埼玉県秩父市の秩父夜祭2024、その4(建築家・関根要太郎の故郷を訪ねる)

◆秩父夜祭、秩父神社例大祭

　・・・・令和6年初冬、日没前後の秩父夜祭宵宮を見る

　

　今年(令和6年：2024年)12月2日に訪れた、秩父夜祭(秩父神社例大祭)の宵宮。訪問直後の12月最初の週末から始めさせていただいた探訪記も、今回が最終回となります。

　今までは訪れて雰囲気だけを味わっていた感の強い秩父夜祭探訪でしたが、今年は祭りに出る全ての山車を撮影する事をテーマに、徒歩と一部はタクシーを使って秩父市内を巡りました。昼前に秩父に到着して、午後7時過ぎの特急電車で秩父を発ったにも関わらず、とても充実した日帰り旅行となりました。

　第1回目と2回目は秩父神社とその周辺で撮影した上町(かみまち)、中町(なかまち)、宮地(みやじ)の屋台、第3回目はタクシーに乗り撮影した下郷(したごう)、中近(なかちか)の笠鉾を紹介しました。そして中近笠鉾の収蔵庫がある中村町から、河岸段丘の坂道を幾つか上り、秩父神社そばの本町交差点に戻ってきました。午後3時半を過ぎ日が傾きつつある秩父往還(大通り)を、大滝方面へ今回まだ撮影していないもう一つの山車と、昼に見た2つの山車を撮影するため向かったのであります。

　そして間もなく到着したのが、本町(もとまち)屋台の会所。本町と言えば古くから秩父の商業の中心地として栄えた場所ですが、近年の道路拡張事業に伴い、大通り沿いの往時を物語る風情溢れる建物の多くが解体され、古建築好きの私としては面白みの場所になってしまいました。

　ですが祭りの山車は豪華絢爛で、この町がいかに商いで繁盛していたかが伺えます。ちなみに本町は7月におこなわれる川瀬祭りでも、昭和10(1935)年に建造された小振りながらも豪華な屋台（山車)を曳行させています。

　そして本町屋台の撮影後、そこから僅か数十メートルの場所に停泊している中町屋台を再び見学した後、秩父往還(大通り)を左折し向かったのは、番場町(ばんばまち)にある諏訪神社でした。周辺は駐車場になっており、秩父地方の霊峰である武甲山を手を取るように望める場所に鎮座する小さなお社で、地元の方からは〔お諏訪さま〕と呼ばれているそうです。しかし12月におこなわれる秩父神社の例大祭(夜祭)では、重要なポジションにあるお社でもあります。

　以前に秩父の夜祭は、秩父神社に祀られている妙見菩薩(女神さま)と、武甲山に住むという龍神(男神さま)が年一回の逢瀬を楽しむという伝説に基づき、祭りがおこなわれていると紹介しました。しかし番場町のお諏訪様は、秩父神社に妙見様が合祀される前から同地にお社がある事から、龍神の正妻ではないかと言われているそうです。

　そのような事でお諏訪様が気分を損ねないよう、宵宮(12月2日)の日没後に〔諏訪渡り〕という神事がおこなわれるそうです。豪華絢爛な山車や花火に注目が集まる秩父夜祭ですが、様々なストーリーを持った興味深い祭りでもあります。

　ちなみに妙見菩薩と龍神、そしてお諏訪様に纏わる話を初めて聞いたのは、今から20年前の秩父夜祭のことでした。この時は大学時代の友人夫妻と二人の長男、更に奥様のお友達という大人数で、建築家・関根要太郎(1889～1959)のお母さまの実家にあたる秩父館(現ほっとすぽっと秩父館、明治12年築)に伺いました。まだ秩父館が観光施設としてリニューアルされる前の話です。そこで祭りについてレクチャーしていただいたのが、秩父館の女主人・Eさんの長姉で、秩父の歴史としきたりにお詳しいMさん(…故人)でした。今回祭りに関する記事を作成しながら、当時伺った話を僅かですが思い出したこの一ヶ月でした。

　今年の秩父夜祭は月曜と火曜の開催でしたが、市の発表によると宵宮と本祭の2日合わせて25万7000人(…本祭は22万7000人)の見物客が訪れたそうです。ちなみに土曜と日曜の開催だった昨年(令和5年：2023年)の観衆の数が、2日合わせて36万8000人(…本祭は29万3千人)の動員でしたので、昨年と比較して約７割の人出でしたが、曜日を考えれば善戦したのではないかと思います。

