横浜市中区の旧第一銀行横浜支店(昭和モダン建築再訪2024)

◆旧第一銀行横浜支店

　・・・・昭和4年築、新たな場所で再生がおこなわれた旧銀行店舗

　９月の下旬に横浜山手のベーリック・ホールでおこなわれた〔歴史を生かしたまちづくりセミナー、共催：公益財団法人横浜歴史資産調査会＋公益財団法人横浜市緑の協会〕に参加する、函館元町のギャラリー店主さん(…筆者が函館で長年お世話になっている大恩人の一人である)を横浜までお連れするため、向かったのは土曜朝の羽田空港。武蔵野台地の東崖にあたる埼玉の某町に引っ越して以来、羽田空港へ行くには駅前からのリムジンバスを利用しているが、これといった手荷物もない事もあり、電車を乗り継いで羽田へと向かった。

　朝一番に羽田から函館へ向かうAIR DO機の折り返し便で、来られた函館元町のギャラリー店主さん。店主さんの横浜における付き人を志願した筆者であったが、普段と違うルートで来た事や、京浜急行の蒲田駅が高架化となり、ホームが大幅に変更されており混乱の連続で、京急を乗り継ぎ何とか今回のセミナーの主催者であるYさんが待つ横浜駅まで到着した。

　ここからJRの根岸線に乗り換え桜木町駅で下車。駅前からはタクシーに乗り、本町通りを走り山手の丘へと向かった。

　今回のセミナー主催者であるYさん、今から30数年前に横浜歴史資産調査会を設立され、函館のギャラリー店主さんと同様に、歴史ある街づくりを長年提唱・実行されてきた、筆者にとってはレジェンドとも言える方である。今から20数年前、函館と同時に横浜の街中に残る歴史的建造物に興味を抱いた20代半ばの筆者。当時、横浜市と横浜歴史資産調査会により刊行された〔都市の記憶：横浜の近代建築＋横浜の土木遺産〕をバイブルに、フィルムカメラを携えて横浜の近代建築巡りをしていたのである。

　今から20年前の平成16(2004)年に、東急横浜駅と元町・中華街駅を結ぶみなとみらい線が開通し、同線の各駅を下車するようになったが、以前は東急の桜木町駅やJRの石川町駅をスタートに横浜の近代建築巡りをしていた筆者。タクシーに乗り以前は桜木町駅をスタートに、横浜散策をしていた事をふと思い出した。当時みなとみらいの高層ビル群はほぼ竣工していたが、北仲エリアに高層ビルが建ち、運河に観光用のロープウェイが開通するなどとは夢にも思わなかった。

　今から20数年前の本町通りは、みなとみらい線の工事や周辺の再開発でかなり騒々しかったが、その現場の片隅にとある近代建築の一部が曳き家され保存してあった。それが今回紹介させていただく、旧第一銀行の横浜支店(…昭和47年から横浜銀行本店別館として使用)である。

　当初は約150メートル離れた旧生糸検査所(設計：遠藤於菟、大正15年築)の隣にあったが、みなとみらい線の工事に伴い、建物の大部分を解体。現在地に建物の一部が曳き家・保存されていた。

　その姿はあまりにも痛々しく、若き日の筆者にとってはかなりショッキングな光景だった。しかしそれから数年後、保存された部材を生かし、旧建物のシルエットを忠実に再現したレプリカ建築が建設される。それに際しレプリカ建築の背後には、建築家・槇文彦(1928～2024)設計による、地上119メートル・地上27階建て・地下3階の〔横浜アイランドタワー〕が竣工。かつての銀行建築を再現したレプリカ建築と、地上119メートルの高層ビルが21世紀初頭の平成15(2003)年の春、本町六丁目の新たなランドマークとして登場したのであった。

　さて1990年代の半ばに一端は建物一部を残し姿を消し、それから数年後の2000年代初頭に姿を復元された旧第一銀行横浜支店(旧横浜銀行本店別館)。

　その設計は長年に渡り第一銀行の店舗営繕を手掛けていた、東京帝国大学出身の建築家・西村好時(1886～1961)が担当。施工は明治以来、第一銀行やその創業者である渋沢栄一(1840～1931)と縁の深かった、清水組(…現在の清水建設)が担当している。

　先に紹介したように西村好時は、第一銀行の店舗営繕を手掛けていた人物。函館末広町の現在函館市文学館として使われている旧第一銀行函館支店(大正10年築)も、西村の設計作品である。

　西村の函館での設計活動はそれだけで終わったが、大正10(1921)年4月の函館大火後は、日本建築学会の依頼により建築家・関根要太郎(1889～1959)と共に大火後の被害状況を調査。建築雑誌・大正10年12月号に〔函館大火災調査報告〕というタイトルで論文を発表している。

