東京多摩市の旧多摩聖蹟記念館(建築家・関根要太郎作品再見2024)

◆旧多摩聖蹟記念館　・・・・昭和5年竣工の旧多摩聖蹟記念館にて、建築家・蔵田周忠展を見る

　3月に入りはまだ肌寒いものの、春らしい明るい陽気となった先週末、今年初めて東京都多摩市の旧多摩聖蹟記念館を訪ねた。当ブログでは長年に渡り紹介しているが、明治天皇が生前に現在の多摩市近辺を訪れた事を記念するために、土佐出身の旧宮内大臣で幕末は維新志士として活動した田中光顕(1843～1939)が中心となり、昭和5(1930)年に建てられたのが冒頭の写真でご覧いただいた旧多摩聖蹟記念館だ。　その設計を埼玉県秩父出身の建築家・関根要太郎(1889～1959)率いる、関根建築事務所が担当したのである。
　そして旧多摩聖蹟記念館では本年2月末から、大正末から昭和初期にかけて関根建築事務所のチーフデザイナーとして、関根要太郎の建築家活動を大きくサポートした蔵田周忠(くらたちかただ：大正末までは浜岡姓、1895～1966)に関する展覧会がおこなわれるそうなので、それを見学するため同館へ足を運んだ次第である。今回は蔵田が長年教鞭をとった武蔵工業大学の後身にあたる、東京都市大学の教授・岡山理香さんの監修のもと、昨年旧多摩聖蹟記念館に赴任した学芸員の方が設営されたとの事だ。派手さはないが、なかなか見応えのある企画展であった。
　蔵田周忠は山口県萩の出身。大正2(1913)年に東京築地の工手学校(現在の工学院大学)を卒業後、建築家・三橋四郎(1867～1915)の建築事務所に就職する。ここで三橋の建築事務所に在籍していた関根要太郎と知り合ったと言われている。　ちなみにこの頃、関根は東京蔵前の東京高等工業学校(現在の東京工業大学)の建築科に選科生として学んでいたので、学業の傍ら三橋事務所に出入りしていたのだろう。この頃の三橋建築事務所は、大阪心斎橋の石原時計店(大正4年築)など、ウイーン・セセッションなどの影響を受けたモダンな作品を、数多く制作していた時期だった。
　その後、蔵田は更なる向学心を抱き美術学校を受験するも不合格。受験に失敗し落ち込んでいた蔵田のために、人脈の広い関根が当時国内屈指の大建築事務所だった曾禰中條建築事務所の就職を斡旋したというエピソードは、故村松貞次郎氏(1924～1997)の著書〔日本建築家山脈、昭和40年〕に紹介されるなど、古くから広く知られた話である。曾禰中條建築事務所の勤務は大正9(1920)年頃まで続いたと想像される。
　曾禰中條建築事務所に在籍していた蔵田周忠であったが、関根との縁は切れる事はなく、大正8(1919)年7月には関根が世話人という形で、関根の実弟である山中節治(1895～1952)と共に東京銀座の建築用品店にて〔建築創画小図展覧会〕を開催。これは関根がこの数年前に立ち上げた、〔Мinerva Society：ミナーバ会〕という同人会の一環で企画された展覧会のようである。　蔵田と山中による建築展覧会の作品の写真や図面は残されていないが、当時関根・山中兄弟が不動貯金銀行の営繕組織〔日本勧業株式会社営繕部〕に在籍していた事もあってか、当時の出品リストを見ると銀行をテーマとした作品が幾つか出品されている。
　また世話人である関根要太郎、可愛い弟と後輩がおこなった建築展覧会の建築関連の雑誌における扱いが無かったとして、雑誌〔建築世界〕に「建築に関する定期刊行物の不信」なるコラムを発表。内容は無名で高学歴ではない建築家たちの試みを黙殺するのかという、怒り心頭のかなり切れまくった内容だった。更にこの記事を読んだ、建築世界のライバル誌である〔建築画報〕の記者が関根に噛みつき、当時の建築関連の雑誌上でちょっとした事件となってしまった。
　蔵田周忠はその後、更なる向学心を抱き山中節治と共に早稲田大学の建築学科に選科生として入学。山中節治についてはあまり語られる機会がないが、蔵田と同様にデザイン力を持った建築家で、同じ年の2人は大いに刺激しあう関係だったと想像される。　蔵田は大正10(1921)年には、東京帝国大学卒の若手建築家たちにより、大正9(1920)年に結成された〔分離派建築会〕に入会。この頃から建築ジャーナリズムでも活躍する、この時代を代表する建築家の一人となったのである。
　そして村松貞次郎氏の著書によると、蔵田は大正11(1922)年12月に関根建築事務所に加入したという。先の建築創画小図展覧会の時も紹介したように、蔵田の出品した作品に銀行をテーマにしたものがある事や、大正9(1920)年10月に竣工した岡山津田銀行本店の製図担当者一覧に、浜岡周忠(大正15年から蔵田姓を名乗る)の名が記されている事から、それ以前から関根の仕事を頻繁に手伝っていたと想像される。多くの著書では関根建築事務所には大正15(1926)年まで在籍したと紹介されるが、当時の作品を見ると昭和5(1930)年頃まで関根の仕事を手伝っていたと思われる。
　蔵田在籍時の関根建築事務所の作品は、それまでのユーゲントシュティールやセセッション、ルネサンス調の作風から更に進化し、ドイツ表現主義、モダニズムなどさらに最先端の作風を積極的に採用。当時関根建築事務所の最大のクライアントであった不動貯金銀行の幹部たちには、「カフェーみたいで品がない」と酷評されたそうだが、不動貯金銀行頭取の牧野元次郎(1874～1943)の理解もあり、モダンな銀行店舗を数多く制作する事が出来たのである。
　そしてこの頃の関根作品は、関根の人脈の広さと営業能力により設計の仕事を得たものが殆どであった。そしてこの当時、関根建築事務所最大の武器となっていたのが、蔵田が得意としたモダンな作風だったと筆者は想像する。　近年の建築評論では、蔵田が関根の建築事務所にモダンな作風を持ち込んだ事を大きく評価するものを幾つか見かける。しかしそのモダン路線のレールを敷いたのは、関根要太郎だった事は紛れもない事実ではないだろうか。
　語り始めるときりがない関根要太郎と蔵田周忠の関係。今回の企画展、蔵田が生前所蔵し現在東京都市大学に所蔵されている資料を中心に展示されているという。その中には関根要太郎に関する展示(関根・蔵田間の手紙、第三者から関根本人に充てられた手紙)なども展示されており、正直驚いた。そちらの展示については、機会があれば改めて紹介してみたい。今年の春は頻繁に旧多摩聖蹟記念館へ訪れる事になりそうな筆者である。
◆旧多摩聖蹟記念館

