埼玉県秩父市の秩父夜祭2024、その1(建築家・関根要太郎の故郷を訪ねる)

◆秩父夜祭、秩父神社例大祭

　・・・・令和6年初冬、秩父夜祭の宵宮を見る

　年を追うごとに進んでいる感の強い地球温暖化。今年の関東地方も秋と言える気候の期間が僅かで、冬に突入してしまったような気がします。暦の上では冬に入ったはずの12月2日、職場からお休みを頂いて埼玉県秩父市でおこなわれる、秩父夜祭の宵宮(よいみや)に行って参りました。秩父は建築家・関根要太郎(1889～1959)の生まれ故郷の町であり、今年も初詣、花見、祭り見物など幾度となく秩父を訪ねました。ちなみに秩父夜祭を見るのは、昨年の宵宮訪問に引き続き2年連続となります。

　秩父夜祭は秩父地方の総鎮守である秩父神社の例大祭で、京都の祇園祭、飛騨高山の高山祭と共に、日本三大曳山祭りと謳われる2日と3日の曳山行事が全国的に知られていますが、神社の神事は12月1日の御本殿清浄の儀、例大祭奉行祈願祭から始まり、６日の新穀奉献感謝祭、例大祭完遂奉告祭までの6日間続きます。

　4日の蚕糸祭(…秩父地方は古くから養蚕、繊維業が盛んだった)、6日の新穀奉献感謝祭という行事から見ても、一年の収穫の無事を報告する意味合いが強いと思います。

　一般的に秩父夜祭と呼ばれる秩父神社の例大祭最大の行事と言えるのが、3日の本祭(ほんまつり)でしょう。この日は秩父神社の妙見菩薩(女神)と秩父の霊峰・武甲山に住むという龍神(男神)が、秩父市熊木町にある御旅所で逢引するという言い伝えがあり、3日の日没後に御旅所へ向けて秩父神社からご御幸行列を先頭に、6つの町内の屋台・笠鉾と呼ばれる山車が向かい、祭りはクライマックスを迎えます。文献によるとこのような形態の祭りになったのは江戸初期からだそうで、少なくても300年の歴史があると言います。

　その中でも筆者が長年に渡り惹かれているのが、祭りで巡行される6つの山車です。毎年７月19日と20日におこなわれる秩父川瀬祭りにも山車を出す、秩父往還沿いの上町(かみまち)、中町(なかまち)、本町(もとまち)、秩父神社の北側にあたる宮地(みやじ)地区は屋台、秩父往還から坂を下った場所に位置する下郷(したごう)地区、中近(なかちか)地区は笠鉾で祭りに参加します。

　なお下郷と中近の笠鉾は花飾りを施した約15メートルの高さで巡行していましたが、明治末に電線が敷設され通行できなくなったため、現在では花飾りを取った状態で曳行されています。

　またこの祭りで使われる屋台・笠鉾は、文献上の記録では正確な年は分からないと言いますが、かなりの歴史を持つもので、その時代ごとに改良や修繕がおこなわれ、現在に至っているとの事です。またその美しさと文化的価値から、昭和37(1962)年に屋台と笠鉾が国の重要有形民俗文化財に指定され、平成28(2016)年には京都祇園祭、飛騨高山祭、八戸三社大祭、川越氷川祭、博多祇園山笠などと共に、〔日本の山鉾、屋台行事〕の一つとしてユネスコ無形文化遺産に登録されました。

　そのように美しく雄大な秩父夜祭の山車の数々。コロナウイルスの蔓延により山車の曳行が中止された令和3(2021)年を除くと、ここ10数年ほど宵宮にしか訪れておらず、撮影できた山車は上町、中町、本町だけでした。

　実は2日の宵宮は坂下に山車の収蔵庫を置く、下郷と中近地区はこの日は山車の曳行を行わず、秩父市街地の北側にあたる宮地地区の屋台は昼前に秩父神社に到着しますが、2時間ほどの滞在で収蔵庫に帰ってしまうため、今までは昼過ぎの遅い時間に秩父に到着していた事もあり、これら3基の山車を見れませんでした。

　今年の川瀬祭りと同様、すべての山車撮影を目標とした今年の秩父夜祭の宵宮訪問。今回は秩父市公式サイトの〔秩父観光なび〕に掲載された、山車の巡行予定表(…鉄道の時刻表：ダイヤグラムを彷彿とさせるマニアックなもの)を参考に、見学ルートをあらかじめ計画。更に坂下の収蔵庫で明日の出番を待つ下郷と中近の屋台へは、タクシーを使い訪問し、すべての山車の撮影に成功。今回は楽しい出会いもあり、充実した小旅行になった一日でした。

