栃木県栃木市の栃木病院(大正モダン建築探訪)

◆栃木市万町の栃木病院

　・・・・大正2年築、蔵の町・栃木の裏通りに建つ瀟洒な洋館

　本年の文化の日に訪れた栃木県宇都宮市と栃木市。宇都宮市内では建築家・関根要太郎(1889～1959)の設計作品である、不動貯金銀行宇都宮支店(大正6年築)の跡地を撮影後、地元産の大谷石の外壁が美しい二つの教会を見学。その後東武宇都宮線に乗り、東武東上線のときわ台駅舎(昭和10年築)と瓜二つのデザインの、南宇都宮駅(旧野球場前駅、昭和7年築)を見るため同駅で途中下車。そして次の各駅停車の電車に乗り、終点の新栃木駅で下車した。

　栃木は昨年の秋に続き約1年振りの訪問。前回は栃木市を代表する歴史的建造物である横山郷土館(旧横山邸、旧栃木共立銀行、明治40年築～大正7年築)と、市立の文学館としてリニューアルオープンしたばかりの、旧栃木町役場(大正10年築)を見るために、どちらかと言うと最寄りにあたる栃木駅から下車したが、今回は昨年訪れる事が出来なかった場所を巡るために、栃木駅の1駅隣にあたる新栃木駅から下車した次第である。しかし新栃木駅の到着時間は午後3時過ぎ。11月の日差しは既に西に傾きつつあり、少し早足で栃木の旧市街地へと向かう。

　筆者夫妻と同様に栃木へ観光に訪れたであろう、シニア世代と思われるファッションセンス抜群の、素敵なご夫妻の軽快な歩きに負けないよう懸命に歩くこと徒歩数分、栃木市旧市街地のメインルートである日光例幣使街道(にっこうれいへいしかいどう)へ入る。

　この街道は江戸初めに、日光東照宮に神への供え物を奉献するための朝廷の勅使や、日光参拝の西国諸大名を通すために、中山道の倉賀野宿(群馬県高崎市)から日光へ整備された脇街道で、栃木は巴波川(うずまがわ)の水運と共に街道の宿場町として大いに賑わったそうである。

　それを象徴するように日光例幣使街道沿いの嘉右衛門町には、多くの豪商の民家が幾つか残されており、国の伝統的建造物保存地区に指定されている。前回は嘉右衛門町に入って間もなく日没時間になり、スタートの栃木駅へと折り返した訳である。

　埼玉県の川越市、千葉の佐原と共に、関東三大蔵の町(小江戸)と呼ばれる栃木市。文化の日にも関わらず嘉右衛門町で見かけた観光客は、ここまで筆者夫妻を先導してくれたシニア世代のご夫妻に、ディープな歴史の話を交わす若いカップルと筆者夫妻のみ。都心から距離がある事も影響しているのか、少し寂しい夕暮れの栃木市嘉右衛門町であった。

　この二組のカップルと別れるように、嘉右衛門町の日光例幣使街道そばを流れる巴波川の橋を渡り、例幣使街道脇の一般道を歩く。更に県道を横断し巴波川から東方面を眺めると、塔屋を持つ複雑な屋根の造形を持つ洋館が見えてきた。これが今回の栃木市訪問で見たかった、栃木病院の旧館である。昨年の訪問では夕暮れ時で満足な写真が撮れなかった事もあり、今回こちらへ再訪したが、前回と同様の時間帯になってしまい、似たような写真になってしまった。

　さて万町(よろずちょう)に建つ栃木病院の旧館、玄関脇に設置されている案内板によると大正2(1913)年竣工との事。当時医院長を務めていた粟田口留三が横浜方面の建築家、または栃木高校講堂の設計者に依頼して完成したという。

　ちなみに栃木高校、栃木病院から徒歩数分の入舟町にあり、明治43(1910)年に竣工した講堂が構内に現存しているという。しかし写真を見ると木造下見板張りという以外は、作風に殆ど共通項が見られないので、その可能性は低いと思う。

　外壁に木骨を露出させたハーフティンバー構造は繊細な作りで、塔屋や屋根の複雑な造形、切妻と入母屋になっている建物の両翼部分など、デザイン的にはかなり凝ったものだ。そのような出来から察するに、説明文に記載されている横浜の建築家を招聘したという可能性の方が、かなり高いのではないかと思う。町名を医院の名前に冠している事でも分かるように、町随一の病院だっただろうから、当時の医院長が横浜や東京から腕の良い建築家に、新館の設計を依頼したのは十分あり得る話である。

　そして栃木病院の旧館、全体的には大正初期にセセッションやユーゲントシュティールが入る以前の、日本国内におけるモダンムーブメントの先端を走っていたようにも思える出来栄えだ。ハーフティンバーの木骨のデザインに若干ではあるが、アール・ヌーヴォーの影響を感じられるのも、1910年代前半竣工の建物ならではのものだ。

　そのセンスとスタイルの良さは、この数年後に完成した入舟町に建つ旧栃木町役場(設計：堀井寅吉、大正10年築)に勝っている。館内の調度品も気になるところだ。

　栃木市の日光例幣使街道の脇道に建つ、瀟洒な洋館・栃木病院旧館。比較的裏通り的な場所に建つも関わらず、表通り(蚤の市通り)からも目立つようで、先ほどは筆者の先を歩いていたご夫妻もこの病院を見つけたようで、色々な角度から大正モダンなこの洋館を撮影していらっしゃった。その後は旧栃木町役場を1年ぶりに見学し、日暮れの巴波川沿いを歩き帰途についた。充実した秋の日帰りの旅であった。

◆栃木病院(医療法人杏林会栃木中央クリニック)

　◎設計：不詳

　◎施工：不詳

　◎竣工：大正2(1913)年

　◎構造：木造2階建て

　◎所在地：栃木県栃木市万町13-13

　　❖国登録有形文化財

巴波川より栃木病院の旧館を見る。

★栃木市嘉右衛門町(日光例幣使街道)
本文でも紹介した栃木市旧市街地の北部に位置する嘉右衛門町。国の伝統的建造物群保存地区に指定されている。街道は緩やかなカーブを描いており、独特な町の景観を醸し出す。近年では歴史的建造物の保全復元工事が多くおこなわれており、その幾つかは新築のような姿へと蘇っている。

栃木と言えば巴波川。旧市街地の一部では整備がおこなわれ、美しい景観を形成している。

夕暮れ時の巴波川。

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★参考資料

「ウィキペディア：日光例幣使街道」

「栃木市ホームページ」

★撮影・・・・2022年10月、2023年11月