埼玉県川越市の旧山吉デパート(昭和モダン建築再見2025) : 関根要太郎研究室＠はこだて

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大正・昭和初期に函館をはじめ国内で活躍した建築家の関根要太郎(1889～1959)、山中節治(1895～1952)、山中眞三郎(1897～1977)兄弟の設計作品、函館の歴史的建造物や風景、関根・山中兄弟の故郷である秩父の祭や風景、明治・大正・昭和に建てられたモダンな近代建築などを紹介します。
by ヨウタロウ研究員

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埼玉県川越市の旧山吉デパート(昭和モダン建築再見2025)

◆旧山吉デパート

　・・・・昭和11年築、蔵の町に建つステンドグラスの美しい旧デパート建築

　昨年春に旧八十五銀行本店(設計：保岡勝也、大正7年築)を再生した、〔りそなコエドテラス〕のオープン以来、頻繁に訪れているのが埼玉県の川越市である。

　昨年のスケジュール帳を見返してみると、建築家・関根要太郎(1889～1959)の故郷である埼玉県秩父市と同様にかなりの回数訪れていた。コロナウイルスが蔓延しはじめた令和2(2020)年以降、自身が暮らす地域から近隣にある、埼玉の2つの町への思い入れが更に深まった筆者である。

　そして2月第2週目の週末の日没後、今年2回目の川越散策をおこなった。この日最大の目的は、川越城本丸御殿で紀元節(建国記念の日)までおこなわれているライトアップを見るためだったが、大通りを吹き抜ける強烈な寒風に負け、川越城行きを断念。毎度お馴染みの蔵の町通り(一番街商店街)を軽く散策して、帰途に就くことにした。旧市街地は建物が密集していることもあってか、ほんの僅かながら寒さを感じずに歩くことが出来た。

　近年はZ世代の若者を中心に日中はとても賑わっている、小江戸川越の蔵の町通り。しかし若者向けの観光ショップやスイーツの店、焼き鳥屋などの飲食店が閉店する夕方を過ぎると、店前の大行列や歩道の混雑がまるで嘘のように静まり返るのだ。

　しかしながら蔵の町通りは、先に紹介した旧八十五銀行本店(現りそなコエドテラス)や時の鐘など、幾つかの歴史的建造物のライトアップがおこなわれ、とても幻想的な雰囲気を味わえるのである。筆者も夜の川越散歩は3年ぶりだったが、非常に素敵な時間帯だった。

　そして夜の川越の蔵の町通り(一番街商店街)の中でも、淡く美しいステンドグラスが輝く重厚な洋館がある。それが今回紹介させていただく旧山吉(やまきち)デパートで、昭和11(1936)年に竣工したものである。戦後は埼玉を代表するデパートである丸広百貨店の初代店舗として使われて以降、キャバレーなどとして使用されていたそうだが、筆者が川越の洋風建築探しをはじめた平成はじめの1990年代の後半は、かなり朽ち果てた建物だった。そして今から十数年前に大規模修繕工事がおこなわれ、とても美しい姿に蘇った訳である。

　4本のイオニア式オーダーに石造り建築を模した目地切り、建物中央の少し和のモードも感じさせる浮き彫り模様から、一見すると銀行建築にも見えてくる旧山吉デパート。

　その設計は、東京帝国大学出身で明治半ばから後期にかけて三菱合資会社での勤務経験を持つ、建築家・保岡勝也(1877～1942)が担当している。保岡は先に紹介した旧八十五銀行本店(大正7年築)のほか、近年国の重要文化財にも指定された松江町の旧山崎家別邸(大正14年築)の設計も手掛けた川越と縁の深い建築家である。

　旧八十五銀行本店の竣工年である大正7(1918)年から、旧山吉デパートの竣工年である昭和11(1936)年という年代の隔たりからお察しのように、長きに渡り川越と繋がりのあった建築家・保岡勝也。その始まりは保岡が三菱合資会社を退職し、自身の建築事務所を開設して間もなくに手掛けた、川越貯蓄銀行本店(大正4年築)に始まる。当時の写真を見るとルネサンス調のデザインに、大正期に流行っていたセセッションを加味したもので、この3年後に竣工する旧八十五銀行本店誕生を予感させる作風である。

　その後は、八十五銀行の副頭取も務めた五代目・山崎嘉七の別邸(大正14年築)のほか、八十五銀行の本庄(大正14年築)、松山(…現東松山市、昭和6年築)、小川(…現小川町、昭和4年築)、志木(昭和11年築)の各支店、川越貯蓄銀行の飯能支店(昭和6年築)、川越市幸町の川越貯蓄銀行新本店舗(昭和8年築)と埼玉県内各地に建設された両銀行の店舗設計を担当した。

　このような流れを見ていただくと、保岡と川越商人は、大正以降から昭和になるまで繋がっていた事が、お分かり頂けるのではないだろうか。

　特に幸町にあった２代目の川越貯蓄銀行本店(昭和8年築)は、山吉デパートと同様に古典主義のデザインで彩られた作品で、この15年前に竣工した旧八十五銀行本店の左隣に建設された。鉄筋コンクリート造3階建ての重厚な銀行店舗は、保岡にとっては晩年の大作と言いたくなる作品である。少し話が脱線するがこの銀行の施工は、函館と縁の深い請負師・木田保造(1885～1940)率いる木田組が担当している。

　そしてこの建物のもう一つの見所が、1階に備え付けられた３つのステンドグラスである。玄関上は公園と噴水、玄関両脇の陳列窓は鳳凰がデザインされたステンドグラス、その作者は戦前を代表するステンドグラス作家の一人であった別府七郎(1873～1936)だという。

　別府七郎作品は松江町の旧山崎家別邸(大正14年築)でも見られるが、ボリュームある構成が印象的だ。こちらも改修前はかなり汚れていたが、十数年前の修繕で往年の輝きを取り戻した訳である。

　先にも紹介したが以前は屋上からは草が生え、かなり朽ち果てていた旧山吉デパート。しかし今から十数年前、大規模な修繕工事がおこなわれ、現在のような姿へと蘇った。その修繕設計を手掛けたのは、川越出身の建築家である守山登さん(1971～)。当時30代の若さだった建築家が、歴史ある川越の町並みに新たな命を吹き込んだというのは、同世代である筆者としてはとても胸の熱くなる話である。

　これから春となり、土日祝日になればZ世代の若者を中心に、更に多くの観光客で賑わうであろう小江戸川越。蔵の町通りに入ってすぐに、川越ゆかりの建築家が手掛けたクラシカルなビルが建っているので、こちらにも注目していただきたいものである。そして日没後のステンドグラス鑑賞も、是非お試し頂きたいものだ。