埼玉県秩父神社の御田植祭、2025(建築家・関根要太郎の故郷を訪ねる)

◆秩父神社の御田植祭　

　・・・・令和7年春、秩父神社春の神事を見る

　3月末に桜は開花しましたが、その後は冷たい雨降りの日が続いたここ数日の関東地方。久しぶりに晴れた昨日(4月4日)は、建築家・関根要太郎(1889～1959)の郷里である埼玉県秩父市を約1ヶ月ぶりに訪れました。今年も秩父に頻繁に訪れており、新春の初詣、3月9日に秩父市東北部にある山田地区(…高篠鉱泉郷)でおこなわれた山田の春祭り見物に次いで、3度目の訪問となります。
　この日は秩父地方の総鎮守である、秩父神社でおこなわれる春の神事〔御田植祭り〕を見学するに秩父へ訪れた次第です。昨年から始めた秩父の歴史ある祭り探訪の一つとして訪れたもので、秩父夜祭のような豪華絢爛な山車の曳行 や花火や曳き踊りなどの派手な演出はありませんが、秩父の春の訪れを祈念する神聖な行事という事もあり、農業にも携わっていない完全に部外者である私ですが、祭りを見学させていただきました。
　四方を山に囲まれ長細い盆地になっている秩父地方。横瀬や一部の地域では小規模な稲作がおこなわれていますが、河成段丘の地形や、秩父地方では太古の時代に山塊の大崩落などがあり、石が多く混じった地質のため水がすぐに吸収してしまい、稲作は広く普及しなかったといいます。　そり代わりにやせ細った土地に育てられたのが、蚕の餌となる桑の葉で、秩父は長年に渡り養蚕業や銘仙・繊維業が主産業となった訳です。
　しかしながら生活の糧として必要なのは米。そのような祈りもあってか、この祭りが長くおこなわれてきたと想像されます。ちなみに4月4日は暦では〔清明〕にあたる日で、旧暦が使われていた明治6(1873)年以前は、2月3日におこなわれていたといいます。太陽暦が採用されて間もなくの期間は、3月3日に祭りの日が設定されていましたが、暫くして現在の日程に定まったといいます。春の農作業の開始の時期に際し、この祭りがおこなれる訳です。
　昨日見学させていただいた秩父神社御田植祭りは、午後1時の開始。神社本殿での1時間にわたる祈祷や神事の後、祭事関係者(御田植祭り保存会の会員：神部)は神職、笛・太鼓を奏でる神楽師に先導され、秩父往還(…大通り)を通り次の目的地である中町の今宮神社へ〔お水乞い〕へ向かいます。　ここで水幣(…みずぬさ)に水神様を憑依させて頂きます。ちなみに今宮神社は古くから武甲山の伏流水が湧き出る場所で、現在は秩父屈指のパワースポットとして人気を集めています。
　更に今宮神社における1時間ほどの神事の後、一行は秩父神社へ戻るために今宮神社を出発。今度は東町通り(…道幅の狭い旧道ですが、7月の川瀬祭りでは幾つかの町会の山車が通る由緒ある通り )を経由して、秩父神社の表参道である番場通りを北上し、大鳥居をくぐります。ここで御田植祭りのため大鳥居前に設置された、藁縄で作られた龍神の鎌首に水幣を挿すことにより、神社境内の神門へと向かう石畳が、神事における水田と見立てられ、石畳の水田は水を充たされた事になります。
　更に神社本殿での神事や準備の後、午後4時からこの祭りの最大の見所となる〔御田植神事〕が始まりました。　この神事は苗づくり、本田づくり、そして秋の収穫を表す餅まきという1時間を超す、稲作の模擬行事をおこないます。最後まで神事を見ようと思っていたのですが、予約していた帰りの特急電車の発車時刻も迫っていた事もあり、終盤の田植えの神事の途中で帰途に就きました。
　また神事という事で、年甲斐もなく緊張して見学してしまった筆者。しかし祭りは牧歌的な長閑かつユーモラスなもので、神部が唄う御田植歌に合わせ、一緒に唄う一般の見学者もいらしたり、耕作の神事をする神部の皆さんと見学者の方が掛け合いをするなど、微笑ましい祭りでした。ちなみに作家老(…師匠役)にあたる黄色い装束の男性、神事開始寸前に番場通りから呑気に現れたのですが、あれが演出だったのか偶然だったのか気になるところです。
　そして12月3日におこなわれる秩父神社の例大祭(…秩父夜祭)では、藁縄の大蛇が御神幸行列の先頭を進み、豊作をもたらしてくれた神聖な〔お水〕を、武甲山に住む山の神にその水を返しに行く、新穀感謝という意味合いが強い祭りになるそうです。観光客増加を図るため秩父夜祭の土日開催変更など議論された時期もありましたが、季節の移り変わりに合わせた暦や、地域に長年伝わる神話を知ると、そのような事は必要ないと思ってしまいました。
　秩父の歴史と文化伝承の奥深さを思い知った今回の祭り見学。次回、秩父夜祭を見るときは、様々な見たい場所が増えた訳です。今回もとても美しい、秩父の祭りでした。ではここからは今年の御田植祭りの様子をご覧ください。
★秩父神社御田植祭
◆令和7(2025)年、秩父神社御田植祭

