不動貯金銀行宇都宮支店(建築家・関根要太郎作品研究)

◆不動貯金銀行宇都宮支店

　・・・・大正6年築、宇都宮の商業地・大工町にあった関根要太郎作品

　明治末から大正初めにかけて、建築家・三橋四郎(1867～1915)が主宰する三橋建築事務所勤務ののち、三橋事務所での報酬を元手に東京浅草区蔵前の東京高等高等工業学校(現在の東京工業大学)の建築科に、選科生として約1年学んだ埼玉建築秩父出身の建築家・関根要太郎(1889～1959)。大正3(1914)年7月に同校の選科生修了(卒業)後は、東京新橋に事務所を構える日本建築株式会社にて勤務を始める。

　以前にも紹介したように日本建築株式会社は、東京芝大門に本店を置く不動貯金銀行の店舗営繕(支店・代理店建設)を目的に開設された建築事務所で、ここで関根は同社の店舗設計を手掛けるようになった。

　当初は助手的なポジションで同行の店舗営繕に携わっていたようだが、徐々に頭角を現すようになり、当時の建築雑誌を見ると不動貯金銀行静岡代理店〔建築画報：大正6年1月号〕をはじめに多くの関根作品が、〔建築世界〕〔建築画報〕といった大衆向けの建築誌に発表される事になった。

　それ以降関根設計による不動貯金銀行の支店・代理店の店舗は、大正6(1917)年で例にとると、鹿児島代理店〔建築世界：大正6年6月号、大正6年6月号・10月號〕上野支店〔東京、建築世界：大正6年6月号〕、岡山支店〔建築世界：大正6年7月号・8月号、建築世界：大正6年10月号〕などの竣工写真、設計図などが相次いで紹介された。なおこの頃、日本建築株式会社は親会社である不動貯金銀行の組織改編により、日本勧業株式会社建築部に改称されている。

　特に建築世界では長年に渡り関根作品が紹介されていくのだが、建築世界の創刊者の一人が関根の師であった三橋四郎だった事も影響していると考えられる。しかしセセッションなど当時最新の建築スタイルを取り入れた、粗削りながら若々しさを感じる作品が当時の建築誌の関係者たちに気に入られたのだろう。

　そして関根作品の第5作目として〔建築世界：大正7年1月号〕に発表されたのが、不動貯金銀行宇都宮代理店だったのである。住所は大工町53番地、現在で言うところの大通り1丁目3番地付近に建っていたようだ。

　なお冒頭にご覧いただいた画像は、竣工記念を祝し関係者に配られた絵葉書である。その後、宇都宮代理店の業績は順調だったようで、大正9(1920)年1月に支店に昇格。昭和20(1945)年5月15日に国策により、他の貯蓄銀行と合併し日本貯蓄銀行(のちの協和銀行)が誕生、同社の宇都宮支店として継続して使われていたようだが、7月12日に市内の大半を焼く宇都宮大空襲に遭い、この空襲で店舗は焼失したと考えられる。なお戦後になり宇都宮市は道路拡張などの区画整理がおこなわれ、その際に関根設計の店舗も解体されたと想像される。

　関根要太郎が28歳の時に竣工した、不動貯金銀行宇都宮代理店。当時の仕様書が残されていないため明確な事は言えないが、宇都宮代理店より2年数か月後に竣工した函館海産商同業組合事務所(大正9年築)から推測するに、構造は木造2階建て。外壁にモルタルを塗り茶褐色のタイルを貼ったようである。

　基礎部には天然石、玄関付近の装飾はテラコッタを用いたと想像される。なお建物上ペディメント下に配置された丸型の装飾は、設計図によると英文字による店舗名のレタリングが入れられる予定だったが、実現せずこのような形態になったようだ。

