横浜市中区山手町の山手111番館(大正モダン邸宅再訪2024)

◆山手111番館、旧ラフィン邸

　・・・・大正15年築、震災後横浜で活躍したアメリカ人建築家の足跡を巡る

　先週末はNPО法人：旧モーガン邸を守る会主催の〔モーガンゆかりの地ツアー、モーガンの墓参と足跡をたずねて〕に参加するため、久々に横浜を訪ねた。去る6月6日は大正末から昭和にかけて横浜を拠点に活躍した、アメリカ人建築家：J・H・モーガン(Jay Herbert Morgan、1868～1937)の命日で、横浜外国人墓地にあるモーガンの墓参の他、モーガンの横浜における足跡を辿るツアーに参加したのであった。

　アメリカニューヨーク州バッファロー出身のJ・H・モーガンは、大正9(1920)年にアメリカのフラー社という建築会社の技師として来日。三菱の主導により東京丸の内に建てられることになった、丸の内ビルディング、日本郵船ビル、日本石油ビル(有楽館)の建設に従事。

　更に大正11(1922)年8月にはフラー社の勤務を継続しながら、東京日本郵船ビル内に自身の建築事務所を開設。11月にはフラー社を退社し、自身の建築事務所経営に専念することになった。

　更に大正12(1923)年9月の関東大震災の発生や、来日間もなくに出会い公私に渡りモーガンのバトナ―となる石井たまの(1898～1997)の存在もあり、日本に残り建築活動をおこなう事を決意。大正15(1926)年には横浜市山下町51Bの露亜銀行支店(大正10年築)に建築事務所を移転。更に昭和3(1928)年は自身が設計をおこなった、横浜市山下町75のユニオンビルディング内に自身の建築事務所を移転させ、横浜を拠点に国内各地で建築活動を展開していく。

　特に建築事務所を置いていた横浜でモーガンは、大正末から昭和12(1937)年に6月6日に肺炎が原因でこの世を去るまで、銀行、オフィスビル、領事館、病院、競馬場、学校、ホテルの増築、教会、邸宅など数多くの設計を手掛けた。山手や根岸や関内の山下町地区のかつての外国人居留地域には、この時代にモーガン設計による設計作品が数多く建てられる事になったのである。

　その作風は邸宅は当時流行していたスパニッシュスタイル、オフィスや銀行建築は列柱を配した石造り風の重厚な古典主義と、とてもバラエティーに富んだものとなっている。

　なお山下町地区のモーガン設計による建築作品の大部分は、時代の経過とともに解体。その跡地には大型ビルディングやホテルが建てられ、当時の面影を偲ばせるものは全く残っていない。しかし山手地区には戦時中の空襲をはじめ、その後の土地の再開発などを生き抜いた、モーガン作品の幾つかが今も現存している。そのような事で、この日はみなとみらい線の元町・中華街駅で集合し、山手におけるモーガンの足跡を、旧モーガン邸を守る会・佐藤さんの案内により巡ったのであった。

　この日はモーガン設計の作品のほか、山手外国人墓地の見学コース外にあるモーガンのお墓にも、手を合わせる事が出来た。実は昨年の春の横浜訪問時、ボランティアガイドの方に無理なお願いをして、モーガンの墓を初めて訪問することが出来たのだが、今回は約10名の賑やかな墓参となった。

　ちなみに日本におけるモーガンのパートナーだった石井たまの(1898～1997)さんは、横浜から遠く離れた茨城県の石井家の菩提寺に葬られているという。

　推定69歳か70歳という年齢で亡くなったモーガン(…モーガンは1873年生まれと詐称して入国した)。自身が設計を手掛けた山手聖公会(昭和6年築)で葬儀が執り行われ、山手の外国人墓地に葬られた事は筆者も長年知っていた。そして今回のモーガン邸を守る会・佐藤さんの案内により、亡くなった場所も山手の地だった事は初めて知った。その場所とは横浜一般病院(ゼネラルホスピタル、昭和12年築)である。昭和57(1982)年に解体されたそうで、跡地には現在新しいクリニックが建てられている。

　実は今から約40年前まであった横浜一般病院の設計もモーガンによるもので、当時の写真を見ると装飾を排除したシンプルなデザインの病院だったようだ。当初はその大半が2階建てだったが、後半は3階建てに増築されている。

