埼玉秩父市のちちぶ銘仙館(建築家・関根要太郎の故郷を訪ねる2024)

◆ちちぶ銘仙館

　・・・・昭和5年築、秩父銘仙の歴史を伝えるモダンな旧繊維試験場

　昨年秋の秩父三峯神社と秩父旧大滝村上中尾集落への訪問以来、頻繁に訪れているのが、当ブログの主人公である建築家・関根要太郎(1889～1959)の生まれ故郷である埼玉県秩父市である。4月上旬に秩父市東部にある羊山公園に桜(ソメイヨシノ)の花見へ行ったのは、前々回の記事で紹介させていただいたが、今度は同公園の南地区に咲く芝桜見物のため秩父へ訪れた次第だ。この半年で5回目の訪問である。

　今や全国的に有名になった秩父羊山公園の芝桜。今回は西武鉄道の特急電車〔Laview〕を事前予約していたので、順調に芝桜会場の最寄り駅である横瀬駅に着くことが出来た。

　時間帯が影響したのか、はたまたコロナウイルスの騒動以降、公共交通機関の利用を敬遠する人が更に増えたのか、特急電車はほぼ満員だったにもかかわらず、横瀬駅で下車する人はまばら。逆に駐車場へ向けて自動車の長蛇の列が出来ていたのは、昨年と同様の状態だった。駐車場へ辿り着くまでの時間も、相当掛かりそうな感じだ。

　肝心の芝桜だが若干見頃を過ぎた感じはあったが、今年も芝桜をたっぷり満喫させていただいた。このように秩父へ訪れると、帰り道にだいたい関根要太郎の実家である秩父館というかつての旅館や、秩父神社 に訪れるのだが、今回は趣向を変えて羊山公園そばの熊木町にある〔ちちぶ銘仙館〕を訪ねた。かつて秩父で全盛を極めた秩父銘仙を後世へ伝えるため、昭和5(1930)年に建てられた埼玉県繊維工業試験場秩父支場の建物を再生し、平成14(2002)年にオープンしたものである。

　古くから養蚕業や絹糸業が盛んだった秩父。それらの生産時に出荷できない繭を集めて作った〔太織：ふとおり〕は、丈夫なことから江戸後期に評判の品となったという。そして明治30(1897)年頃から、秩父から出荷された織物は〔秩父銘仙〕という名称で売り出されるようになり、大正から昭和に入ると〔解し捺染〕という手法で作られる、モダンな図柄の着物が評判となり、群馬県の桐生銘仙、伊勢崎銘仙、栃木県の足利銘仙、東京の八王子銘仙と並ぶ人気ブランドとして発展していく。

　なお大正半ばから昭和初期の新聞を見ていると、紙面下の広告欄に〔秩父銘仙〕の名が多く見られる。ちなみに以前国会図書館で函館の新聞記事を閲覧していたところ、丸井今井函館店の広告欄に秩父銘仙の売り出し広告を何度か見かけた。

　肝心のコピーだが他の記事をメインにコピーしたため、秩父銘仙の名が半分切れていたので今回は掲載を断念したが、秩父銘仙が全国的にヒットしていた事を痛感させられた貴重な記事の発見であった。

　秩父出身の建築家・関根要太郎は〔旅泊余滴：秩父の秩父館、日本建築士：昭和11年10月号〕 という手記の中で、近年の秩父の事を「素朴な田舎の都会も、今日ではネオンの光も輝いて、新時代の波は可なりな勢いで流れ込んで居る。曾ては泥合戦をした背戸の田甫や畑には、何々製糸工場の数々と秩父セメント工場まで出来て、煙突と無数の家が建ち塞がり、面目は全く一新されて終った」と記している。その頃に建てられたのが、現在〔ちちぶ銘仙館〕として使われている、埼玉県の繊維工業試験場だったのである。

