函館市豊川町の旧十二銀行函館支店(函館懐かしの建築)

◆旧十二銀行函館支店

　・・・・大正15年築、皇室関連の建築を数多く手掛けた木子幸三郎の設計作品

　

　物凄いスピードで街の新陳代謝が進む、首都・東京。そしてここ2ヶ月ほど、近代建築好きの方々が発信されるSNSで多く取り上げられているのが、東京麹町(千代田区)三番町に建つ駐日ローマ法王庁がこの近くの四番町に移転し、昭和9(1934)年に建てられた法王庁の大使館として使われた洋館が、解体されるのではないかという話題である。なおその敷地には、マンションの建設が予定されているという。

　麹町の番町に建つローマ法王庁の洋館、もとは味の素の創業者の弟で鈴木商店(…戦後に味の素と改称)や、昭和電工の代表取締役社長を務めた実業家・鈴木忠治(1875～1950)の自邸として建てられたもの。筆者も門前からしか見たことがないが、シックでとても美しい洋館である。

　色々な事情があるのだろうが、カトリックの総本山であるバチカン市国が管轄する建物なので、長らく屋敷や敷地は安泰だと思っていたので、この知らせは本当に驚いた。

　このローマ法王庁の洋館の設計を手掛けたのは、東京出身の木子幸三郎(…きごこうざぶろう、1874～1941)という建築家。木子家は代々に渡り京都の宮大工を務める由緒正しい家系で、父の木子清敬(…きごきよよし、1845～1907)は明治初期に皇室関連の建築や、京都平安神宮(明治28年築、共同設計：伊東忠太)の設計及び造営に携わる。幸三郎は明治34(1901)年に東京帝国大学工科大学建築学科を卒業後、住友家の臨時建築部に入所し、野口孫市、日高胖のもと本格的な西洋建築を手掛けるようになった。

　また明治37(1904)年からは宮内省の技師となり、明治建築界の大家である片山東熊(1854～1917)の下、赤坂離宮(…現迎賓館、明治42年築)の造営に携わるほか、宮内省匠寮の技師として多くの皇室関連の建築設計を手掛ける。

　そして大正11(1922)年には宮内省を退職。東京に自身の建築事務所を開設し、オフィスビル、銀行、邸宅、寺院など多くの建築設計を手掛けた。独立後、木子幸三郎が手掛けた仕事の一つが、麹町の旧鈴木忠治邸(…のちのローマ法王庁)だった訳である。

　ちなみに木子は鈴木忠治の兄・鈴木三郎助の邸宅(港区高輪、昭和7年築)の設計も手掛けた。例の如く内部は見たことはないが、和風とモダンが融合した美しい邸宅だったという。しかしその屋敷も今から10数年前に解体され、跡地には味の素の研修センターが建てられた。現在は美しい外塀のみが残されている。

　この他に木子幸三郎作品というと、神奈川県箱根町の富士屋ホテルの大食堂(昭和5年築)がある。洗練されたジャポニズムと言いたくなるような美しい作品だ。富士屋ホテルの大食堂が間違いなく木子の代表作だろう。

　明治から昭和初期にかけて皇室関連、民間の建築設計を多く手掛けてきた建築家・木子幸三郎。そのエリート建築家の作品が函館にもあった。それが豊川町の旧十二銀行函館支店、戦中から昭和50(1975)年頃までは同銀行の後身にあたる北陸銀行の支店、昭和53(1978)年から平成15(2003)年までは函館信用金庫の本店として使われていた。その後は十数年に渡り空き家の状態が続き、令和元(2019)年の暮れに解体されている。解体から5年余りが経過したが、現在跡地は新しい建物が作られる訳でもなく、空き地の状態が続いているようだ。

　函館市豊川町にあった旧十二銀行の支店は、大正15(1926)年の竣工。

　十二銀行は富山に本店を置く銀行で、函館は江戸期に全盛を極めた北前船の影響もあってか、北陸や越前から移り住んだ人が多い事もあり、富山に本店を置く銀行が出店してきた想像される。函館支店の開設は大正6(1917)年の事だという。ちなみに十二銀行は北海道内では函館以外では、明治期に小樽と札幌に支店を開設させていた。

　なお木子幸三郎はこの頃、十二銀行の支店設計を幾つか手掛けていたという。特に小樽に現存する同銀行の支店(…所在地：小樽市稲穂町、現在は栗原恒次郎商店という水産加工業者の店舗として使われる)は、函館にあった旧支店を小型にしたような同系列のデザインで、木子のセンスの良さが伺える出来栄えになっている。大正期に大流行したセセッションのスタイルを細部装飾に散りばめながら、とても品よく仕上げているのも、百戦錬磨のベテラン建築家だからこそ出来た技ではないだろうか。

