デジタルカメラで撮影した少し昔の函館(その8)

◆函館市旧イギリス領事館

　・・・・大正2年竣工、5連のアーチ窓が美しい白亜の洋風建築

　函館をはじめ、横浜、長崎の開港都市、下関など海峡の貿易都市を巡ると、必ずあるのがかつてイギリス領事館として使われていた建物です。

　現在国内には明治中期から昭和初めに建てられた、旧イギリス領事館の建物が４軒現存していますが、どれも風格漂う美しい建物で、特に下関(明治39年築)と長崎(明治40年築)の領事館として使われていた建物は、国の重要文化財に指定されています。

　そして函館の旧イギリス領事館の建物ですが、古くは函館の行政の中心地だった基坂の中腹、函館の象徴的な建物である旧函館区公会堂(明治43年築)や、旧北海道庁函館支庁舎(明治41年築)から見下ろされるような場所に建っています。ちなみに横浜、長崎、下関の旧英国領事館は、海岸線と隣接した場所(…いわゆるバンドと呼ばれるエリア)に建っていますので、函館の旧領事館は取りようによっては、特徴的な事例とも言えるかも知れません。船見町に現存する旧ロシア領事館(設計：ゼール＋デ・ラランデ、明治41年築)と同様、港の動向をチェック出来る場所に建つ領事館建築です。

　安政6(1859)年に初代箱館英国領事である、クリストファー・ホジソン(Christopher Hodgson、1821～1865)が来函し、始まった函館イギリス領事館の歴史。文久3(1863)年には元町の高台に領事館を設置させますが、火災などの影響もあり領事館の場所は転々したといいます。

　また英国は幕末に箱館奉行と基坂の中ほどの土地の賃貸契約を交わし、明治18(1885)年には木造の領事館舎を竣工させました。しかし明治40(1907)年7月の大火で焼失し、新たに建てられたのが現存する旧イギリス領事館の建物だった訳です。

　現在の英国領事館は、明治40年大火から6年後の大正2(1913)年9月に竣工しました。設計は英国工務所の上海工事局が担当したといいます。英国工務所の上海工務局ですが、明治39(1907)年と同40(1908)年に竣工した下関と長崎の2つの領事館の設計も手掛けています。当時、世界一の国力と勢力を誇っていた大英帝国でしたから、上海工務局はアジア地域におけるイギリスの営繕組織という事だったのでしょう。

　構造は煉瓦の外壁に漆喰を塗った準防火建築。寒冷地である事やこの町で度々起きる大火を教訓にしてか、風が強く当たる南側などは窓が小さく取られているのも特徴です。

　但し軒天などは木組みが露出しており、設計を担当したイギリス人技術者は、この町で起こる大火の脅威をそこまで重要視していなかったとも想像できます。また函館英国領事館の竣工より10年後の大正12(1923)年9月、関東大震災が発生したのを機に日本国内に建てられる英国大使館と領事館は、鉄筋コンクリートで建てられることになりました。

　明治後期に建てられた下関、長崎の英国領事館は、赤煉瓦を露出させた繊細な装飾が施された繊細な作り。そして関東大震災後に建てられた東京の英国大使館(昭和5年築)、横浜の英国領事館(昭和6年築)は、鉄筋コンクリート造の構造体に、人造石洗い出し仕上げの外壁を石貼りのように見せ、なおかつ繊細な装飾を施すことにより、大英帝国の誇りを建築にて体現させています。

　それに対し函館の旧英国領事館は、大火や寒冷地という事を考慮したのか、装飾的要素が殆ど見られません。

　その中でこの建物で最大の見所と言えるのが、海側に設けられた5連のアーチ窓です。領事館時代ここはサンルームとして使われていたようで、現在は喫茶室として利用されています。2階にバルコニーが設けられていますが、北国という事もあってか下関、長崎の旧英国領事館のように大きなベランダなどは取られていないからこそ、この5連アーチの美しさは際立つと思います。

　そして気になる館内ですが、戦後はこの向かいにあった市立函館病院の寮として使われていた期間が長かったことも影響しているのでしょうか、竣工時代からそのまま使われている調度品などは殆どないような気がします。また平成4(1992)年の一般公開に際し、建物内は往時をイメージした修繕がおこなわれました。その出来がバブルの時代の少しライトな仕上がりで、大正期竣工の建物でありながら、もう一つの時代を感じてしまうのも、函館市旧イギリス領事館のユニークな点の一つです。