　◎設計：関根要太郎+蔵田周忠(関根建築事務所)

　◎施工：大倉土木株式会社

　◎起工：昭和4(1929)年10月12日

　◎竣工：昭和5(1930)年 6月26日

　◎構造：鉄筋コンクリート造平屋

　◎所在地：東京都多摩市連光寺5-1-1(都立桜ヶ丘公園内)

　　❖多摩市指定有形文化財(昭和61年指定)

　　❖東京都「特に景観上重要な歴史的建造物等」選定(平成14年付)

　　❖DОCОMО JAPAN選定　

　　　　日本におけるモダンムーブメントの建築(令和4年選定)

写真でご覧のように〔多摩聖蹟記念館と建築家蔵田周忠展〕は、本年(令和6年：2024年)の5月26日まで開催されている。入館料は無料。休館日については、旧多摩聖蹟記念館のホームページを参照して頂きたい。

公園の木々が落葉している季節という事もあって、多摩聖蹟記念館の木々の間からは奥多摩や秩父の山々も。関根要太郎の故郷である埼玉県秩父の武甲山の姿も僅かながら確認できた。

旧多摩聖蹟記念館入口すぐの見晴らし台より。写真右から武甲山、大持山をはじめとした秩父の山、川苔山、天目山など奥多摩の山も一望できる。

そして旧多摩聖蹟記念館から徒歩数分の〔ゆうひの丘〕より。関根要太郎の故郷である秩父武甲山、奥多摩の山々、筆者の育った北多摩地域や多摩湖・狭山湖・ベルーナドームかある狭山丘陵、少し場所を変えると日本百名山の一つである筑波山も見えた。

落葉の季節という事もあり、山を下った大栗川沿いからも旧多摩聖蹟記念館の円筒形になっている建物上部を確認できた。

更に道を聖蹟桜ヶ丘駅方面へと向かったバス通りでも、同様に旧多摩聖蹟記念館の姿を僅かながら確認。

旧多摩聖蹟記念館の最寄り駅である京王電鉄京王線の聖蹟桜ヶ丘駅にも、建築家・蔵田周忠展のチラシが掲示されていた。なお聖蹟桜ヶ丘の駅名は、多摩聖蹟記念館竣工から7年後の昭和12(1937)年に、それまで使われていた関戸という駅名より変更されたのだという。

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★参考文献・参考資料

「建築世界」大正8年9月号

「建築画報」大正8年8月号～12月号

「建築雑誌」大正10年4月号

「日本建築家山脈」村松貞次郎氏著、鹿島出版会、昭和40年

「日本の建築　明治大正昭和　10・日本のモダニズム」堀勇良氏著、三省堂、昭和56年

「ホームページ・分離派建築博物館」菊池潤氏製作、平成13年～

「生き続ける建築　蔵田周忠」大川三雄氏著、INAX Report、平成21年

関根要太郎の奥様・キヌさんからから伺った話、平成17年

★撮影・・・・2024年3月