埼玉県川越市の旧山崎家別邸(大正モダン邸宅再訪2024)

◆旧山崎家別邸

　・・・・大正14年築、小江戸・川越に建つ和洋折衷のモダン邸宅

　令和6(2024)年5月15日に埼玉県川越市幸町にオープンした、りそなコエドテラス。この建物は埼玉りそな銀行が所有する、大正7(1918)年に竣工した旧八十五銀行本店という築106年を過ぎた歴史的建造物を、約1年かけて改修工事を実施し、観光や地域産業発展のコミニュテイースペースとして再生したものである。前回の記事でも紹介したように、川越蔵造り通り(一番街通り)の新たな名所として親しまれそうな、とても素敵な施設である。

　長年に渡り川越の蔵造り通り(一番街通り)に建つ、ドーム屋根の付いた白亜の美しい洋館である、旧八十五銀行本店の大ファンである筆者。実はりそなコエドテラスのオープン前にも、建物の改修工事の進捗状況を確認したく何度か川越を訪れていた。

　そして旧八十五銀行本店の訪問後に何度か訪れたのが、そこから徒歩数分の場所に建つ旧山崎家別邸である。冒頭の写真でご覧いただいた洋館がその邸宅だが、旧八十五銀行本店の設計を手掛けた建築家・保岡勝也(1872～1942)が、こちらの設計も手掛けているのだ。

　東京生まれの保岡勝也は明治33(1900)年に東京帝国大学工科大学を卒業。それ以降、大学院進学の休職期間を除き、約10数年に渡り三菱合資会社の技師(・・・明治39年から技師長に就任)を務め、三菱関連の施設設計を数多く手掛ける。更に大正2(1913)年には東京銀座に自身の建築事務所を開設。三菱と委託契約を交わすとともに、その他の東京、埼玉、千葉などで民間企業の設計を手掛けるようになった。そのうちの一つが、川越における諸建築の設計だった訳である。

　保岡の川越における初作品が、川越貯蓄銀行本店である。現在の幸町に大正4(1915)年に竣工したもので、当時の古写真を見ると外壁には白タイルが貼られ、ルネサンスとセセッションが混合した、大正初期らしいモダンな作品だったようだ。

　それから間もなく川越を代表する商人であり、八十五銀行の頭取を務めていた老舗和菓子店：龜屋主人の五代目・山崎嘉七らの依頼により、八十五銀行の新店設計を手掛けるようになり、大正7(1918)年3月に竣工させている。これは保岡が三菱から独立して以降、最大の仕事となった。

　そして八十五銀行本店竣工から数年後、山崎嘉七が保岡勝也に依頼したのが別邸の設計だったのである。長年に渡り三菱の技師として多くのオフィスビルの設計を手掛けていた保岡だったが、大正半ばより住宅に関する著書を多く発表し、幾つかの住宅設計も手掛けるようになっていた。保岡が生涯でどのくらいの数の住宅設計を手掛けたか、その詳細は明らかになっていないそうだが、住宅設計の初期作の一つとなったのが、川越の山崎家別邸だったのである。

　約1年半の工期をかけて建てられた旧山崎家別邸。別邸という名からお察しのように、この邸宅はセカンドハウスやゲストハウス意味合いが強かったようで、室内構成は川越を代表する豪商の邸宅という割には、とても簡素なものとなっている。

　ちなみに多くの皇族も川越訪問の際にはこの別邸に泊まったそうで、梨本宮守正王殿下、李王世子垠殿下、建築家・関根要太郎(1889～1959)とも親交のあった秩父宮雍仁親王殿下、アール・デコの館の主として名高い朝香宮鳩彦王殿下などが、この邸宅を宿泊先として利用している。

　旧山崎家の別邸は派手さはないが、住宅の内外とも非常に丁寧に作られている。現在では川越市の管理により通年公開されているが、近年まで山崎家が所有していたこともあり、その全容が把握できない幻の邸宅だったのである。10数年前までは、この近所に建つ中成堂歯科医院(設計・施工：印藤順造、大正2年築) という洋館を撮影した帰り、駐車場の間から僅かに見えるこの洋館を、遠くから見ていたのが本当に噓のようだ。

　コンパクトな作りの旧山崎家別邸、多くの見どころがあるが、そのおすすめの一つが洋室部分に設置されたステンドグラスの数々。その中でもトップクラスの出来の作品は、2階への階段踊り場に設けられた〔泰山木とブルージェイ〕という作品。近代ステンドグラス・アーティストのパイオニアとも言うべき小川三知(1867～1928)の作品である。

