横浜市中区山手町のカトリック山手教会(昭和モダン建築再訪2024)

◆カトリック山手教会聖堂　・・・・昭和８年竣工、シャープな搭屋が美しいカトリック教会

　今年の9月下旬、横浜山手のベーリック・ホール(設計：J・H・モーガン、昭和5年築)でおこなわれた、〔歴史を生かしたまちづくりセミナー、西洋館はみんなの宝〕という講演会にパネリストとして参加するため、横浜に来られた函館の聖ヨハネ教会横でギャラリーを営むМさん。先月の横浜市開港記念会館(意匠原案：福田重義、大正6年築)の記事でも触れさせていただいたが、筆者が長年函館でお世話になっている大恩人の一人で、今回は自ら志願して現地での付き人を務めた筆者であった。
　そしてセミナーの翌日は夕方発の函館行き飛行機出発の時間まで、歴史的建造物が多く残る横浜関内地区と山手地区を筆者が徒歩とバスでМさんを案内した。　この時Мさんが宿泊されたホテルが、桜木町駅そばの大岡川沿いに建つ高層ホテルだった事もあり、みなとみらいのドックヤードガーデンや、旧生糸検査場倉庫(～帝蚕倉庫、設計：遠藤於菟、大正15年築)の跡地に建設された北仲ノットという高層タワー、旧横浜正金本店(設計：妻木頼黄、明治37年築)などを巡った。
　その後は、ジャックの塔の愛称でお馴染みの横浜市開港記念会館を、ボランティアガイドさんの解説付きでたっぷりと見学。そうこうしているうちに時間はあっという間に過ぎ、中華街で遅めの昼食をとった後は山手の丘に上り、山手111番館(旧ラフィン邸、設計：J・H・モーガン)と、港の見える丘公園を見学したところでタイムアップ。今にも雨が降ってきそうな天気だったこともあり、横浜の主要な観光地を巡る〔あかいくつ〕という市営の観光地巡回バスに乗り、スタート地である桜木町へと戻ったのである。
　横浜市開港記念会館や旧横浜正金銀行など、横浜という町の歴史とイデオロギーを、雄弁に物語る歴史的建造物案内できたのは、個人的には満足であった。　しかし横浜開港から１世紀半の歴史を、1日で案内するのは到底無理なことで、山手地区の案内は殆どできないまま終わってしまった。その中で案内したかった建築作品の一つが、山手44番に建つカトリック教会である。
　安政6(1859)年の横浜開港を機に各国によりもたらされたキリスト教。その3年後の文久2(1862)年にはフランス人宣教師：ジラールにより、横浜居留地80番地(…現在の横浜中区山下町80番地)に横浜天主堂が献堂される。前回の横浜訪問時も撮影するのを忘れてしまったが、この教会は現在の横浜中華街の朝陽門に近い場所にあったそうで、現在では本町通りの交差点には〔天主堂跡〕という地名が残り、その跡地にはキリスト像と記念碑が設置されている。
　なお函館(箱館)開港に際し、箱館奉行は元町の高台のピンポイントの場所に各国領事のための土地を用意したため、ロシアからの正教会、フランスからのカトリック、イギリスからの聖公会の教会が並び立つ状態となったが、対する横浜は比較的点在した場所に各国による教会が設置されたようである。　ちなみに横浜天主堂は、山下町居留地が市街地化したなどを理由に、明治39(1906)年には山手町44番地にゴシック調の双塔を持つ新聖堂を建設。間もなくこの場所へと教会の機能を移転させたのである。
　しかし聖堂竣工から17年後にあたる大正12(1923)年の9月には、関東大震災が発生し聖堂は煉瓦造もしくは木造だったようで、激震に耐えられず聖堂は倒壊してしまう。その後仮設の聖堂が建設され、新聖堂建設への募金活動を開始。震災から10年後にあたる昭和8(1933)年にようやく新たな聖堂が献堂されたのである。なお新聖堂は震災を教訓に、耐震性に優れた鉄筋コンクリート造で建てられたのであった。
　この聖堂を設計したのは同教会の信徒でもあった、チェコ出身の建築家：J・J・スワガー(Jan Josef Svager、1885～1969？)である。　スワガーは大正12(1923)年に、同郷の建築家：アントニン・レーモンド(Antonin Raymond、1888～1976)に誘われ来日。昭和5(1930)年にはレーモンドのもとを離れるが、横浜を拠点に昭和15(1930)年まで日本において建築家活動を展開している。
　ちなみにスワガーはカトリック山手教会からほど近い山手46番地に、自身の建築事務所を開設。その作風は伝統的なキリスト教会や重厚な外観のインターナショナルスクール、はたまた横浜山下町のモダニズムな作りの外国人向けのアパートメント：ヘルム・ハウス(昭和13年築、平成12年解体)など、多岐に渡っている。スワガー設計によるカトリック山手教会も、ゴシックを基調としつつも、とてもシャープな印象を受けるのは、スワガーの作風が出たという事になるのだろう。
　160年の歴史を持つカトリック山手教会。実は現存する聖堂は竣工から91年目を迎える、同教会が使用した歴代の聖堂の中でも一番の歴史を誇るものになっている。西洋の教会建築では定番のゴシックを纏いつつも、その中身は当時最先端の建材だった鉄筋コンクリート構造を採用したことにより、これだけの長寿建築になった訳である。　ちなみに函館のカトリック元町教会も度重なる大火を教訓に、焼け残った煉瓦壁にコンクリートを補強した準鉄筋コンクリート造になっている。20世紀に普及したコンクリート建築の偉大さを思い知らされる。
　今年9月はカトリック山手教会に訪問できなかったので、今年のゴールデンウイークに撮影した写真を中心に記事を構成させていただいた、山手の丘に建つ教会という事もありお高いイメージもするが、室内撮影もOKだったり、結婚式も完全な信者でなくても挙げる事が出来る、横浜ならではの誰でもウエルカムな気風の山手教会。横浜という町の懐の深さを感じながら、この記事を作成した筆者であった。居留地時代から植えられたというヒマラヤ杉との対比も絵になる、美しい教会建築である。　

