横浜市中区山手町の横浜市イギリス館(昭和モダン邸宅再見2025)

◆旧英国総領事公邸

　・・・・昭和12年築、伝統の中にモダニズムが取り入れられた山手の西洋館

　先週末は平成末の2010年代に撮影した写真を再掲して、函館市元町に建つ旧イギリス領事館(大正2年築、現函館市旧イギリス領事館)を紹介させていただいた。20世紀前半までは世界一の国力を誇り、世界中に植民地を置いていた大英帝国という事もあり、日本国内にも東京の大使館のほか、主要な港町には領事館が開設され、東京の大使館のほか函館、横浜、下関、長崎にこの当時建てられた領事館だった建物が現存している。

　開港直後にイギリス領事館が置かれた横浜。大正12(1923)年9月に発生した関東大震災では、日本大通りにあった領事館のほか諸施設が焼失・倒壊、イギリス領事館関係者にも多くの犠牲者を出した。それから8年後の昭和6(1931)年にはその跡地に新たな領事館が再建される。

　再建された領事館は、震災を教訓に耐震と耐火に強い鉄筋コンクリート造で建てられ、石造り風デザインの重厚なデザインとなった。

　横浜の大桟橋に近く、イギリス、ロシア、アメリカの各領事館をはじめ、神奈川県庁や生糸検査所やなどが置かれ、横浜では古くから主要な地であった日本大通り。実際に横浜の旧イギリス領事館(現横浜開港資料館)を訪れた方ならご存じのように、領事館を置くには若干狭隘な土地に建てられている。そのような経緯もあり山手の丘に建設されたのが、今回紹介している英国総領事公邸だったのではないだろうか。

　英国総領事公邸の竣工は、関東大震災で横浜が壊滅的な打撃を受けてから、14年後の昭和12(1937)年のこと。構造は震災を教訓にしてか、坂下のイギリス領事館と同様に鉄筋コンクリート造である。

　領事の公邸ではあるが、接待や社交の使用目的も考えていたのだろう、1階には大規模な応接室や食堂が取られいるのも特徴の一つである。今回ご覧いただいている写真は、昨年と一昨年のゴールデンウィークと真夏に撮影したものだが、いずれもこのスペースでコンサートや会合が催されていた。

　また関東大震災前は外国人倶楽部や教会、学校、邸宅など華々しい建造物が多く建てられた山手地区。しかし震災後から昭和初めの山手はかつての勢いを取り戻す事は出来なかったようで、大規模な建造物というと山手カトリック教会(設計：J・J・スワガー、昭和9年築)、フェリス女学院やセント・ジョセフ・インターナショナル・スクールなど、僅かしかなかったようである。その中で戦時色が色濃くなった時期に建てられたのが、山手の英国総領事公邸だった訳である。

　例の如く筆者の昔話になってしまうが、この西洋館が定期的に公開されるようになったのは、記憶が正しければ平成14(2002)年のことだと思う。実はこの年、この建物より500メートルほど離れた場所に建つベーリック・ホール(旧ベリック邸、設計：J・H・モーガン、昭和5年築)の一般公開が始まり、そちらに夢中になっていたのである。スパニッシュ・スタイルを主体に、邸内もカラフルに彩られたベーリック・ホールに比べると、とても地味に思えたのが正直な感想である。

　外観は領事の公邸という事もあってか、日本各地に現存する領事館と比較すると控えめなデザイン。瓦屋根や玄関そばのアーチ窓が設けられ、外壁が白塗りという事もあってか、函館の旧イギリス領事館を連想してしまうのは筆者だけだろうか。

　あと写真左手の海側部分は使用人室や厨房として使われていた部分で、バラ園部分から見るとなかなか絵になる構成になっている。逆に玄関の裏側は少し不格好な感じになっている。

　そして館内だが躯体が鉄筋コンクリート造という事もあってか、このすぐ近くに建つ山手111番館(旧ラフィン邸、設計：J・H・モーガン、大正15年築)の館内のような木調の調度品が多く用いられることもなく、全体的には無機質な感じ。しかしトップライトの玄関室や、美しい色合いのタイルが貼られた厨房や使用人室など、とてもモダンな雰囲気が漂う箇所も多く見られる。特に1階厨房は暖色の照明の雰囲気も良く、この西洋館に訪れるたびこのスペースに長居してしまう筆者である。

　また内部調度品はトラディショナルを基調としており、それをモダニズムに融合したという感じなのだろう。大正から昭和初期にかけての日本国内における建築ムーブメントは、イギリスの建築文化は完全に黙殺されていた感が強かったが、山手の英国総領事公邸を見ていると、それが不思議に思える完成度を誇る。

　一見すると地味だが、訪れるたびに味が出てくるのがこの建築作品の面白みである。

　ちなみに冒頭にご覧いただいた写真は、一昨年のゴールデンウィークに撮影したもの。この時期になると港の見える丘公園のバラ園は、様々な品種のバラの花が所狭しと咲き、公園内はとても賑わっていた。一見すると地味目な旧英国総領事公邸も、バラとの対比がとても絵になっていた。今年もスケジュールが合えば、バラと誇り高き英国建築をセットに撮影したいと思った次第である。是非時間をかけて味わっていただきたい、美しい西洋館である。

◆旧英国総領事公邸(横浜市イギリス館)　◎設計：大英工部総署(上海ワーク・オフィス)　◎施工：不詳　◎竣工：昭和12(1937)年　◎構造：鉄筋コンクリート造2階建て、地下1階　◎所在地：横浜市中区山手町115-3　　❖横浜市指定有形文化財
建物裏側は少し不格好なデザイン。

★玄関脇のエンブレム

〔GRⅥ 1937〕は当時のイギリス国王・ジョージ6世(1895～1952、国王在位：1936～1952)と、横浜山手の英国総領事公邸の竣工年数を表す。

ジョージ6世は現イギリス国王のチャールズ(1948～、国王在位：2022～)の祖父、前女王のエリザベス2世(1926～2022、女王在位：1952～2022)の父にあたる。英国王室はこの前年に国王となったエドワード8世(1894～1972)が就任1年弱で退位し、弟にあたるジョージ6世が急遽国王になった。その間もなくに竣工したのが、横浜の公館だったのである。

玄関の風除室はトップライトが設けられている。伝統的な外観から一転、モダニズム箇所も多く見受けられているが、この作品の特徴。玄関扉の装飾は、公館が竣工する30数年前にヨーロッパで一世を風靡したアール・ヌーヴォー調。

この写真を撮影した令和5(2023)年5月は、チャールズ国王の戴冠式直前だったこともあり、このような展示もされていた。マリンタワー真展望台より。

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★参考文献・参考資料

「都市の記憶　横浜の近代建築Ⅱ」横浜市＋横浜市歴史的資産調査会、横浜市歴史的資産調査会、平成8年

「日本大通り、スペシャルサイト」
「横濱今昔写真、ホームページ」ほか

★撮影…2023年5月・８月、2024年5月