　◎4月4日：御田植祭

　　・・・・旧暦が採用されていた時代は毎年2月3日なおこなわれていた

　　❖埼玉県選定無形民俗文化財

★西武鉄道の特急電車001系〔Laview〕

この日の秩父訪問も毎度のように所沢駅から特急電車Laview(ラビュー)を利用。

建築家・妹島和世(1956～)さんがデザイン監修を手掛けた近未来的なこの電車も、平成31(2019)年3月のデビューから早くも7年目を迎えた。この日は春休みという事もあってか、多くの家族連れで車内は賑わっていた。

★入間市付近より見た奥多摩と秩父の山々

毎度の定点撮影ポイントである入間市駅付近より。

写真右手に見えるL字型の山容の山が秩父の霊峰・武甲山(海抜1304メートル)。先週の悪天候が影響してか、東京都の最高峰で日本百名山の一つである雲取山(海抜2017メートル)をはじめ、1500メートル超の山々は再び冠雪していた。

特急電車から見る沿線の景色はすっかり春の様相に。
3月9日の山田の春祭りから4週間、あの時は冠雪していた武甲山も雪解けしていた。山田の春祭りで見た武甲山は下のリンクを参照していただきたい。

★西武秩父駅特急ホームにて両神山を望む

所沢駅出発より1時間、終点の西武秩父駅へ到着。

毎度のように特急電車Laviewと、秩父の霊峰で日本百名山の一つ両神山(海抜1723メートル)をセットに撮影。両神山も鋸の刃のような山頂付近が冠雪していた。

西武秩父駅付近の桜も満開に近い状態になっていた。
★東京大学秩父演習林日野田事務所(大正11年築)

西武秩父駅到着後は、上町の市立図書館へ移動。その道すがらに久々に見たのが大正末に建てられたこの木造洋館。

大正11(1922)年に建てられたもので、設計は東京帝大の営繕課が担当。施工は当時秩父一の棟梁と謳われた丸岡治助率いる丸岡工務店が担当。

丸岡はこの当時、三峯神社内に建つ秩父宮殿下三峯山御登山記念館(秩父宮台臨記念館、設計：関根要太郎＋蔵田周忠、昭和6年築)、秩父川瀬祭りの宮側町、東町の山車の施工を手掛けている。詳しくは下のリンクを参照していただきたい。

秩父市立図書館は実に10数年ぶりに訪問。郷土資料室にて秩父郡大滝村関連の資料を簡単ながら閲覧してきた。
市立図書館を出てすぐにある上町・秩父往還沿いの石材店。実はここ12月の秩父夜祭りの時には、上町屋台の出発点となる場所だ。秩父夜祭見物に際しては毎度ここへ訪れている筆者である。

