埼玉県・秩父宮殿下三峯山御登山記念館(建築家・関根要太郎作品再見2023)

◆秩父宮殿下三峯山御登山記念館

　・・・・昭和6年築、秩父宮殿下の三峯神社登山を記念して建てられた和風建築

　かれこれ1ヶ月前の話になってしまうが、秩父夜祭がおこなわれる先週にあたる11月下旬に、埼玉県秩父市の三峯神社(三峰山)と旧大滝村の上中尾集落を訪ねた。今回の目的は埼玉県秩父市の出身の建築家・関根要太郎(1889～1959)、関根の実弟で旧大滝村上中尾集落出身の建築家・山中節治(1895～1952)、建築家・山中眞三郎(1897～1977)兄弟の現存する諸作品を見るためである。三峯神社は6年振り、旧大滝村の上中尾集落に至っては14年振りの訪問であった。

　近年は首都圏を代表するパワースポットとして多くの人が訪れる三峯神社(三峰山)。筆者が子供の頃は、秩父鉄道の終点・三峰口駅から西武バスに乗って大輪というバス停から、秩父鉄道が経営するロープウェイに乗って三峰山まで比較的気軽に行けたが、平成19(2007)年に老朽化を理由にロープウェイは廃止。

　現在は西武秩父駅から三峯神社下まで直通する急行バスが運行されているが、急峻で曲がりくねった山道を1時間半ちかく揺られるという、日帰りながら長旅をしたような気分になる行程となっている。

　この日は池袋より西武鉄道の朝一番の特急電車に乗り、終点の西武秩父駅で下車。約1時間西武秩父駅前のバス停で、三峯神社行きのバスを待つ。ちなみに西武秩父駅とその周辺は、かつて関根要太郎の出身校・秩父郡立農学校(現埼玉県立秩父農工科学高等学校)があった場所である。

　この日は飛び石連休の間日にあたる平日だが、バス出発間際にはバス待ちの人の列は、駅改札近くまでの相当数となっていた。一時の大ブームは去ったと思っていたが、相変わらずの三峯神社の人気を痛感させられたこの日の訪問であった。

　1時間半に渡る超満員のバスの旅を終えた筆者は、バス停から三峯神社へ向かう人たちの列を背に、神社から少し坂を下った場所にある三峰集落に残る木造の小学校分校舎を撮影後、改めて三峯神社へと向かった。観光ポスターなどで有名な、独特な形をした三つ柱鳥居のすぐそばに、今回の三峯神社訪問の目的とした建築作品が建っている。それが秩父宮殿下三峯山御登山記念館(秩父宮台臨記念館)。昭和6(1931)年に、関根要太郎率いる関根建築事務所の設計により3年の工期を経て竣工したものである。

　この建物の建設の経緯について改めて説明すると、大正14(1925)年の5月11日から12日におこなわれた、秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう、1902～1953)の三峯神社訪問を記念して、その同行者であった関根要太郎の設計が担当する事になった。

　ちなみに昭和8(1933)年8月15日の秩父宮殿下夫妻が三峯神社へ訪問された際には、この記念館は2人の宿泊場所として使われたという。長らく皇室関連の施設という事もあり、その存在は伏せられた感が強かったが、当時芝浦工業大学の建築工学科に在籍していたTさんの熱意溢れる活動の甲斐もあり、令和5(2023)年の3月には埼玉県の有形文化財に指定されている。

　大正14(1925)年の秩父宮雍仁親王の秩父三峯山登山に同行するという光栄を賜った、秩父出身の建築家・関根要太郎。その切っ掛けは、大正13(1924)年に結成された、皇室専用のスキー倶楽部〔六華倶楽部〕に、平民で決してエリート街道を歩んでいた建築家にも関わらず、関根は皇室専用のスキー俱楽部の入会に成功。現在の山形県米沢市・五色温泉にあった、宗川旅館内(令和2年閉館)に建てられる事になったスキー俱楽部のクラブハウスの設計を、関根要太郎率いる関根建築事務所が引き受けることになり、大正13(1924)年秋にモダンな装いな木造ロッジ風の建物を竣工させている。