　長年に渡り関根要太郎ファンをしている筆者の感想から言うと、雑誌〔建築世界〕〔建築画報〕に発表された過去作品と比べると、この宇都宮代理店はプロモーション的に今一つ冴えない出来栄え。しかし少し膨らみを窓上下の造形や、建物両側の軒蛇腹などの細部造形に、更に華やかさを増す後の諸作品の登場を予感させる。なお柱頭飾りのデザインは、当時の関根作品に多く用いられていたもので、セセッションやユーゲントシュティール調のモダンな作風に、銀行建築の重厚さ加える狙いがあったと想像される。

　この宇都宮代理店、一見すると地味な出来栄えである。しかし新たな試みを感じさせる意欲作ではないかとも考えられる。なお記事後半には、デザイン的に類似する当時の関根作品も幾つか掲載してみた。今回も限られた写真や設計図のみだが、かつて北関東最大の町にあった関根作品を、この先はお楽しみいただきたい。　

◆不動貯金銀行宇都宮代理店～宇都宮支店

　◎設計：関根要太郎(日本勧業株式会社建築部)

　◎施工：不詳

　◎竣工：大正6(1917)年ころ

　◎構造：木造モルタル塗り、一部外壁タイル貼り2階建て(推測)

　◎旧所在地：栃木県宇都宮市大工町53

　　　　　　　(現栃木県宇都宮市大通り1-3-15)

❖図版・・・・・筆者所蔵絵葉書(冒頭の写真)、「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」(2枚目の写真)
★雑誌「建築世界」に発表された不動貯金銀行宇都宮代理店の外観写真と設計図

〔建築世界〕大正7(1918)年1月号に発表された、宇都宮代理店の竣工写真と設計図。下の平面図を見ると、規模の小さい建物だった事が分かる。下の平面図を見ると、ペディメント下には英語による店名がレタリングされる予定だったが実現せず、連続した丸型の装飾が施されている。

❖図版・・・・「建築世界」大正7年1月号(上の3点)
★ニコニコ風景図鑑より

　

不動貯金銀行が昭和6(1931)年に刊行したPR誌〔ニコニコ風景図鑑〕より。本文でも紹介したように大正9(1920)年に宇都宮代理店は支店に昇格した。日光の華厳の滝と、那須塩原の鹽原温泉と共に宇都宮支店は紹介されている。外観写真は2枚目の写真と同じもの。

❖図版・・・・「ニコニコ風景図鑑」不動貯金銀行編

★不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖より

　

2枚目で紹介させていただいた図版のページ全体を写したもの。不動貯金銀行の創立四十周年記念写真帖、昭和15(1940)年に刊行されたものだが、竣工当時と思われる写真が使われている事を考えると、竣工から約20年間大きな改修が行われなく、この状態で店舗が営業が続けられてたようである。

なお関根は大正9(1920)年に関根建築事務所を設立後も不動貯金銀行の店舗設計を手掛け、昭和6(1931)年からは専属の建築家(不動貯金銀行営繕課長～営繕部次長を歴任)となり、昭和17(1942)年の退職まで100棟以上の同銀行の店舗設計を手掛ける事となった。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

★協和銀行宇都宮支店

　

昭和44(1969)年に刊行された〔協和銀行史〕の巻末に収録された店舗一覧より。協和銀行は不動貯金銀行後身にあたる銀行で、協和埼玉銀行～あさひ銀行を経て、現在はりそな銀行となる。当時の地図を参照すると、不動銀行の店舗跡にこの店舗が建てられたと想像される。戦後市内を貫通する大通り(県道1号線)拡張に際し、新築されたものと想像される。

この記事作成に際し、久しぶりに栃木を訪問。大宮から新幹線に乗り宇都宮で下車。駅そばを流れる田川に架かる宮の橋を渡り、この日の宇都宮散策をスタート。ちなみに宮の橋、鉄道開通間もなくの明治19(1886)年に架設され、現在の橋は4代目にあたるという。