　ちなみに小江戸川越と呼ばれる埼玉県川越市の川越まつり(川越氷川祭)の人出は、今年は宵山・本祭合わせて73万人(…本祭は40万人)だったと言います。

　その川越まつりですが、以前は川越氷川神社の例大祭(10月14日・15日)に合わせて開催されていましたが、観光重視の路線へ方向転換。平成9(1997)年からは10月の第3土曜日と日曜日の開催へと変更されました。これにより近年では2日間で100万人の観客が動員される可能性もある大イベントとなっています。対する秩父夜祭は、神社の暦に基づく神事に合わせておこなわれている訳で、このまま伝統を重視すべきだと私は考えます。しかし秩父に関しては観光客増加のため、もっと多くの梃入れが必要ではないかと、今年の宵宮を訪れて思ってしまいました。

　そしてこれは長年に渡って思う事ですが、秩父観光協会が発行していると思われる、駅前などで配布されるパンフレットや、秩父夜祭の発信源となる秩父まつり会館のサイトの当日情報が希薄かつ分かりずらいもので、初めて秩父夜祭に訪れた人は完全に迷ってしまうのではないかと思います。

　逆に川越まつりのサイトはスマートフォンにダウンロード出来る優れもので、今年の秋はスマホ片手に川越の町を楽しく祭り見物をすることが出来ました。伝統の中にも新たなものを融合させて欲しいというのが、秩父を愛する者の願いです。

　また近い将来、秩父夜祭の様子を当ブログで例の如くマニアックな内容で紹介したいと考えております。近年、秩父地方の祭りについて多大な興味を抱いている筆者、来年も何かしらの祭りに訪問したいと考えております。そのような事で最後は話が脱線してしまいましたが、ここからは夕方から日没後に見た秩父夜祭宵宮の様子をご覧ください。

　

◆秩父夜祭宵宮2024・その4

◆令和6(2024)年秩父夜祭

　◎12月1日：御本殿清浄の儀、例大祭奉行祈願祭

　◎12月2日：宵宮(よいみや)、諏訪渡ほか

　◎12月3日：例大祭(本祭：ほんまつり)、御神幸祭ほか

　◎12月4日：蚕糸祭

　◎12月5日：産業発展交通安全祈願祭

　◎12月6日：新穀奉献感謝祭、例大祭完遂奉告祭

　　❖国指定重要有形民俗文化財(昭和37年：1962年指定)

　　❖国指定重要無形民俗文化財(昭和54年：1979年指定)

　　❖ユネスコ無形文化遺産(平成28年：2016年12月登録)

★秩父往還本町付近

前回紹介した写真だが、中近笠鉾収蔵庫から秩父往還(大通り：県道73号線)へ戻った後は、秩父往還の南側にあたる中町・上町方面へ。本町のこの界隈も以前は〔読書クラブ：原宿表参道の店舗などでお馴染みの、キディランドの創業者・橋立孝一郎が東京進出前に開店した書店〕などの歴史あるレトロなビルや商家が多く建っていたが、道路拡張に伴いその多くが解体されてしまった。

遠くに見えるのは本町と中町の屋台。更に後方に写るのは海抜1500メートル前後の奥秩父と奥多摩の山々。

★本町屋台(もとまちやたい)

かつて秩父大宮郷(…大正5年まで秩父郡大宮町を名乗っていたが、この年から秩父町へと変更)の中心地だった本町。そのような事もあり長年に渡り豪華絢爛な山車を維持・管理してきた。そして細部の繊細な装飾、唐破風の勾欄など見所満載の山車である。下郷の笠鉾と同様に重厚な感じがする山車の屋根だ。

また後幕は商人の町らしく、宝船を刺繍しその中央には達磨がデザインされている。そのような事から町の半纏の背中には〔達磨〕の文字がプリントされ、町のガードレールや街路灯には達磨がエンブレムとして使われている。なお７月の川瀬祭りにも、本町は豪華絢爛な屋台(山車)を曳行させる。

★本町会所前に掲示されていた本町屋台に関する解説
本町屋台の会所前にはこのような親切な解説版も。秩父のソウルフードと言えば〔みそポテト〕。本町の山車を見ながら食した。
インバウンドの団体客にも好評の本町屋台。屋台は日没に向けて行燈が取り付けられていた。

★夜の準備へ入る中町屋台

中町屋台も毎年恒例の停泊所であるベスト電器前に置かれ、夜に向けて行燈の取り付け行われるところだった。

★中町屋台が停泊しているベスト電器前より秩父神社方面を見る

中町屋台が停泊してある場所から本町方面を振り返る。実は本町と中町の屋台は至近距離に置かれているのである。奥に見える森は秩父神社・柞の杜(ははそのもり)。

★番場町のお諏訪様

秩父神社の表参道である番場通りと秩父往還の中間、番場町14番地にある諏訪神社。

12月3日の日没後に秩父神社に祀られている妙見菩薩(女神)と、武甲山に住む龍神(男神)が熊木町の〔御旅所〕で逢引するという伝説がある。ちなみに龍神には正妻がいるそうで、それが諏訪神社に祀られている八坂刀売命(やさかとめのみこと：お諏訪様)である。