　そして函館豊川町にあった旧十二銀行支店、昭和9(1934)年3月21日に起きた函館大火では、焼失地域に建っていたにもかかわらず、当日の猛火を勝ち抜いた貴重な建物でもある。

　この建物は大正10(1921)年4月に起きた大火を教訓に、末広町の旧第一銀行函館支店(設計：西村好時＋八木憲一、大正10年築)、旧百十三銀行本店(設計：関根要太郎＋蔵田周忠、大正15年築)と同様、防雪兼防火シャッターを採用。それが功を奏し建物内の類焼を免れた訳である。

　一見した分には派手さはないが、外観も内装もじっくりと造られてたであろう旧十二銀行の函館支店。木子幸三郎という輝かしい経歴を持つベテラン建築家の設計作品という事が、認知されぬまま解体されてしまったのがとても悔やまれる。函館と北陸の密接な繋がり、昭和9年函館大火の猛火に勝った完全防火建築ということを、解体から5年ちかくの年数が経ったが多くの人に知って頂きたい函館にあった歴史的建造物である。

　そして冷たい風が吹く昨日の午後、地下鉄に乗って旧鈴木忠治邸(…駐日ローマ法王庁)を10数年振りに見に行った。周辺の大部分の施設は解体されていたが、昭和9年に建てられた木子幸三郎の設計による旧鈴木忠治邸部分は、昨日の段階ではほぼ残されていた。

　このような歴史的建造物は残ってこそ、建物に纏わる多くのストーリーをはじめ多くの事を語ることが出来る。木子幸三郎の設計による邸宅、是非とも後世に遺して頂きたいものである。

◆旧十二銀行函館支店(旧北陸銀行函館支店～旧函館信用金庫本店)

　◎設計：木子幸三郎

　◎施工：不詳

　◎竣工：大正15(1926)年

　◎解体：令和元(2019)年

　◎構造：鉄筋コンクリート造３階建て、地下1階

　◎旧所在地：函館市豊川町15-20

★「函館市の火災報告」関根要太郎著

昭和9(1934)年3月21日に発生した函館大火の鎮火直後、関根要太郎は函館へ駆けつけ火災状況の調査をおこない、翌月に自身が在籍していた日本建築士会の機関紙〔日本建築士〕に発表した。その中では猛火のなかほぼ無被害だった十二銀行函館支店についても紹介されている。

なお昭和9年函館大火後の関根の活動については、以前作成した下の記事を参照していただきたい。

❖図版・・・・「日本建築士」昭和9年4月号

ここからはフィルムカメラで撮影した函館信用金庫時代、函信撤退間もなくの姿。昭和9(1934)年大火の復興事業で設けられたグリーンベルト(防火林)とも絵になっていた。

★旧十二銀行函館支店の細部装飾

細部装飾はこの時代の建物らしく、セセッション風のデザインで纏められている。とても上品な仕上がりになっているのは、設計者である木子幸三郎のセンスの良さだろう。

ちなみに同時期に木子幸三郎の設計により建てられた十二銀行の支店が小樽に現存し、今は水産加工業者の事務所として使用されている。詳しくは下のリンクを参照していただきたい。

★旧鈴木忠治邸、旧駐日ローマ法王庁　　(設計：木子幸三郎、東京千代田区、昭和9年築)
昭和9(1934)年に建てられた鈴木忠治の邸宅。この記事を様精している最中の令和7(2025)年3月7日に撮影したもの。鉄筋コンクリート造のかなり大規模な邸宅作品。駐日ローマ法王庁時代の付属施設は解体されていたが、旧鈴木邸の洋館部分はこの段階でほぼ残されていた。この後の動向が気になるところだ。

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★参考文献・参考資料

「ある工匠家の記録」木子清忠氏著、岩波ブックセンター、昭和63年

「日本の洋館　第5巻　昭和篇Ⅰ」藤森照信氏著、平成15年

「函館の建築探訪」角幸博氏監修、北海道新聞社、平成9年

「函館市史　通説編　第三巻」函館市史編さん室、函館市、平成9年

「北陸銀行ホームページ」

「ウィキペディア・鈴木忠治」ほか

★撮影…2001年、2004年、2007年、2009年、2016年、2025年