　また階段下のステンドグラスは作者不明ではあるが、小川三知の作品と同等の美しさを誇る。この2枚のステンドグラス、西日が差し始めた夕方あたりの鑑賞がお勧めである。

　この他にも食堂のステンドグラスは、小川三知と同様に近代ステンドクラス・アーティストのパイオニア存在の一人である、別府七郎(1873～1936)の作品によるもの。色合いは小川三知とは違うが、こちらも素晴らしい作品だ。また客室洋館のステンドグラスも小品ながらとても美しい。そして個人的にお気に入りなのが、洋館の玄関入ってすぐの凹凸の型板ガラスにはめ込まれたブルーのガラスである。宝石のように多面体にカッティングされ、光の差し具合で様々に輝く。是非いちど現物を見ていただきたい逸品である。

　ステンドグラスの話ばかりになってしまったが、客室・食堂の洋室から、畳敷きの和室客間に連続する構成も絶品。特に和室から見る庭園は、どの季節に訪れてもとても美しい。庭園にある茶室や庭園も保岡の設計によるもので、統一性のある美学が感じられる。

　全体的に昔の人の体格に合わせてか、室内構成や調度品など全体的に小振りな作りになっているが、邸内を見学したり庭園を歩いてみると、それ以上の広がりを感じてしまうのが、旧山崎家別邸の凄さである。何度となくこの邸宅を訪問しているが、その度に新しい発見があるのが旧山崎家別邸の魅力だ。

　日々観光客でごった返している、蔵造り商家が多く建つ一番街通りから徒歩で2～3分にも関わらず、とても静まり返った印象が強い旧山崎家別邸。しかしその奥深さは同時期に建てられた、洋風邸宅とは一線を画す。りそなコエドテラスを訪れた際には、川越ゆかりの建築家が作り上げたこちらの邸宅にもぜひ立ち寄って、時間をかけてこの邸宅を満喫していただきたいものである。

◆旧山崎家別邸(東仙庵)

　◎設計：保岡勝也

　◎施工：印藤順造

　◎起工：大正13(1924)年6月

　◎竣工：大正14(1925)年10月

　◎構造：木造2階建て、一部鉄網コンクリート造

　◎所在地：埼玉県川越市松江町2-7-8

　　❖国指定重要文化財

　　❖国登録記念物名勝地

こちらは梅が開花して間もない2月の上旬に撮影。

★バルコニー

玄関わきのバルコニー。邸内にはここでポーズを決める、梨本宮・李王垠両殿下、朝香宮鳩彦王の写真が展示されている。

★旧山崎家別邸を北側から見る

写真右手に写る蔵は鉄網コンクリート造。関根要太郎の師匠である建築家・三橋四郎(1867～1915)と、実業家の川崎寛美(1863～1926)により共同開発されたもの。

その名の通り鉄網にコンクリートを塗ったもので、簡易的な防火建築として普及を目指したが、耐震性に問題があったため関東大震災後は殆ど採用されることがなかったという。そのような観点から見ても貴重な作品である。

一般見学は北側にある内玄関より。
★小川三知作「泰山木とブルージェイ」

　

アメリカでの修行経験を持つ小川三知作品。技法はアメリカンスタイルなのだが、デザインは日本的。
その下にあるステンドクラスは作者不明だが、小川三知作品に劣らぬ美しい作品。洋館玄関そばの型枠ガラスに嵌められたブルーのガラス。こちらも絶品。

階段の簡素な作りなどを見ると、この邸宅が大正時代に建てられた事を痛感させられる。

ここから洋館客室へ。

★別府七郎作・食堂ステンドグラス

小川三知とは色合が違うが、こちらも美しいステンドグラス。

和室客間から見る庭園は絶品。

庭を歩いているともう一つの保岡勝也作品・旧八十五銀行本店のドーム屋根が僅かながら確認できる。

そして旧八十五銀行本店を再生した〔りそなコエドテラス〕の展望デッキより。2階相当の高さという事もあり、旧山崎家別邸に植えられた木々しか見えず。

茶室も保岡勝也の設計によるもの。

一般公開される前は、近くの駐車場から木々の間から見える、旧山崎家別邸をこのような感じで見るのみだった。

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★参考文献・参考資料

「建築家　保岡勝也の軌跡と川越」川越市立博物館編、平成24年

「生き続ける建築　保岡勝也」内田青蔵氏著、INAX　Report、平成20年

「お屋敷散歩」内田青蔵氏著、河出書房新社、平成23年

「日本のステンドグラス　小川三知の世界」田辺千代氏著、平成20年、白揚社

★撮影・・・・2024年2月・5月