　そういう事で先日の秩父訪問で撮影した写真は相当量になった事もあり、本日から数回に分けて秩父夜祭の宵宮の写真をご覧いただきたいと思います。

　ちなみに冒頭の写真は宮地屋台と、建築家・関根要太郎(1889～1959)のお母さまの実家にあたる、秩父市宮側町にあるかつての旅籠・秩父館(…現ほっとすぽっと秩父館、明治12年築)です。この写真を撮影しながら、少年時代の要太郎も秩父館の店先から祭りを見物していたのでしょうか、はたまた山車の引手をしていたのかと、色々と想像を巡らしてしまった筆者であります。

　

　初冬なのに秋真っ盛りといった風情だった今年の秩父夜祭。これからは秩父神社の黄色く色づいた大銀杏が、祭りの代名詞となるかも知れません。初冬の柔らかな日差しに照らされた祭りの屋台は、幻想的な夜の山車とは一味違った、とても美しいものでした。そういう事で本日は秩父神社までの道中と、上町と宮地の写真をご覧ください。

★秩父夜祭宵宮2024・その1

◆令和6(2024)年秩父夜祭

　◎12月1日：御本殿清浄の儀、例大祭奉行祈願祭

　◎12月2日：宵宮(よいみや)、諏訪渡ほか

　◎12月3日：例大祭(本祭：ほんまつり)、御神幸祭ほか

　◎12月4日：蚕糸祭

　◎12月5日：産業発展交通安全祈願祭

　◎12月6日：新穀奉献感謝祭、例大祭完遂奉告祭

　　❖国指定重要有形民俗文化財(昭和37年：1962年指定)

　　❖国指定重要無形民俗文化財(昭和54年：1979年指定)

　　❖ユネスコ無形文化遺産(平成28年：2016年登録)

◆西武鉄道特急電車001系(Laview)

この日も秩父へは西武鉄道の特急電車ラビュー(Laview)を利用。今年は月曜の宵宮開催で、午前10時台の特急に乗った事もあり車内は比較的すいていた。

◆遠く秩父の霊峰・武甲山を見る

途中の入間市駅付近より。写真右の雲の下に見える右側が急傾斜になっている山が武甲山。

秩父地方では神奈備(かんなび)の山として信仰されてきた山であり、12月の秩父祭りでは重要な役割を果たす標高1304メートルの山である。但し約1世紀に渡りセメントの原材料になる石灰岩の採掘がおこなわれた結果、このような痛々しい姿になってしまった。

秩父へ向かう西武線は東飯能駅を過ぎたあたりから山間を走る。温暖化のせいか12月に入ったにも関わらず、車窓から見える山の木々はまだ落葉しておらず、ご覧のような秋真っ盛りのような景色だった。

★特急Laviewと両神山

そして昼前に西武秩父駅へ到着。同駅の特急ホームからLaview号と日本百名山の一つである両神山(標高1723メートル)をセットに撮影。紅葉真っ盛りの長い尾根の山の奥に僅かに見えるのが両神山で、独特な山容は異彩を放つ。ちなみに両神山は武甲山、三峰山と共に秩父地方で古くから信仰を集め、秩父三山と呼ばれる名峰である。

電車の後方に見える山々は奥多摩、奥秩父の標高2000メートルから1000メートル級の山々。

◆西武秩父駅
秩父の玄関口の一つである西武秩父駅も、宵宮という事もあり比較的閑散としていた。ちなみに西武秩父駅と駅前エリア、建築家・関根要太郎(1889～1959)の出身校・秩父郡立農学校(…現埼玉県立秩父農工科学高等学校)の校舎と付属用地があった場所で、駅前にはそれを記念する碑も設置されている。関根は明治40(1907)年に同校を卒業しているので、約120年前この地で学生時代を過ごしていた訳である。

奥に見える真新しい建物は、秩父市役所と秩父宮記念市民会館。
★御旅所と亀石
西武秩父駅から徒歩すぐの場所があるのが、秩父夜祭のフィナーレの場所となる〔御旅所〕。毎年12月3日にはここで秩父神社の妙見菩薩(女神)と、武甲山に住む龍神(男神)が逢引するという。ちなみに亀石は新しいものに取り換えられ、先代のものは番場町・秩父神社横の〔秩父まつり会館〕に展示されている。
秩父まつり会館に展示されている先代の亀石。下の写真のように昔は背後に建物はなく武甲山がよく見え、妙見菩薩と龍神が逢引するには最適な場所だった訳である。なお背後に写るの農地は、関根要太郎の出身校である秩父農学校の実習畑だと想像される。

