受けそうだが、もし立原道造が若くして亡くなっていなければ、どのような美しい建築作品を制作していたのかとも想像してしまった。

　贅の限りを尽くさなくても、豊かな心を育む温かみのある空間はこうして作れるのだなと、痛感したこの日のヒアシンスハウス訪問である。今度は別所沼公園の木々の葉が、緑豊かに生い茂ったこれからの季節らもう一度ヒアシンスハウスを見たみたいと思った次第である。心が癒される美しい建築作品だった。

　

◆ヒアシンスハウス(風信子荘)

　◎設計構想：立原道造

　◎実施設計：ヒアシンスハウスをつくる会

　◎構想時期：昭和12(1937)年ころ

　◎起工：平成15(2003)年5月

　◎竣工：平成16(2004)年11月6日

　◎構造：木造平屋

　◎所在地：埼玉県さいたま市南区別所4-12-10

　　　　　　(さいたま市営別所沼公園内)

　　❖平成17(2005)年：彩の国景観賞・心に潤い部門受賞

ヒアシンスハウス、立原道造の詳細については下のリンクを参照していただきたい。

ヒアシンスハウス横に設置されている木製のポールに白旗が上げられている時は、建物内が見学できるという。内部見学が可能な日時は、水・土・日曜と祝日の午前10時から午後３時まで(昼休み時間は閉館)との事だ。
★別所沼公園

東京深川に住む小島長次郎という人物により開発がおこなわれた、昭和2(1927)年にオープンの〔昭和園〕という私営の遊覧地が、現在の別所沼公園の始まり。大宮台地が侵食してできた谷底低地の湿地を生かし、この沼が作られたという。戦前は大宮氷川神社の周辺に開園した大宮公園と共に、埼玉県内を代表する郊外型公園と謳われたという。

戦後は浦和市、埼玉県に管轄が移り、平成13(2001)年には政令指定都市となった、さいたま市の管轄となった。戦後植栽されたと思われるメタセコイア並木が印象的。海抜は坂上の埼玉県庁などの一帯から約10メートルほど低い7メートル。

館内には立原道造の肖像写真も。東京数寄屋橋のニュー・トーキョーで撮られたものだという。

ヒアシンスハウス建設に際しては、埼玉県から様々な表彰がされている。

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★参考文献・参考資料

「ヒアシンスハウス：ホームページ・リーフレット」

「さいたま市：ホームページ」

「分離派建築博物館：ホームページ」菊池潤氏作成

「新美の巨人たち、立原道造『ヒアシンスハウス』×内田有紀」テレビ東京、令和6年1月放映

★撮影・・・・2025年2月