栃木県宇都宮市の東武鉄道南宇都宮駅(昭和モダン建築探訪)

◆東武鉄道南宇都宮駅

　・・・・昭和7年竣工、宇都宮の郊外に建つアールデコ調のモダン駅舎

　今年の文化の日に訪れた栃木県宇都宮市。建築家・関根要太郎(1889～1959)の設計作品：不動貯金銀行宇都宮支店(大正6年築)の跡地を撮影した後は、カトリック松が峰教会(設計：マックス・ヒンデル、昭和7年築)と、日本聖公会宇都宮聖ヨハネ教会(設計：上林敬吉、昭和8年築)という二つの教会を時間をかけてたっぷり見学した。共に地元宇都宮で採掘された大谷石を、外壁や内装にふんだんに用いた美しい聖堂で、遠路はるばるこの町に来た価値がある充実の建築作品だった。

　宇都宮訪問後はあわよくば日光に少しだけ寄ってみようとも思ったが、時間は既に昼過ぎ。そういう事で当初の予定を変更し、東武宇都宮線に乗って、蔵造り商家の町として有名な栃木県栃木市に約1年振りに立ち寄ることにしたのである。

　つい最近まで地下鉄日比谷線乗り入れ専用電車として使われていた電車をリニューアルした、東武鉄道の車両にしては珍しく乗り心地が良く、清掃が行き届いた20000系電車に乗ること約数分、お隣の南宇都宮駅で途中下車した。

　都会の駅ではすっかり見かけなくなったレトロ感溢れる構内踏切を渡り、タッチ式の簡易改札を抜け駅前のロータリーから駅舎を眺める。拙ブログで5年前に紹介したように、南宇都宮駅は東武東上線のときわ台駅(東京都板橋区、昭和10年築)と瓜二つな装いの兄弟建築とも言えるもので、その実物を以前から見てみたかった訳である。近年は老朽化が著しかったそうだが、令和3(2021)年には大規模リニューアル工事が実施され、ご覧のように美しい姿へと蘇っている。

　東武宇都宮線の開業は昭和6(1931)年8月で、南宇都宮駅の開設はそれより8ヶ月遅れる事の昭和7(1932)年4月の事だという。当時栃木県や宇都宮市の関係者の働きかけにより、宇都宮常設野球場が建設され、昭和7年の4月にオープン。それに合わせてこの駅が開業したという。

　当初、南宇都宮駅は〔野球場前駅〕という名称だったそうだが、昭和8(1933)年に今の駅名に改称されている。なお野球場は駅から程近い市立宮の原小学校が建つ場所にあったそうで、昭和9(1934)年の日米野球ではここで試合がおこなわれたそうである。

　南宇都宮駅の建物構成は左手に寄棟屋根部分を改札として使い、その右手を事務所や駅員詰所に充てている。また建物の多くに地元栃木産の大谷石を使い、寄棟部分をはじめとした細部装飾にアールデコ調の影響が感じられる。なお東武鉄道の郊外駅のホームや施設などには、大谷石や深海岩など栃木産の石が多く用いられているので、東武線をご利用の際はそちらにも注目していただきたい。また南宇都宮駅の全体的な出来栄えは、この時代官庁建築に好んで多く用いられた帝冠様式の影響も感じられる。東洋的な味が色濃く出たデザインではないかと思う。

　ちなみに令和2(2020)年におこなわれた駅舎の大規模改修工事は、往時の姿に限りない状態での復元がおこなわれたという。

　南宇都宮駅の改修設計は、東京四谷に事務所を置く〔オー・エヌ・オー大野設計〕が担当。この建築事務所は南宇都宮駅の弟分にあたる東武東上線のときわ台駅の改修工事設計をはじめ、東武鉄道の駅舎や諸施設の設計や施設デザインを多く手掛けているそうである。モダンからレトロまで、様々な施設を手掛けている会社のようだ。

　昭和7(1932)年の春に栃木初の本格的野球場、宇都宮常設野球場の最寄り駅としてオープンした野球場前駅(現南宇都宮駅)。しかしその駅舎が野球場側ではなく、その反対の北側方面に向いているのは不思議なところ。その謎解きは駅舎から広がる放射状に延びる数本の道路と、駅舎を囲むように緩やかに弧を描く2本の曲線道路にあるのではないかと思う。つまりこの当時東武をはじめとして諸関係者は、ここに宅地開発を計画し、この洒落た駅舎を建てたのではないだろうか。

　周辺に高層の建物が建ってないこともあり、昔日のときわ台駅もこんな落ち着いた雰囲気だったのかなと想像してしまった筆者。駅舎を囲むように多くの自家用車やマイクロバスが停まっているのも、今どきの地方の鉄道駅といった図式であった。

　しかし乗降客が少ない駅にも関わらず、この駅舎の歴史的価値を認め、改修をおこなった東武鉄道の英断については素直に称賛したい。掃除の行き届いていないかなり汚れ切った車両に、スカイツリーとSLの押し売りで、個人的には食傷気味な印象の東武鉄道だが、この会社の歴史の重みをひしひしと感じた訪問であった。

◆東武鉄道南宇都宮駅(旧野球場前駅)

　◎設計：不詳

　◎施工：不詳

　◎竣工：昭和7(1932)年4月17日

　◎改修：令和2(2020)年11月20日

　◎改修設計：株式会社オー・エヌ・オー大野設計

　◎改修施工：東武建設株式会社

　◎構造：木造モルタル塗り、一部外壁大谷石貼り平屋

　◎所在地：栃木県宇都宮市吉野2-8-23

東武のリニューアル電車・20000系電車と共に。この向こうに数本の放射状の道路と、2本の半円形の道路が駅舎を囲むように設置されている。
やや緑がかったブルーの瓦も2年前の改修に際し、葺かれたもの。当時の瓦はこのような色だったという。東上線のときわ台駅もこのような色の瓦が採用された。

外壁の多くは大谷石を使用。軟石で耐久年数が短い事もあり、その多くは新しいものへと貼りかえられたようだ。

文化庁の日本遺産の一環として南宇都宮駅は改修・復元工事がおこなわれた。

駅前の開設版を再び。
上野松坂屋の看板。宇都宮まで一旦出て東北線(JR宇都宮線)経由で行くか、栃木・浅草を経由して東武線で行くか、かなり悩む南宇都宮駅の位置関係である。

駅舎側面は、弟分のときわ台駅とは若干作りが違っている。

駅構内にも大谷石に関する説明版が設置されていた。

駅前付近には戦後まもなくに建てられた大谷石の倉庫がある以外、古い建物は殆ど建っていない。

★東武鉄道20000系電車

近年、東武伊勢崎線(スカイツリーライン)の地下鉄日比谷線乗り入れ専用電車をリニューアルし、東武宇都宮線用にしたもの。栃木はいちごの名産地という事もあり、つり革から椅子、ラッピングまでいちご仕様の電車も走っていた。メンテナンスや清掃を怠り、最新の電車でもすぐに朽ち果てさせてしまう東武鉄道という事もあり、今後が気になるところである。

********************************************************★参考資料「東武鉄道ホームページ」『株式会社オー・エヌ・オー大野設計ホームページ」「ウイキペディア、東武宇都宮駅・宇都宮常設野球場・大谷石ほか」★撮影・・・・2023年11月3日