★団子坂

12月3日の日没後、秩父神社に集結した6つの山車は先に紹介した御旅所を目指す。

そこで最大の難所となるのが、秩父鉄道・御花畑駅そばにある団子坂である。約12～15トンの重さがある山車を、総勢200人の曳手により曳き上げられる祭り最大の見所となる場所である。なお山車の曳行に際し、写真中央に写る秩父鉄道の架線は一時取り外され、その間秩父鉄道線は運休となる。

ちなみに団子坂の踏切を通過するラッピングされた電車は、旧東急電鉄8090系電車を再生した7500系電車。

★番場通りを歩く

団子坂を下り、ここからは秩父神社の表参道にあたる〔番場通り〕を歩く。この道幅の狭い通りからは信じられないが、昭和52(1977)年まで秩父夜祭では山車が神社から御旅所へ向けて、この通りを曳行していたという。

これまでも紹介したように番場通りは、戦前に建てられた歴史的建造物が多く建つ秩父の人気スポットの一つである。

遠く秩父神社の森が見えてきた。

近年テレビの旅コーナーなどで頻繁に紹介されているレトロな食堂〔パリー〕も、昼時という事もありこのような混雑ぶり。

★とある写真館の店頭

番場通りにある謎の写真館(…というか長年筆者は骨董屋だと思い込んでいた)。店頭には秩父の風土や歴史に関する展示がいつもされているが、この日は武甲山と秩父事件に関する展示が掲示されていた。

秩父出身の建築家・山田醇(1884～1969)設計の宮前家住宅(昭和5年築)。ここまで来れば秩父神社まであと少し。

★秩父夜祭ポスター
良くも悪くも毎年同じようなデザインのポスター。ちなみに下に書かれている〔秩父神社煙火主催町〕は、3日におこなわれる花火大会の第2部に参加する秩父市内の町内会や周辺の地域で、このポスターが貼ってある番場町や、宮側町、道場町、東町、熊木町など7月におこなわれる川瀬祭りに屋台・笠鉾を出す町が花火を上げた事がスタートとなったという。
そういう事で秩父神社へ到着。本町の交差点には中町の屋台が停泊していた。★上町屋台(かみまちやたい)
今回の宵宮で最初に撮影した山車の一つ。こちらも他の山車と同様に古い歴史を持つが、昭和12(1937)年に大改造が施され四方に破風を持つ〔四棟造り〕となった。山車後方に付けられた鯉の滝登りの刺繍は、長年に渡り受け継がれたもので、昨年の祭りでは会所近くの〔松本三階〕という、明治初期に建てられた旧木造商家の１階で、先代の後幕が展示してあった。
宮地の屋台と。

美しきハレの日である秩父神社の例大祭。

★上町屋台奉納曳踊り

秩父神社の神門前にて行われる伝統行事の一つ。宵宮・本祭と上町、中町、本町、宮地の４つの屋台が奉納曳き踊りをおこなうが、今年はそのトップバッターとして上町の曳踊りがおこなわれていた。

上町は中学一年生と、小学一年の女子生徒による曳踊りがおこなわれていた。

★宮地屋台(みやじやたい)

軒周りの水引幕の鶴の刺繍が目を引く宮地屋台。全体的に装飾が控えめでシャープな感じを受ける。

正面の装飾には一弦琴の名手〔応婦人〕、後幕には猩々(しょうじょう)と呼ばれる伝説上の獣が刺繍されている。欄干の繊細な金属細工や貝を砕いた細部装飾など、見所の多い屋台の一つ。

山車のカレンダーやグッズも山車前で販売されていた。

山車正面上に見えるのが一弦琴の名手〔応婦人〕。

先に紹介した猩々の刺繍。オラウータンがモデルになったという説もある。

中町の屋台と。

************************************************************★参考文献・参考資料「秩父夜祭」薗田稔氏監修・さきたま出版会編、さきたま出版会、平成17年「秩父夜祭の基礎知識」「関根要太郎の姪・秩父館のМさんとEさん：共に故人によるお話し」2004年～2019年ほか★撮影…・2024年12月2日