フィルムカメラで撮影した少し昔の函館(その3)

◆フィルムカメラで撮影した少し昔の函館

　・・・・大町・弁天町の今は無き歴史的建造物を巡る

　

　今年4月は2回に分けて、1990年代後半から2008年にかけて私がフィルムカメラで撮影した函館の歴史的建造物の写真を、建築家・関根要太郎(1889～1959)+山中節治(1895～1952)の作品群、元町や船見町の教会や洋館群というテーマにして、多数紹介させていただきました。今から25年前から10数年前の事とはいえ、かなり町の様子が変わったのは、時の移ろいを感じてしまいます。

　そしてこの企画の第3回目は、函館西部地区(旧市街地)で早い時期から開発が始まった大町・弁天町エリアの写真をご覧いただきたいと思います。今回の写真は1998年から2014年にかけて撮影した写真なのですが、既に取り壊されたり、リノベーションがおこなわれ創建当時や往時をイメージして復元された建物の復元前の姿を紹介していきます。

　当初は基坂下の相馬株式会社(大正5年築)など、この地域を代表する建造物も紹介しようと思いましたが、写真量が多くなってしまったため、このテーマに変更させていただきました。

　今でこそロマンティコ・ロマンティカが入居する旧堤商会(日魯漁業・マルハニチロの前身会社、大正5年築)や、多くのリノベーション物件で注目が集まるこの地域ですが、私が函館に訪れるようになった1990年代後半は、国の重要文化財に指定されている太刀川家住宅店舗(明治34年築)は、数年前にアンティークショップの営業が終わり、一般公開はおこなわれておらず、観光スポットとしては正直寂しいエリアでした。

　函館に初めて訪れた平成9(1997)年に北海道新聞社から出版された〔函館の建築探訪〕を参考に、大町・弁天町エリアの探索をその翌年から始めたのですが、そこに紹介されている歴史的建造以外にも、風格溢れる数多くの建築作品が残っており正直驚いた印象があります。

　2階が洋風下見板張りで1階が土間を持つ和風で構成されている函館特有の擬洋風民家、煉瓦の外壁に白漆喰が塗られた洋風商家、函館どつくや西埠頭に建つ赤煉瓦倉庫群など、京都や秩父、川越にはない独特な街並みに感動した20代の私でした。

　そしてその中でも特に気に入ったのが2棟の建造物でした。その一つが旧北海製罐の函館工場です。昭和10(1935)年に日魯漁業の系列会社だった北海製罐の工場として、竹中工務店の設計・施工により建てられたものでしたが、当初は重厚過ぎるその姿に恐怖感すら覚えたものでした(・・・平成9年に出版された『函館の建築探訪』には、この建物については紹介されていなかった)。しかしそれより間もなく東京永田町の国立国会図書館で、日本建築学会の機関誌である〔建築雑誌〕を閲覧していたところ、この建物の竣工記事を発見し、朽ちた大きなコンクリート建築の正体を初めて知った訳です。

　竹中工務店というと当時新進気鋭のデザイナー(建築家)や技術者を集め、東京、横浜、大阪など全国各地で多くのモダンな建築作品の設計・施工を手掛けていましたが 、その時期の作品が約20年前まで函館に現存していたのは、あまり知られていないと思います。工場という事で装飾を削ぎ落した外観ですが、横長のカーテンウォールなどはモダニズム建築といった趣きの建築作品でした。

　ちなみに解体直前にこの建物は、函館出身のロックバンドＧLAYの〔ホワイトロード〕という楽曲のプロモーションビデオのロケ地にも使われていました。

　そしてもう一つ印象的だった建物が、現在の函館元町ホテル別邸開港庵(旧森卯兵衛商店、民宿室屋、明治42年築)の右隣にあった、朽ち果てた大町の謎の洋館です。アーチ窓横のかつての玄関口を覗くと、繊細な装飾がとても美しい建物でした。函館で青春時代を過ごした作家でミュージシャンの辻仁成さんの著書でも、この建物の写真が掲載されていましたが、解体されるまでの数年間函館に訪れるたび頻繁に撮影していた建物でした。

　玄関周りの美しい装飾とアーチ窓がただならぬ出自を物語っていたこの建物、近年私が購入した大正中期の函館を写した古い絵葉書を見ると、この当時は木造モルタル塗り3階建てだったと推測されます。大正中期函館では、末広町の函館海産商同業組合事務所(設計：関根要太郎、大正9年築)、弁天町の旧堤商会(大正5年築)をはじめ木造3階建ての建物が多く建てられていたので、このような規模の建物が木造だったことは何の不思議はありません。

　恐らく後年に上階部分が解体され、写真下のような姿になったと推測します。時間に余裕があったら詳細を調べたい、今は無き建物です。

　また今回はその他にも、相馬倉庫(設計+施工：木田保造、昭和5年築)、旧函館水上警察署(旧函館西警察署、大正15年築)、函館どつくゴライアスクレーンなど、長年に渡りこの地域の景観を彩った建物の写真も掲載しました。結果として弁天町・大町の海側の建物の写真が多くなったので、市電通り側の写真は機会があればそちらの機会に紹介したいと思います。ではここからは少し昔の函館の町並みをお楽しみください。

