横浜市中区山手町の外交官の家(明治モダン邸宅再見2025)

◆旧内田定槌・陽子邸

　・・・・明治43年築、アメリカ人建築家が設計を手掛けた美しい西洋館

　昨年11月と先週は函館市杉並町に建つ、遺愛女子中学校・高等学校の本館(明治41年築)と、ホワイトハウスの名称で多くの人に親しまれている同校の宣教師館(明治41年築)を、過去に撮影した写真を使って再び紹介させていただいた。共に木造下見板張りのアメリカンスタイルの美しい西洋館で、また函館に行く機会があるなら、ゆっくり時間をかけて撮影したいと思った美しい建築作品である。

　函館の杉並町に建つ美しいミッションスクールの校舎の設計を手掛けたのは、アメリカ人建築家：ジェームズ・マクドナルド・ガーディナー(James McDonald Gardiner、1857～1925)率いるガーディナー建築事務所、宣教師館も決定的な資料は発見されていないものの、状況証拠から考えるとガーディナー建築事務所が設計を担当したと考えられている。

　ちなみに本館の設計がガーディナー建築事務所の設計と判明したのは、平成12(2001)年に学校内から建築関係の書類が発見された事による。

　ネットの情報があまり発達していなかった今から20数年前、文化庁監修の〔月刊　文化財〕という学術誌でその事を知り(…東京新宿の紀伊國屋書店でその書籍を購入)、とても感動した若き日の筆者であった。当時の筆者はJ・М・ガーディナーという名を聞いて、横浜の山手に移築され一般公開が始まって間もなくのこの西洋館を連想したのであった。それがイタリア山庭園に移築された〔外交官の家〕。明治43(1910)年に、明治から大正期に外交官として活躍した、内田定槌(1865～1942)の自邸として建てられたものである。

　筆者と横浜山手の外交官の家との出会いは、今から27年前の平成9(1998)年の年明け、今頃の寒い季節の事だと記憶している。この前年に初めて函館に訪れその美しい街並みに感動。そして筆者の暮らす町から電車で1時間半ほど行ける、もう一つの開港都市・横浜にも関心を抱き、横浜の関内と山手地区を探訪したのである。

　ネットの情報など皆無の時代、新宿紀伊國屋書店で購入した建築ガイドと都市地図を頼りに、横浜の建築巡りを始めた20代の筆者であった。

　今から20数年前、20世紀末の山手地区は現在のように西洋館の一般公開は殆どされておらず、建築ウオッチング初心者にとってはあまり魅力を感じなかったのが正直な感想だ。その中で元町公園の敷地内に移築・一般公開がおこなわれていた、エリスマン邸(設計：A・レーモンド、大正15年築)のスタッフの方に、オープンして間もない外交官の家の存在を教えていただき、山手本通りの尾根道を歩き、この西洋館を初めて訪ねた。この当時は周辺の植栽も植えられたばかりで、外壁に塗られたペンキの匂いが漂っていたのが印象に残っている。

　現在の福岡県北九州市小倉出身であるこの西洋館のかつての主・内田定槌(1865～1942)。明治22(1889)年に東京帝国大学法科大学を卒業し、まもなく外務省試補として同省に入り、それ以降中国の上海と漢城、ニューヨーク、ブラジルの領事や特使として活動。定槌45歳の頃に建てられたのがこの邸宅だった。

　ちなみに内田家は夫を海外で単身赴任させ、妻や家族がこの邸宅で暮らしていたという。横浜移築の際には再現されなかったが、竣工時にはこの建物右側に、木造2階建ての和館が付属していたという。

　アメリカの名門大学であるハーバード大学での在籍後、明治13(1880)年に東京築地の立教学校(…現在の立教大学)の教師として来日したガーディナー。来日後は立教学校の校長を務めるとともに、本格的な建築の習得はしていなかったものの、立教の学校施設をはじめ数々の建築設計を手掛けるようになる。明治26(1893)年には立教学校の校長を辞し、建築活動に専念。更に明治36(1903)年には東京の麹町に自身の建築事務所を開設させ、京都祇園の村井吉兵衛京都別邸(現長楽館、明治42年築)など充実した作品を多く制作していく。