　そしてその年の暮れには、秩父宮殿下と高松宮宜仁殿下(1905～1987)が五色温泉を訪問。新築間もないクラブハウスを拠点にスキーを楽しまれ、そこに関根が同行する光栄を賜った。ここで秩父宮殿下と関根は親交を深めたようで、翌年5月の秩父三峯山登山の同行者に選ばれる事になったのである。

　ご遺族のお話によると生前の関根はとても社交的な性格だったとのこと。そのような関根の魅力が伝わる、青年建築家と若宮のエピソードではないかと思う。

　秩父宮殿下三峯山御登山記念館(秩父宮台臨記念館)は、大正14年の秩父宮殿下の三峯神社登山の同行者であり、六華倶楽部のメンバーでもあったアルピニストの牧有恒(1894～1989)と、海軍大将・黒井悌次郎(1866～1937)が土地の選定を実施。そして三つ柱鳥居そばの土地が建設地として決定し、昭和3(1928)年の6月から、秩父川瀬祭りの屋台や秩父神社神門の施工を手掛け、秩父一の棟梁と謳われた丸岡治助率いる丸岡工務店が施工を担当し、昭和6(1931)年の8月に竣工した。

　約3年の建設期間を経て竣工した秩父宮殿下御登山記念館は、20世紀を代表する世界的建築家：フランク・ロイド・ライトを彷彿とさせる水平線を強調したモダンデザインを基調としつつも、細部意匠は和風の作りである。なおこの頃から関根は住宅建築では、純和風建築を好んで製作するようになった。

　また秩父宮殿下をはじめとした訪問を想定して、館内調度品は三越の家具で纏め、庭園は埼玉出身の林学博士で数々の都市公園の計画をおこなった本多静六(1866～1952)が設計を手掛けている。

　

　この作品は関根要太郎の案をもとに、この当時関根建築事務所のチーフデザイナーを務めていた蔵田周忠(1895～1966)が実施設計に至ったと想像される。この同時期に関根建築事務所の設計により明治天皇の多摩地域訪問を記念し建てられた、旧多摩聖蹟記念館(東京都多摩市、昭和5年築)のモダンデザインと対比すると、とても落ち着いた装いの秩父宮殿下三峯山御登山記念館。共に地域の宝として、長く生き続けて欲しい美しい建築作品である。今回は敷地外から撮影した幾つかの写真をご覧いただきたい。

❖冒頭の図版・・・・筆者所蔵絵葉書より

◆秩父宮殿下三峯山御登山記念館(秩父宮台臨記念館)

　◎設計監督：関根要太郎(関根建築事務所)

　◎製図主任：蔵田周忠(関根建築事務所)

　◎現場主任：須藤和雄

　◎庭園設計：本多静六

　◎施工：丸岡治助(丸岡工務店)

　◎起工：昭和3(1928)年6月1日

　◎竣工：昭和6(1931)年8月25日

　◎構造：木造平屋

　◎所在地：埼玉県秩父市三峰298

　　❖埼玉県指定有形文化財

三峯神社行きバスの終着地である三峰山駐車場から、歩いて間もなくにあるのが有名な三つ柱鳥居。写真左奥に関根要太郎の設計作品：三峯山御登山記念館は建つ。

三つ柱鳥居を左側にある秩父宮三峯山博物館の右側に、秩父宮三峯山御登山記念館(秩父宮台臨記念館)は建つ。以前はここから記念館かがよく見えたが、近年は木々が生い茂り建物は僅かながらしか確認できない。なお下3枚の写真は今から14年前の平成21(2009)年10月に撮影した写真。

参道からも秩父宮台臨記念館の建物の後ろ姿が確認できる。

★竣工当時の秩父宮殿下三峯山御登山記念館の写真と設計図

　

