埼玉県秩父郡旧大滝村立上中尾小学校(建築家・山中節治作品再見2024)

◆旧秩父郡大滝村立上中尾小学校

　・・・・昭和7年築、海抜700メートルの山間に建つモダンな木造校舎

　

　

　昨年の晩秋に訪れた埼玉県秩父市の三峯神社(三峰集落)と、その北西の位置する旧大滝村の上中尾集落。秩父出身の建築家・関根要太郎(1889～1959)の設計作品である秩父宮殿下三峯山御登山記念館(秩父宮台臨記念館、昭和6年築)と、長年筆者が関根とその実弟である山中眞三郎(1897～1977)が設計を手掛けたと推測している、旧大滝村立大滝小学校三峰分校(昭和32年築)を撮影後、約6年振りに三峯神社を参拝する。神社は平日にも関わらず長蛇の列だった。

　更に昼食をとるつもりだった奥秩父の山々の眺めが美しい食堂も、待ち時間30分以上との事。次の目的地に向かうバスの時間も迫っている事もあり、店頭で販売している〔みそポテト〕で昼食を済ませ、西武バスの停留所へ向かう。こちらも神社の参拝客と雲取山帰りと思われる登山客で、行き以上の混雑であった。

　そして途中の秩父湖というバス停で下車する。ちなみに同バス停の下車客は筆者のみ。ここから本格的なマニアックな旅の始まりである。

　そして休憩するライダーの皆さんを横目にバス停で待つこと数分、秩父のイメージキャラクター〔ポテくまくん〕のラッピングが施された、大型のワゴンカーがやって来た。これが旅の後半戦でお世話になる秩父市営バス(旧大滝村営バス)、旧大滝村の大滝温泉から川又という集落を結ぶ、秩父往還という旧道を走る1日5往復のローカル路線である。これで次の目的地である上中尾集落まで向かう。当初は若い頃のように急峻な秩父往還を歩こうとも考えたが、あの山道を思い出し今回は市営バスに頼ることにした。先ほどの超満員の西武バスとは一転、市営バスの乗客は筆者のみだった。

　その昔、早稲田大学の教授で多くの建築家たちを育てた、民俗学者で考現学の生みの親である今和次郎(1888～1973)は、自身の著書〔日本の民家、昭和29年〕の中で「秩父の三峯山から更に奥の方へ深く入って荒川の水源地にあたる所まで秩父の渓は深く深く入っている。秩父の山は勾配が頗る急なのが特徴である。で、水源地近いところでは、旧な勾配のままのところに村構えが出来る」と、秩父往還の大滝地区の事を記している。

　その著書の中で秩父往還の武州最後の関所がある栃本集落と共に紹介されているのが、冒頭の写真でご覧いただいたかつての小学校舎が建つ上中尾集落だ。

　旧秩父郡大滝村立上中尾小学校の歴史は古く、前身にあたる上中尾分教場の開校は明治6(1873)年のこと。明治43(1910)年には校舎を改築。更に昭和3(1928)年には運動場の拡張工事を実施している。そして昭和7(1932)年5月には校舎の新築工事が竣工。これが現存する旧上中尾小学校の校舎である。またこの当時この小学校は、分校というポジションだったにも関わらず、小学校の高等科を設置させるなど、子供たちの教育に関して上中尾集落は、とても熱心な地域だったという。

　一見すると山村に建つ素朴な木造校舎にも見える旧上中尾小学校。しかし秩父の山々に向かっていくように先が尖っていく造形の切妻屋根や、破風板を支える繊細な装飾が施された持ち送り、破風上のワンポイントの装飾、階段室の縦長のガラス窓、2階建ての屋根造形に対比するように設置された西側の平屋付属棟など、とてもシャープな出来栄え。

　赤いコンクリート瓦は竣工時からのものと考えられるが、竣工時の外壁はシルバーで基礎部は黒、窓枠は深緑の塗装が施されたという。今からは想像が付かないが、竣工時はとてつもなく派手な木造校舎だった訳である。

　

　とてもモダンな旧上中尾小学校の旧校舎。その設計を手掛けたのは、旧大滝村上中尾出身の建築家・山中節治(1895～1952)である。これまでも紹介してきたように山中は建築家・関根要太郎(1889～1959)の実弟で、兄・要太郎が母の実家がある秩父大宮郷で育ったのに対し、節治は父の実家である旧大滝村で育つ。また東京で建築家の卵として活動する兄・要太郎に憧れてか、10代半ばで上京。東京築地の工手学校(現在の工学院大学)で学び、大正3(1914)年に卒業している。更に大正9(1920)年には早稲田大学の建築学科に選科生として入学。この頃に今和次郎の知遇を得た訳である。

　そして節治は大正7(1918)年頃に兄・要太郎が在籍していた、不動貯金銀行の営繕組織〔日本勧業株式会社建築部〕に入社し、兄弟で共同設計を始める。デザイン力に非凡なる才能を持っていた節治は、20世紀初頭西欧で流行していた建築様式ユーゲントシュティールを好んでいた兄・要太郎の作品に更に幅を持たせ、とても充実したモダンな作品を兄弟で数多く制作していく。

　なお大正9(1920)年3月には、日本勧業会社の解散に伴い、兄・要太郎と共に東京銀座に〔関根建築事務所〕を開設。本業の不動貯金銀行の他にも、函館や東京などで数多くの建築設計を手掛ける事になった。