　少し話は脱線するが、会社の規模こそ違えぞ西村好時と関根要太郎は、長年に渡り同一銀行の店舗営繕を手掛けた建築家で、西村は大正6(1917)年から昭和10年代半ばまでの約25年間に渡り推定40の第一銀行の店舗を設計、対する関根は大正3(1914)年から昭和17(1942)年までの28年間に渡り推定100近くの不動貯金銀行の店舗を設計している。ちなみに関根要太郎率いる関根建築事務所設計の不動貯金銀行横浜支店(昭和2年ころ築)は、馬車道南の常磐町にあったが今から40年ほど前に解体されている。

　若き日はユーゲントシュティールやモダニズムなど、モダンな作風で銀行店舗を数多く制作していた関根に対し、西村は当時の銀行建築の定番路線である古典主義をベースに銀行店舗を制作し続けた。神殿風の玄関バルコニーを持つ横浜支店は、古典主義特有の重厚さはあまり感じられず、とても洗練された印象を受ける。

　当時西村が手掛けた、この他の第一銀行の店舗写真と比較してもとても美しい出来栄えで、西村の代表作と言いたくなる作品ではないかと思う。

　昭和4(1929)年に竣工した玄関バルコニー部分以外は、約20年前に新築された復元建物なので、時代を重ねてきた風格を醸し出すにはもう少し時間がかかりそうだが、それを差し引いても旧第一銀行横浜支店の美しい姿に魅せられてしまう筆者である。

　今から20数年前にこの建物を残そうと、色々とプランを練り実行に移された関係者の皆さんの努力に対しては、本当に感謝するのみである。是非とも多くの人に知って頂きたい、美しく古くも新しい横浜の歴史的建造物の一つである。

◆旧第一銀行横浜支店

　◎設計：西村好時(第一銀行建築課)

　◎施工：清水組

　◎竣工：昭和4(1929)年3月

　◎再建：平成15(2003)年3月

　◎構造：鉄筋コンクリート造2階建て…竣工時

　◎所在地：横浜市中区本町6丁目50-1　

　　❖横浜市認定歴史的建造物

背後に建つのが平成15(2003)年竣工の横浜アイランドタワー(設計：槇文彦)。

このビルと同時に旧第一銀行横浜支店の復元工事が行われた訳である。
写真右手に写る一部外壁に赤煉瓦を貼った建物が、旧生糸検査所(設計：遠藤於菟、大正15年築)を再現した横浜第二合同庁舎(平成5年築)。今から20数年前までこの手前に今回紹介した旧第一銀行横浜支店は建っていた。なお第一銀行支店が建っていた場所は、みなとみらい線・馬車道駅の昇降口が設けられている。

トスカナ式オーダーを配置した神殿風のバルコニーを持つ旧第一銀行横浜支店は、他の戦前築の銀行店舗とは違う美しさがある。

★竣工当時の旧第一銀行横浜支店

❖図版…「銀行建築」西村好時編、昭和8年

★曳き家がされた直後の旧第一銀行横浜支店

上と下の各写真は今から20数年前、20平成世紀末にあたる平成11(1999)年と平成12(2000)年に、当時20代だった筆者が撮影したもの。

本文でも紹介したように、みなとみらい線(…2004年開業)工事のため建物の一部が現在地に移築。アイランドタワー建設工事が始まるまで、長らくこのような状態で保存されていた。

こちらは馬車道通りと本町通りの交差点に当時あった陸橋より。この工事中の場所の手前に旧第一銀行横浜支店はあった。

向かいに建つ旧生糸検査所事務所(現北仲BRICK)より。

西村は北は北海道の札幌、南は九州の熊本で全国各地の第一銀行の店舗設計を手掛けた。函館に現存する旧第一銀行函館支店(現函館市文学館。大正10年築)も西村の設計によるもの。

最近館内を見学する機会がないので、平成23(2011)年の秋に撮影した写真を。建物復元に際し、館内も竣工時に近い姿に再現されたという。

写真左手に見える本町ビル(旧帝国火災横浜支店、昭和4年築)も、なかなか味のある素敵なビルだったが、十数年前に解体されている。2009年8月の撮影。

毎度お馴染みのランドマークタワーの展望台より。写真中央に写る黒のビルが旧生糸検査所倉庫(帝蚕倉庫)跡地に建てられた北仲ノット。その隣に建つ若干低めのビルが横浜アイランドタワー。その下層部に今回紹介した旧第一銀行横浜支店の姿に見える。ちなみにその右隣に建つ青白いガラス張りのビルが、近年新築オープンした横浜新市庁舎。

このエリア、他にも何棟かの高層ビルの建設が予定されているという。20数年の間の町の激変ぶりには、ただ驚くのみである。

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★参考文献・参考資料

「銀行建築」西村好時編、丸善書店、昭和8年

「都市の記憶　横浜の近代建築Ⅰ」横浜市＋横浜市歴史的資産調査会、平成3年

「日本の建築　明治大正昭和　8・様式美の挽歌」伊藤三千雄氏著、三省堂、昭和57年

★撮影・・・2009年8月、2011年10月、2023年5月、2024年6月・9月