　そして函館のイギリス領事館竣工から8年後、当時函館で活躍した在京の青年建築家が、この斜め向かいにイギリス領事館とどことなく似た建築作品を建築させます。その建築家の名は関根要太郎(1889～1959)。

　関根は実弟である山中節治(1895～1952)と共に函館区立病院外来診療の設計に着手し、大正10(1921)年の早春に建設工事は起工、同年11月に建物は竣工し、大正11(1922)年の5月に施設は正式にオープンさせました。

　関根要太郎＋山中節治兄弟設計による、函館区立病院外来診療棟は赤屋根に白壁の構成。当時関根・山中兄弟はユーゲントシュティールやセセッションなどの派手な建築作品を制作していましたが、イギリス領事館の斜め向かいに建てられた区立函館病院は、旧イギリス領事館にトーンを合わせたようなフラットな外観に仕上げています。大正末から昭和初めにかけて基坂の両脇に建つ白亜の洋館は、函館の美しい街並みを彩っていたのではないかと想像してしまいます。

　長年に渡り船見町の高台に建つ、旧ロシア領事館の謎解きに夢中になっていた筆者。これまで撮った函館の旧イギリス領事館の写真を見ながら、この作品の美しさを再確認した次第です。本日は平成21(2009)年から平成30(2018)年にかけて撮影した写真をご覧ください。

◆函館市旧イギリス領事館(開港記念館)

　◎設計：英国工務所上海工事局

　◎施工：大村合名会社建築部(新庄幸次郎)

　◎竣工：大正2(1913)年9月

　◎改修：平成4(1992)年8月

　◎構造：煉瓦造外壁漆喰塗2階建て

　◎所在地：函館元町33-14

　　❖函館市指定有形文化財

　　❖函館市指定伝統的建造物

バス通りから。この角度から見ると和風の要素を見て取れる。
坂の中腹から海を見下ろす函館旧イギリス領事館。横浜、下関、長崎など国内に現存する他の旧英国領事館は、比較的海に程近い場所に建っているので、函館のように高台に建つというのも珍しい事例ではないかと思う。建物は平成21(2009)年に2度目の大規模修繕がおこなわれ、一時は白壁が眩しい建物となっていた。

◆区立(市立)函館病院外来診療棟〔設計：関根要太郎＋山中節治、大正10年築〕

本文でも紹介した旧イギリス領事館の斜め向かいにあった関根要太郎作品。全体的にはユーゲントシュティールやセセッションを基調としているが、フラットな外壁、玄関のアーチ型の造形など、どことなく旧イギリス領事館にトーンを合わせたようなデザイン。

❖図版・・・・筆者所蔵絵葉書

現在跡地は観光バス専用の駐車エリアとなっている。
こういう角度から見ると、関根要太郎＋山中節治兄弟が設計した函館病院外来診療棟と、旧イギリス領事館が同時に見れた訳である。

函館以外に日本国内に現存する、明治から昭和初期に建てられたイギリス大使館、旧イギリス領事館の写真は筆者の記事のほか、たくあん様が撮影した素敵な写真をご参照していただきたい。

館内の修繕は平成初めだったことも影響してか、その仕上がりはバブルの時代を連想させるもの。

函館市旧イギリス領事館のオープン当初は、カラフルなガイドブックと使い切りインスタント・カメラを手にした、ファッショナブルな若者たちが多くここを訪れたのだろう。

★旧イギリス領事館から日和坂の海員ホームを見る

2階から見える旧日本海員掖済会函館海員宿泊所(昭和3年築)。

旧公会堂や教会群、イギリス領事館などが知られる函館元町エリアだが、その他にも戦前に建てられた美しい洋風建築が多く残る地域でもある。

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★参考文献・参考資料

「函館市イギリス領事館ホームページ」

「総覧　日本の建築　1」日本建築学会編、新建築社、昭和61年

「はこだて歴史散歩」北海道新聞社編、北海道新聞社、昭和57年

「日本の美術　№447・外国人建築家の系譜」堀勇良氏著、至文堂、平成25年

「ウィキペディア」ほか

★撮影・・・・2009年6月、2016年3月、2018年9月