★旧北海製罐函館工場(設計+施工：竹中工務店、昭和10年築、現存せず)

装飾を削ぎ落したモダニズム建築。竣工間もなくには日本建築学会の機関誌〔建築雑誌〕にも、小さいながらも竣工写真とデータが掲載された。

姿見坂上より。北洋漁業全盛の時代は坂下の埠頭には、北洋船団の母船や小型漁船がひしめき合うようにして停泊していたそうである。そのような北洋漁業で繁栄した函館の生き証人ともいえる建物が、旧北海製罐の工場だった。

下にリンクしたのはGLAYの〔ホワイトロード〕。メンバーの皆さんとほぼ同世代であるが、邦楽ロックに疎い私、恥ずかしながら先ほど、このプロモーションビデオを初めて全編に渡り見た。大三坂の旧亀井喜一郎邸(設計：関根要太郎+山中節治、大正10年築)や、元町の遺愛幼稚園もPV内には登場している。

★大町にあった洋館(竣工年不明、現存せず)

現在の函館元町ホテル別邸・開港庵と、カフェ・モストゥリーの中間にあった。

朽ち果てた建物であったが玄関を覗くと、このような美しい装飾が。

この建物の華麗な出自を物静かに語っているような箇所だった。

★東浜町から大町方面を写した古絵葉書

筆者所有の古絵葉書より。現在の東浜桟橋付近より大町方面を写したもの。写真左手前に写る万世ビルが竣工当初の姿なので、大正13(1924)年の大火災でこの界隈が焼ける前に撮影されたものである。写真奥に写る3階建ての建物の左隣に、旧森卯兵衛商店(函館元町ホテル別邸・開港庵)と思われる建物が写っている。つまり約20年前に解体された大町の洋館、かつては3階建てだった訳である。

★旧佐々木平次郎商店(明治40年築、現存せず)

弁天町・幸坂下にあった擬洋風民家。10数年前にこちらも解体され、跡地にはアパートメントハウスが建てられている。

ちなみに右隣に建つ蔵は今も現存している。

★旧函館水上警察署～旧函館西警察署(大正15年築、現存せず)

大正末に函館海産商のリーダー的存在だった小熊幸一郎(1866～1952)と、日魯漁業(現マルハニチロ)の創業者であった堤清六(1880～1931)の寄付によって建てられたモダンな警察庁舎。

大正10(1921)年の函館大火後、同地で多くのコンクリート建築を廉価で普及させた、在京の建築家・中村鎮(1890～1933)が開発した中村式鉄筋コンクリートブロック工法を採用。この当時の中規模コンクリート建築としては珍しい5万円の低予算で建物を竣工させている。

なお昭和59(1984)年の警察署移転後は解体時まで空き家の状態が続いていた。外観は写真のようにあまり老朽化を感じさせなかったが、建物内は相当な傷み具合で平成18(2006)年に建物は解体、その後は旧建物の外観を模した函館臨海研究所が再建されている。

常盤坂から。

★相馬倉庫(昭和5年築、現存せず)

同志社大学の創始者である新島譲の海外渡航記念碑のそばにあった鉄筋コンクリート造の倉庫建築。名前からお察しのように相馬株式会社が経営する冷蔵倉庫だったが10数年前に解体されている。

設計と施工は函館で数多くの建築施工に携わった、木田保造(1885～1940)率いる木田組が担当。

★旅館のむら(竣工年不詳、現存せず)

国の重要文化財に指定されている太刀川家住宅店舗や旧堤商会から、北西に数10メートル移動した姿見坂下にあった和洋折衷の不思議な佇まいの建造物。

この当時はかなり不格好な姿だったが、2階には防火扉を埋めた跡や、1階には末広町の旧金森洋物店(現函館市立博物館郷土資料館、明治13年築)に見られる鉄製の持ち送り、末広町東浜桟橋そばの旧金森船具店(明治44年築)に似た軒回りの額縁風の縁取りなどの細部デザインを見ると創建時は、函館に多く見られた煉瓦造り漆喰塗りの、洋風商店建築だったのではないかと想像してしまう。

こちらも建物は10数年前に解体され、跡地には一般住宅が建てられている。
★旧堤商会(大正5年築、現存)

ここまで解体されてしまった建物を多く取り上げてきたので、近年リノベーション工事がおこなわれ、華麗な姿へ蘇った歴史的建造物を2軒ほど紹介させていただきたい。

まず最初は日魯漁業(現マルハニチロ)の前身にあたる旧堤商会の建物。平成10(1998)年に撮影したものだが、この当時はこの建物が日魯漁業の前身会社の事務所とは全く知らなかった筆者であった。

周辺の建物にはあまり見かけない3階建てのボリュームある存在感に圧倒されて、思わずシャッターを押してしまった筆者。写真右手には先ほど紹介した〔旅館のむら〕が見える。

★旧松橋商店(現港の庵、明治40年ころ築)

こちらのみデジタルカメラで平成26(2014)年に撮影したもの。地元有志の方々により再生プロジェクトがスタートした頃に撮影したもの。これより間もなく、往時の姿をイメージした建物へと蘇ることになる。

船見町の高台から弁天町の函館どつくゴライアスクレーンを見る。こちらも平成21(2009)年に解体された。

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★撮影・・・・1998年～2014年