　山手という土地柄、外国人対象の病院だったそうで、日本語が話せないモーガンも藤沢の大鋸にある自邸からこちらへ入院してきたという。横浜山手を訪ねるたび良く通る場所、しかもモーガンの設計作品：旧べーリック邸(昭和5年築)の斜め向かいに、そのような場所があるとは初めて知った。

　その後、このツアーは山手111番館(旧ラフィン邸)を巡り、山下町をモーガン作品の跡地を巡り解散。長年歩きなれた横浜の町並みも少し違って見えてしまった、梅雨入り直前のモーガンの足跡を巡るツアーだった。そのような事もあり、今回はモーガンに関する展示が多くされている、モーガンの設計作品：山手111番館を紹介する事にした。111番館の一般公開は平成11(1999)年の事だから、気が付けばオープンから25年。港から吹く海風が似合う瀟洒な、スパニッシュ風の美しい西洋館である。

　本日は隣接する港の見える丘公園に薔薇が奇麗に咲き誇っていた、ゴールデンウィーク後半に撮影した写真を中心に111番館の様子をご覧いただきたい。神奈川県藤沢市にある旧モーガン邸(…平成19年と20年の不審火により大部分が焼失し、再建プロジェクトが進行中)も、スケジュールが合えば訪問したいと思った、この日の散歩会であった。

◆ジョン・エドワード・ラフィン邸(山手111番館)

　◎設計：J・H・モーガン(Jay Herbert Мorgan)

　◎施工：不詳

　◎竣工：大正15(1926)年

　◎構造：木造モルタル塗り2階建て、地下鉄筋コンクリート造

　◎所在地：横浜市中区山手町111番地

　　❖横浜市指定有形文化財

筆者が山手の西洋館探索を始めた1990年代後半は、111番館は高いコンクリート塀に囲まれ、周辺は公園の造成がおこなわれていた頃だった。
海側の坂下の部分は改修がおこなわれ、港の見える丘とドッキングする状態になり、地下部分はカフェテラスが入居している。

J・H・モーガンに関する館内展示。解説の内容は当時モーガンが在籍していた日本建築士会(…当ブログの主人公である建築家・関根要太郎も在籍し、昭和10年代初頭は同会の理事を務める)発行の機関誌に掲載された追悼記事を参照したもので、生誕日などに一部誤りがある。

そして館内に展示されているJ・H・モーガン(1868～1937)と、パートナーである石井たまの(1898～1997)の写真。モーガンとたまのは来日間もなくに出会い、英語が堪能だった石井たまのはモーガンの秘書兼通訳として、日本語の話せないモーガンを支えた。

モーガンと石井たまのは30歳近く年齢の離れたカップルだった。

★モーガンの山手における足跡を訪ねる

◆ベーリック邸(設計：モーガン、昭和5年築)

★横浜一般病院(ゼネラルホスピタル)跡

元町公園の向いにあたるこの場所にモーガン設計の病院(昭和12年築)があった。新築間もないこの病院でモーガンは69年に渡る生涯を閉じた。病院は1982年に解体され、跡地には写真でご覧いただいたクリニックが建っている。〔日本建築士〕昭和13年5月号に発表された、モーガンの追悼記事内に掲載されたモーガンの設計作品一覧。写真左側中央が先に紹介した横浜一般病院。

❖図版・・・・「日本建築士」昭和13年5月号

★山手聖公会(設計：モーガン、昭和6年築)

★山手外国人墓地正門(設計：モーガン)

モーガンの墓碑。入国時に実際より5歳若い、1873年生まれという年齢をパスポートに記入し、1920年に入国したモーガンだったが、墓碑もサバを読んだ生年が記されている。日本建築士会の会報〔日本建築士〕の追悼記事：昭和13年5月号には、更に4歳若い明治10(1877)年生まれと紹介されている。

外国人墓地の門の金属装飾は戦後に復元されたもの。

山下町のマリンタワーから。ほんの少しだけ111番館の屋根が確認できた。
令和に入って完成した北仲ノットの展望台より。
*******************************************************★参考文献・参考資料『ジェイ・H・モーガン　アメリカと日本を生きた建築家」水沼淑子氏著、関東学院大学出版会、2009年『モーガンゆかりの地ツアー配布資料』NPО法人　旧モーガン邸を守る会作成、2024年★撮影・・・・・2023年5月・7月・8月、2024年5月・6月