近年建物の痛みが激しいが、外観に関してはほぼ竣工時の姿をとどめている事が分かる。芝浦工大の卒業生Tさんから寄贈していただいた、彼女の卒業論文内に掲載された館内写真によるとこちらに関しても、竣工時の姿をほぼ留めているようである。

❖図版・・・・「日本建築士」昭和7年5月号
★六華倶楽部(設計：関根要太郎+蔵田周忠、山形県米沢市、大正13年築)

本文でも紹介たように米沢五色温泉の宗川旅館内に建設された、皇室専用のスキー俱楽部のロッジ。この設計を関根要太郎率いる関根建築事務所が担当した。表現主義の影響が色濃く出た、大正期らしいモダンな作品。

❖図版・・・・「建築画報」大正14年1月号

こちらの画像は米沢市のフリー画像素材を使わせていただいた、解体寸前の六華倶楽部。

建物の部材は仙台在住の医師・K氏が部材を譲り受けたそうだが、その後の詳細は不明。何かしらの形で復元して頂きたい素敵な建築作品である。

❖図版・・・・米沢市ホームページ

★三峯山登山当日の秩父宮雍仁親王と関根要太郎をはじめとした一行

こちらは関根要太郎のご遺族からお借りした写真。三峯山の奥宮である妙法ヶ岳(1329メートル)で撮影されたもの。

写真左3枚目の眼鏡をかけた人物が秩父宮殿下。軍服姿の人物が岡大尉、その右隣のスーツにゲートル姿の人物が当時35歳の関根要太郎、その右隣が秩父宮殿下のアルプス・マッターホルン登山に同行したアルピニストの牧有恒(1894～1989)。

★秩父神社で撮影された関根建築事務所の集合写真

こちらは山中節治のご遺族からお借りしたもので、関根の故郷てある秩父神社で撮影されたもの(後年神社前の敷地が改修され、現状は異なる)。写真中央の足を組んだ人物が関根要太郎で、その左隣の傘を持った人物が山中節治、その左の眼鏡をかけた人物が蔵田周忠と想像される。

各人菊の紋章を付けている事や、その風貌から想像するに、大正14年に秩父宮殿下が秩父に訪問した際に、撮影されたものと推測される。

西武鉄道の観光ポスターより。このポスターにも僅かながらではあるが、関根要太郎設計の秩父宮台臨記念館が写っているのである。

★奥宮遥拝殿

先にも紹介した秩父宮殿下も訪れた三峯神社の奥宮・妙法ヶ岳(1329メートル)。

ここからは奥宮の他、麓の秩父小鹿野や両神も一望できる。このすぐそばには神社の表参道が通るが、かなりの急峻な道である。

三峯神社はこの日も大混雑。本殿前には参拝者が列をなしていた。

★日本武尊象(法元六郎作、昭和45年鋳造)

三峯神社をはじめ、武甲山など秩父でも多くの伝説を残す日本武尊の銅像。

作は鹿児島出身で、長らく埼玉県加須市に在住・活動していた彫刻家：法元六郎(ほうかろくろう、1908～2004)。銅像の建設に際しての記念碑には、関根要太郎、山中節治、山中眞三郎兄弟の親類にあたる人物の名も見受けられた。

***********************************************************★参考文献・参考資料「秩父宮殿下三峯山御登山記念館に就いて」関根要太郎氏著、日本建築士・昭和7年5月号「生い立ちから今日まで」関根要太郎氏著、昭和11年、私家版「秩父宮雍仁親王」秩父宮を偲ぶ会、昭和45年「私の山旅」牧有恒氏著、昭和43年、岩波書店「スキー家の宿」関根建築事務所：浜岡(蔵田)周忠氏著、建築画報、大正14年1月号「蔵田周忠生誕百周年」武蔵工業大学卒業生同窓会、蔵田周忠先生生誕百周年の会、武蔵工業大学、平成9年「関根要太郎の建築作品について　秩父宮台臨記念館に関する研究1」芝浦工業大学：Tさん卒業論文、平成30年ほか★撮影・・・・2009年10月、2023年11月