そして本祭の前日にあたる2日の日没後に、お諏訪様の気分を損ねないように〔諏訪渡り〕という奉納行事をおこなう。また本祭当日にはお諏訪様の観音扉が閉じられ、近隣を曳行する山車は笛や太鼓をいったん止め、お諏訪様の気分を害さないようにするという徹底ぶりだ。

★お諏訪様付近より秩父神社の大銀杏を見る

お諏訪様を後にし秩父往還方面へと戻る。振り返ると昭和初期に建てられた洋館(…歯科医院)の右奥には秩父神社の大銀杏が見えた。ちなみにお諏訪様は写真右側から数十メートル離れた場所にある。本妻のお諏訪様と、妾である妙見菩薩がこんな至近距離にいるとは大胆すぎる話だ。

★聖人通りから二子山を見る

上町交差点から東に延びる〔聖人通り〕。こちらも夜祭に合わせたのか写真左側にあたる道路のセットバックがおこなわれ、かなり雰囲気が変わった。後方に見えるのは海抜882メートルの横瀬町の二子山。独特な山容の低山であるが、筆者は通勤電車の中で武甲山と共に二子山を見ながら季節の移ろいを感じているのであった。

奥に見える紅葉した森は、秩父市民の憩いの場として知られる羊山公園。

秩父往還を大滝方面へ南下。矢尾百貨店を過ぎたあたりで、午後4時を過ぎ奥秩父の山々に雲がかかったせいか、山から冷たい風が吹いてきた。12月という事を感じた瞬間である。

上町に入ると秩父往還沿いに建つ〔松本教室〕。昭和4(1929)年に建てられた旅館を学習塾としてリノベーションしたものである。

今年の例大祭の屋台芝居(歌舞伎)は上町が当番で、町内にはこのようなのぼり旗が多く掲げられていた。

★夜の準備に入る上町屋台

秩父往還の南側(…いちばん山側)に会所を置く上町。夜に向けての準備が着々とおこなわれていた。武甲山とも絵になる。

上町を代表する歴史的建造物の一つ〔松本三階〕。明治初期に建てられたという旧商家。昨年は1階で上町屋台で以前使われていた後幕を展示していたが、今年は木戸が閉められた状態になっていた。

★矢尾百貨店

歩き疲れた事もあり、上町の矢尾百貨店で買い物を兼ねて小休止。

矢尾百貨店は酒造業をルーツとし、明治期初期には秩父織(太織)の買継業を開始した。更に昭和40年代にはデパート経営に乗り出したという。戦後まもなくは下の写真のような店舗構成だったという。

日没後の本町屋台★秩父夜祭絹市
かつて生糸取引や銘仙業で全盛を極めた秩父。その絹市を秩父神社そばの買継商通りや黒門通り(…通りの名の通り、その昔ここが絹取引がおこなわれた)にたおこなわれる、現代版の絹市。厳密にいえば神社の祭事ではないが、秩父の歴史を語ることが出来る良い企画ではないだろうか。この日は秩父銘仙や地元名産品、骨董品などが販売されていた。

★夜の秩父館

秩父神社を経由し再び秩父館へ。今年は7時台まで粘った甲斐もあって、秩父館前にて本町屋台の〔ぎり回し〕を見ることが出来た。今年の宵宮は月曜日という事もあり、例年に比べ少ない人出だったそうだが、夜間になるとかなりの見物客で賑わってきた。

秩父館前で本町屋台は、ぎり回しをおこなった。上町屋台も幻想的。本祭とは違い混雑を気にせず、気軽に撮影できるのが宵宮の魅力である。中町屋台もベスト電器前の停泊所より出発。日没後の秩父神社神門と大銀杏。
そういう事で西武秩父駅へ帰還。
西武秩父駅19時24分発の特急電車で帰途に就いた。

本日をもって全4回に渡る秩父夜祭(秩父神社例大祭)の探訪記を終了させていただきます。皆さま気長にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。

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★参考文献・参考資料

「秩父夜祭」薗田稔氏監修、さきたま出版会編、平成17年

「秩父夜祭の基礎知識、ホームページ」

「秩父神社、ホームページ」

「川越祭りホームページ」

「関根要太郎の姪で秩父館に住まわれていたMさん・Eさん姉妹による秩父の昔話」平成17年～令和元年ほか

★撮影・・・・2024年12月2日