　地元の棟梁により建てられたと伝わる埼玉県の繊維工業試験場、残念ながら設計者については明らかになっていない。建物はアールデコ調の大谷石の装飾が多用されていることから、20世紀を代表するアメリカ人建築家：フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright、1867～1959) 的な建築様式と紹介されることが多い。

　しかし外観はルネサンスやドイツ表現主義をごちゃ混ぜにした、モダン折衷様式と言ったところか。非常に味のありすぎる建築作品だ。

　昭和前半は全盛を極めた秩父銘仙だったが、化学繊維の台頭により衰退。埼玉県の繊維工業試験場も解体が検討されたという。しかし平成14(2002)年から秩父銘仙の伝統を後世に伝える施設としてリニューアルオープンする。筆者も幼少の頃から秩父で養蚕が盛んにおこなわれた事は知っていたが、秩父銘仙についてはこの頃初めて知った。

　また平成25(2013)年に秩父銘仙は、国の伝統的工芸品に指定されるなど、町の産業として復活しつつある。その発信拠点として使われているのが、ちちぶ銘仙館なのである。

　秩父というと長瀞や三峰山などの大自然を満喫できるスポットや、秩父神社や三峯神社、秩父札所などの寺社仏閣に注目が集まるが、さらに注目していただきたいのが秩父銘仙だ。古くも新しい秩父の名産物と、とても味のあるモダンな旧繊維工業試験場と共に注目していただきたいものである。

　僅か2週間の間で、すっかり木々の葉が成長し緑豊かになった秩父の自然と、秩父という土地が生んだ銘仙を満喫して帰途に就いたゴールデンウイーク直前の週末であった。

◆旧埼玉県繊維工業試験場秩父支場

　(現ちちぶ銘仙館、秩父織物協同組合)

　◎設計：不詳

　◎施工：不詳

　◎竣工：昭和5(1930)年9月

　◎構造：木造モルタル塗り、一部大谷石張り平屋・・・・本館部分

　◎所在地：埼玉県秩父市熊木町28-1

　　❖国登録有形文化財
★羊山公園より

秩父の人気スポットの一つ、羊山公園の見晴らしの丘より。木々に一部が隠れてしまっているが、写真中央やや左側に写る、ややオレンジ色の瓦が葺かれた横長の建物が〔ちちぶ銘仙館〕の本館、その手前にある黒瓦の建物が同館の旧試験棟である。そして写真右手に写る大規模な建物が、秩父市役所と秩父宮記念市民会館。その左手には毎年12月におこなわれる秩父夜祭のクライマックスの場所となる、団子坂や御旅所が見える。

★秩父織物のポスター

秩父銘仙(織物)のポスターのモデルは女優の若尾文子さん。建築家の故・黒川紀章(1934～2007)氏の夫人である。

本館後方はかつての繊維試験場。現在は展示資料室、機織り、染め物室、体験室などとして使われる。

ちちぶ銘仙館の廊下に展示してあった西武鉄道の特急電車〔Laview〕のポスター。女優の堀田真由さんたちが着ている着物が秩父銘仙。後方に写るのは秩父神社の本殿。

館内より武甲山を望む。

秩父銘仙の新聞広告。当時の新聞記事を見ると、秩父銘仙の広告記事を頻繁に見かける。

今では少なくなったが、秩父銘仙が全盛だったころ秩父の町にはこのような鋸型の屋根を持つ、繊維工場が多く建っていたという。

★秩父羊山公園の芝桜、2024
今年の芝桜は少し見頃を過ぎた感じ。昨年の秩父夜祭と同様にインバウンドの観光客の皆さんが多くいらっしゃったこの日の秩父だった。

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★参考文献・参考資料

「銘仙　大正昭和のおしゃれ着物」藤井健三氏監修、別冊太陽、平成16年

「ちちぶ銘仙館ホームページ」

「旅泊余滴　秩父の秩父館」関根要太郎氏著、日本建築士、昭和11年10月号

★撮影・・・・2023年4月、2024年4月