現在、不動貯金銀行(協和銀行)宇都宮支店の跡地には、宇都宮記念病院が建つ。ちなみにこの病院棟、平成20(2008)年の竣工だという。

昭和40年頃の栃木市の地図を見ると、国鉄(JR)栃木駅から二荒山神社付近までの大通り近辺には、協和、第一、富士、日本勧業などの都市銀行をはじめ、足利などの地方銀行、幾つかの相互銀行などの店舗が多くあったが、時代の流れと共にその多くが撤退。写真右手に写る足利銀行や、みずほ銀行、りそな銀行などが、この地域に残る数少ない銀行店舗となってる。
不動貯金銀行のあった大工町は、地名改変と共に大通りと改称され消滅。バス停の名として、ここがかつて大工町だった事を物語る。
大通り北側より不動貯金銀行支店跡地、宇都宮駅方面を眺める。

そして大通りを更に西へ進むと、不動貯金銀行や協和銀行の後身にあたる〔りそな銀行〕の店舗がある。ここにはかつて第一銀行(現在のみずほ銀行)の店舗があった。
宇都宮の中心部にある宇都宮二荒山(ふたあらやま)神社。標高約135メートルの明神山の山頂に位置し、下野国一之宮の格式を誇る。

◆不動貯金銀行宇都宮支店と類似する関根作品

◆不動貯金銀行津支店(三重県、大正6年ころ築)

ここからは宇都宮支店に類似する、関根作品を幾つか紹介したい。大正半ばから昭和初期にかけて不動貯金銀行は、かなりの数の店舗を建設しており、関根設計による不動銀行も類似作が多く存在する。まずは三重県津市にあった店舗。どちらかというと平坦な出来だが、基礎部の石積み、茶褐色のタイルなどに共通項が見られる。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

◆不動貯金銀行松山支店(愛媛県、大正7年ころ築)

玄関のイオニア式オーダーや屋根両脇のアンテフィクス(鐙瓦)など、古典主義の色が強い作品だが、建物全体のフォルムは宇都宮支店と似ている。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

❖図版・・・・「建築画報」大正7年5月号

◆不動貯金銀行湯浅支店(和歌山県、大正7年ころ築)

至ってシンプルな外観だが、ペディメントの造形、窓間の膨らみを持たせた造形などは、宇都宮支店によく似た作り。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

◆不動貯金銀行四日市支店(三重県、大正7年ころ築)

こちらは度々紹介しているセセッション風の関根作品。宇都宮支店のパーツを再構築したような、小品ながら完成度の高い作品。この頃から関根は実弟の山中節治(工手学校：大正3年卒、1895～1952)と兄弟で設計を開始し、更に華やかな作品を世に送り出す。

なお同時期に愛知県豊橋市に竣工した豊橋支店は、外壁のタイルの色を変更した以外は瓜二つの作品となっている。

❖図版・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

❖図版・・・・「建築世界」大正9年4月号

◆不動貯金金沢支店(石川県、大正8年ころ築)

関根要太郎、初期の傑作の一つ。20世紀初頭にドイツ、ウイーンなどで流行したユーゲントシュティールを見事に消化している。装飾を排したペディメントや、切れ味鋭い軒蛇腹などに宇都宮支店のデザインに共通項を感じられる。

❖図版・・・・筆者所蔵絵葉書

❖図版・・・・「建築世界」大正8年5月号

★2023年秋、宇都宮支店の旅

先日は十数年振りに宇都宮を訪問。餃子フェスタに寄りながら市内に残る幾つかの近代建築を巡ってみた。大谷石が貼られた二つの教会は絶品であった。

★カトリック松が峰教会(設計：マックス・ヒンデル、昭和7年築)

◆日本聖公会宇都宮聖ヨハネ礼拝堂(設計：上林敬吉、昭和8年築)

東武宇都宮駅のホームより。

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★参考文献

「日本近代建築人名総覧」堀勇良氏著、中央公論新社、2022年

「宇都宮市の地名に見る歴史」篠崎茂雄氏著、いいっぺとちぎ：ホームページ、2022年

★撮影・・・・2023年11月