　山中節治は大正末に兄・要太郎の建築事務所を離れ独立。大正14(1925)年から節治が設計を手掛けた藤山邸内楽園貸住宅(東京白金台、現存せず)は、雑誌〔建築画報〕の表紙を飾るなど、この時代を代表する建築家として活躍していく。東京銀座に現存する鈴木ビルディング(昭和4年築)も、現在は東京都選定歴史的建造物に指定されるなど、山中の代表作とも言える作品である。この他に函館市駒場町にあった函館競馬場の先々代の観覧席(昭和5年築)も山中の設計作品だ。

　昨年秋は東京銀座の鈴木ビルに続き、奥秩父の山村に建つ山中節治設計の木造校舎を見学した筆者。山中の故郷である旧大滝村上中尾に残る木造校舎は、竣工後かなり改変されているがモダンな箇所も多く残る。約20年渡りこの校舎を使用していた養護学校の転居後、かなり痛みが激しくなっているのが気になるところだ。

　また近年、さいたま市に本部を置く玩具製造会社が、この建物を借り入れたようなので、今後の動向にも注目したい。後世に是非とも残して欲しいとても素敵な建築作品である。

◆旧秩父郡大滝村立大滝小学校上中尾分校～上中尾小学校

　◎設計：山中節治(山中建築事務所)

　◎施工：不詳

　◎竣工：昭和7(1932)年5月

　◎構造：木造2階建て

　◎所在地：埼玉県秩父市大滝1535

　　　　　　(旧埼玉県秩父郡大滝村字上中尾)

★旧上中尾小学校と秩父往還　

中山道の熊谷宿(埼玉県熊谷市)と甲州道の甲府(山梨県甲府市)を結ぶ秩父往還。今の国道140号線に相当する。その道は現代でも険しく、秩父鉄道の三峰口駅付近にある贄川宿(にえがわじゅく)辺りからは山間の道となる。

上中尾の海抜で約700メートル。この後、武州最後の関所・栃本を通過し、海抜2070メートルの難所である雁坂峠を超え、甲州へと向かう。

★旧上中尾小学校と奥秩父の山々

坂下約150メートルには荒川上流を堰き止めた秩父湖がある。そして対岸に見えるのは海抜1000メートルの秩父山脈の山。写真右側には奥秩父の名山の一つと言われる和名倉山(白石山、2036メートル)の一部も見える。素晴らしい山容の山であるが、登山道があまり整備されていない、かなりの上級者コースとの事だ。

こちらは15年前の平成21(2009)年10月に撮影したもの。この何か月前にこの校舎を使用していた養護学校が、旧大滝地区の光岩地区に建つ昭和9(1934)年築の木造校舎へ移転し、空き家になって間もなくの頃だった。玄関上の縦長になっているガラス窓は、山中節治らしいモダンな出来栄え。

★竣工当時の上中尾小学校

雑誌「建築画報」に掲載されたもの。当時のクレジットを見ると、外壁の下見板には銀色と黒のペンキが塗られ、窓枠は深緑で縁取られていたという。

そしてそれと同時に発表された上中尾小学校の設計図。シャープな屋根の造形がモダンな雰囲気を醸し出す。

❖図版・・・・「建築画報」昭和7年9月号

★上中尾小学校寄宿舎(設計：山中節治、昭和12年築)

大滝村は広域で急峻な地形のため通学困難の児童が多くいた。それを解消するために建設されたのが、寄宿舎付きの校舎。現在の上中尾集落の高台に建設されたという。設計は山中節治、施工は秩父の丸岡工務店(現丸岡設計)が担当している。

❖図版・・・・「あゆみ、上中尾小学校」大滝村教育委員会編、昭和56年

★秩父国立公園記念館：三峯神社講和記念館(設計：山中節治、昭和26年築)

秩父三峯神社、現在は興雲閣が建つ場所に建設された大食堂を含む、神社の保養施設。

山中節治の設計により建設は始まったが、節治が胃癌に罹ったため兄の関根要太郎と弟の山中眞三郎が仕事を引き継ぎ竣工に至ったという。

❖図版・・・・「大滝村要覧」昭和29年秩父国立公園記念館の跡地。現在は興雲閣が建っている。

赤いコンクリート瓦は、竣工当時からのものと想像される。
上4枚は平成21(2009)年10月撮影。

★上中尾小学校閉校記念碑

現在は立ち入りが禁止されている上中尾小学校のグラウンド。正門に入ってすぐの場所にあるのが上中尾小学校の閉校記念碑。

こちらの碑文の書を担当されたのが、上中尾小学校の校長を務めておられた山中義一さん(故人)。今から20年前に大滝村の教育委員会の方の紹介により、上中尾小学校と地域の歴史を色々とご教示していただいた恩人である。その後、義一先生の奥様の紹介により、関根要太郎の姪であるEさんと会う事が出来た。達筆な字の義一先生のお手紙を、筆者は今も大切に保管している。

上中尾の秩父往還沿いには、栃本や麻生に比べると少ないものの、地域の歴史を物語る旧跡が幾つか残されている。

★旧大滝村上中尾・山中家住宅

上中尾の山中家本家。母屋と附属する洋館を山中節治、もしくは弟の山中眞三郎(1897～1977)が手掛けたという話を、山中義一さんや地元の方から伺ったが詳細は不明である。

今回の上中尾訪問で、偶然にも山中義一先生の墓を見つけることができ、義一先生夫妻の墓前に手を合わせることが出来た。

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★参考文献・参考資料

「あゆみ　上中尾小学校」大滝村教育委員会編、大滝村、昭和56年

「大滝村要覧」大滝村編、大滝村、昭和29年

「日本の民家」今和次郎氏著、相模書房、昭和29年

「山中義一さんのお話」平成15年～平成16年

「日本近代建築人名総覧」堀勇良氏著、中央公論新社、令和4年

★撮影・・・・2009年10月、2023年11月