　なおこの頃のガーディナー建築事務所は、青森出身で工手学校(…現工学院大学)卒の建築家・荒木賢治(1880～1948)が、チーフデザイナー的な立場にあったそうで、当時の資料の幾つかには荒木の名が残されているという。

　本日紹介させていただいている旧内田定槌邸、先に紹介した旧村井吉兵衛京都別邸、遺愛女学校の本館などが荒木が関与した作品と推測される。特に同時代に建てられた遺愛の本館と宣教師館、横浜山手に移築された内田定槌邸の外観デザインはとてもよく似ていると思う。

　外観はとても似ているガーディナー建築事務所設計のこの3作品だが、簡素な感じの遺愛の本館や宣教師館に対し、内田定槌邸は19世紀末から20世紀初頭にかけて一大ムーブメントを極めていた、アール・ヌーヴォーの影響が室内調度品に数多く感じられる。そして1階客間、玄関内戸、食堂などに設置されたステンドグラスも、アール・ヌーヴォーの影響が強く感じられる。筆者も不勉強なのだが、ステンドグラスは木内真太郎(1880～1968)という作家が制作したものという事だ。この時代らしい新味が加えられているのも、外交官の家の特徴の一つである。

　今回は新たに撮影した写真を中心に記事を作成するつもりでいたが、昨年(2024年)9月から本年3月まで修繕工事のため長期休館とのこと。そういう事で昨年5月のゴールデンウィークに撮影した写真を今回は掲載させていただいた。

　新緑が眩しい5月あたりにでも、改修工事が完了した外交官の家(旧内田定槌邸)を撮影してみたいと思った筆者である。以前は取って付けたような感の強い外交官の家だったが、移築から28年が経ち周辺環境と馴染んできたと思う。

　山手の西洋館巡りを始めてから27年という歳月がたった筆者。気が付けば当時の倍の年齢になってしまったが、その美しさに魅せられ同じような角度で定点観測の如く撮影を続けているのである。建築家・関根要太郎(1889～1959)の諸作品をはじめ、今回取り上げた山手の外交官の家など、これからも美しい建築作品を撮影し続けたいと思ったのである。

◆旧内田定槌・陽子邸(外交官の家)

　◎設計監督：J・М・ガーディナー(James McDonald Gardiner)

　◎実施設計：荒木賢治

　◎施工：不詳

　◎竣工：明治43(1910)年

　◎移築：平成9(1997)年

　◎構造：木造２階建て

　◎旧所在地：東京都渋谷区南平台

　◎現所在地：横浜市中区山手町16(山手イタリア山庭園内)

　　❖国指定重要文化財(平成9年：1997年指定)

この洋館のかつての主・内田定槌の妻・陽子さんの肖像画も。

2階の眼下にはイタリア山庭園、横浜の中区エリアが一望できる。

2階の１室には内田定槌邸の外交官時代の足跡を紹介する展示も。

スウェーデン公使時代のショット。内田定槌・陽子夫妻と、ストックホルム・オリンピックに参加した金栗四三、三島弥彦の参加選手、選手団の団長・嘉納治五郎や関係者とのショット。明治45年：大正元年(1912)年撮影。

移築後のエントランスには、移築前の旧内田定槌邸に関する展示もされている。

山下町のマリンタワーより。海食崖の上に外交官の家は移築された訳である。

中区北仲通に建つ〔北仲ノット〕の展望台より。横浜スタジアムの後方に外交官の家の塔屋を見ることが出来た。

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★参考文献・参考資料

「新・生き続ける建築、1・ジェームズ・マクドナルド・ガーディナー」松波秀子氏著、Lixil eye、平成20年

「ガーディナー建築事務所のスタッフ、荒木賢治と上林敬吉について」松波秀子氏著、日本建築学会大会学術講演梗概集、平成7年

「横濱新聞　第11号」横浜市・横浜市歴史的資産調査会、平成9年

「日本の美術　№447　外国人建築家の系譜」堀勇良氏著、至文堂、平成15年

「歴史遺産　日本の洋館　第二巻　明治篇Ⅱ」藤森照信氏著、講談社、平成14年

「キュウコン・ステンドグラス：ホームページ」ほか

★撮影・・・・2023年7月・8月、2024年5月