◆カトリック山手教会聖堂

　◎設計：J・J・スワガー(Jan Josef Svagr)

　◎施工：関工務店

　◎竣工：昭和8(1933)年

　◎構造：鉄筋コンクリート造平屋・一部塔屋付、地下1階

　◎所在地：横浜市中区山手町44

　　❖横浜市認定歴史的建造物

横浜の山手といえばヒマラヤ杉。外国人がここで暮らし始めた明治初期より植えられたものだという。

ベーリック・ホールの前庭から撮影。

教会の敷地内に展示してあった同教会の歴史を説明する解説版。
★カトリック山手教会のマリア像

明治元(1868)年にフランスから贈られたものという。
とても美しいこちらのステンドグラスは、設計者であるスワガーの故郷・チェコで作られたものである。

★旧相馬永胤邸(現横浜カトリック司教館、設計：妻木頼黄、明治43年築、昭和12年築)

近江彦根藩の出身でアメリカ留学の経験を持ち、衆議院議員、横浜正金銀行頭取・取締役、専修大学の前身である専修学校の校長を務めた相馬永胤(そうまながたね、1850～1924)の旧邸宅。

明治末に東京に建てられたものだが、昭和12(1937)年にカトリック山手教会の敷地内に移築。今から約20年前にカトリック司教館建設に際し建物の大部分を解体、玄関部分のみが復元された。ちなみに復元された玄関、以前は教会に隠れたような目立たない場所に建っていた。

◆旧ライジングサン石油社宅(現フェリス女学院大学10号館、設計：アントニン・レーモンド、昭和4年築)

カトリック山手教会から徒歩数分の場所に建つ、現在はフェリス女学院大学の施設として使われている、かつての石油会社の社宅。設計はカトリック山手教会の設計者：J・J・スワガーの来日のきっかけを造った、チェコ出身の建築家：A・レーモンドが担当している。スワガーの設計関与の可能性が考えられる作品だ。

外観は装飾を削ぎ落としたモダニズム。構造は鉄筋コンクリート造で、横浜市認定歴史的建造物に指定されている。

フェリスの校舎はカトリック山手教会と隣接した場所にあるので、教会の鐘楼がこのように見える。

カトリック山手教会すぐ近くのブラフ擁壁。居留地時代から作られた石積みは、山手に数多く残る。特にフェリス横の石積みはとても美しいもの。

こちらは側溝とセットとなった珍しいもの。

★横浜市営バス〔あかいくつ〕

横浜山手や関内、中華街、山下公園、大桟橋、赤煉瓦倉庫など市内の主要観光地を巡る巡回バス。

真夏や悪天候の時にお世話になっている、横浜の貴重な足である。

マリンタワーより。手前に旧山手女子高等学校の校舎があるため全体は隠れてしまっているが、カトリック山手教会の鐘楼の上部が見ることが出来た。

　北仲ノットより

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★参考文献・参考資料

「都市の記憶　横浜の近代建築　Ⅰ・Ⅱ復刻版」、横浜歴史的資産調査会、令和元年

「Мy favorite architecture、ホームページ」平成12年～

「日本の美術　№447・外国人建築家の系譜」堀勇良氏著、至文堂、平成15年

「カトリック山手教会ホームページ」ほか

★撮影・・・・2023年7月・８月、2024年7月・８月