祭り開始の午後1時に近づいたこともあり、急ぎ足で秩父神社へ向かう。
秩父神社へ到着。大鳥居の前にはこの日の神事に合わせ、藁で作られた龍神が飾られていた。

神社本殿では祭事が既に始まっていた。祭事が長くなってきたので、少し失礼して本殿を一周。

秩父神社での祭事開始から1時間、関係者一行は次の目的地である中町の今宮神社へ向けて出発した。

12月の秩父夜祭(秩父神社例大祭)や7月の川瀬祭りでお馴染みの本町交差点にて。

両祭りでは車両通行止めになるが、御田植祭りは信号が緑に変わるのを待つ。

再び本町交差点から。遥か遠くには建築家・関根要太郎(1889～1959)の実家である秩父館(現ほっとすぽっと秩父館、明治12年築)の姿も見える。

★秩父往還(大通り)本町付近にて

今から10年前に道路拡張工事がおこなわれ、古い風情ある建物が多く姿を消したこの界隈。しかし御田植祭りのような歴史ある行列は昔のまま。

坂下に見えるは今宮神社境内に育つ欅の大木。
秩父往還から右折し坂を下り今宮神社へ。★今宮神社

そして一行は約10分かけて今宮神社に到着。

近年では秩父でも有数のパワースポットとして人気のこの神社で、約1時間にわたる神事をおこなう。

坂上に見える独特なフォルムの山は二子山(海抜：882メートル)。筆者がこの十数年に渡り、通勤電車の中で武甲山と共に遥拝している山である。

境内にはとても分かりやすい有難い解説も。

★今宮神社・龍神木

今宮神社を代表するパワーポイントの一つ。少なくて樹齢は600年、古ければ樹齢1000年を迎える老木。昭和19(1944)年に埼玉県の天然記念物に指定されている。

★今宮神社・清龍の滝

かつては武甲山の伏流水が豊富に湧き出たというが、一時はその水が枯れてしまったという。しかし今から20年ほど前に有志により水の復旧工事がおこなわれ、滝の水が復旧したという。武甲山の石灰岩が影響しているのか、どちらかと言えば硬水だと思う。

1時間の神事を終え、午後3時過ぎ一行は再び秩父神社へ。今宮神社での約1時間にわたる神事ののち、午後3時に今宮神社を出発。祭りの山車とは違って結構なハイペースで、追いかけるのに精一杯の筆者であった。
行きは秩父往還(大通り)で今宮神社へ向かった一行だが、帰りは東町通り、番場通りを経て秩父神社へ戻った。
秩父神社に到着。藁縄で作られた大蛇の鎌首の下に水幣を差立てる事により、神社参道の石畳を見立てた水田は水に満ちた状態になる。暫くの時間を置いておこなわれる御田植神事を待つ。
★御田植神事

約40分の準備時間を経て、午後4時から御田植神事が始まる。

十数人の保存会メンバーにより苗代づくり、本田つくりのお供えの神事がおこなわれる。神社参道の敷石を田んぼに見立てるというユニークなもの。神事の開始に際し保存会のメンバーは武甲山に一礼。

長い竹を馬に見立て、田の代掻きを再現しているという。これは種籾まきを再現したもの。途中に石畳に撒かれた藁は、肥料とのこと。午後5時を過ぎ神事はまだおこなわれていたが、予約していた帰りの特急電車の時間も迫っていた事もあり、秩父神社を後にした。

特急電車の発車時間前に何とか西武秩父駅に到着。

帰りも特急電車で帰宅。春訪れを実感したこの日の小旅行だった。

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★参考文献・参考資料

「秩父夜祭」薗田稔氏監修、さきたま出版会、平成17年

「秩父神社ホームページ」

「秩父屋台囃子　Facebook」

「秩父神社御田植祭りについて、関係者から配布されたチラシ」ほか

★撮影・・・・2025年4月4日