函館市大手町のニチロビルディング(函館の建築再見2023)

◆ニチロビルディング

　・・・・昭和7年築・昭和13年増築、今年で90年の歴史を閉じる函館の名建築

　今月末(令和5年：2023年10月22日渡る歴史に幕を閉じる、函館市大手町のニチロビルディング。近年ではこのビルに入居するテナントが撤退し、唯一入居していたcafe＆Deli МARUSEN(カフェまるせん)の一時閉店も決まり、直後には建物の解体も予定されているという。武骨ながらこの町の歴史を雄弁に物語る建物だったので、とても残念である。

　今回は平成21(2009)年から平成28(2016)年にかけて撮影した写真を纏めて、函館が北洋漁業で大いに賑わっていた時代を象徴する歴史的建造物、ニチロビルディングを改めて紹介させていただきたい。

　日魯漁業の前身にあたる堤商会は、新潟生まれの堤清六(1880～1931)と函館出身の平塚常次郎(1881～1974)により、明治39(1907)年に発足。翌年には中古の船を購入し、新潟から北方漁業へ出発し成功をおさめる。また明治43(1910)年にはロシアのカムチャッカにおいてサケ・マスの缶詰製造を開始し、大正2(1913)年には長く日魯漁業の主力商品となる〔あけぼの〕ブランドの缶詰販売をはじめる。

　更に大正2(1913)年に堤商会は、活動の拠点を函館に移す。それから3年後の大正5(1916)年には現在の函館市弁天町に、木造3階建ての新事務所を新築。大正8(1919)年には会社名を極東漁業へと改称、更に翌年には輸出食品株式会社と合併し、合併相手である輸出食品を社名に冠した。

　その後も堤商会の経営は順調で、大正10(1921)年には輸出食品株式会社、勘察加漁株式会社、日魯漁業が合併。この後は日魯漁業と名乗り、堤静六・平塚常次郎主導で会社の経営はおこなわれていった。なお本社機能は、このころ東京へ移されている。

　日魯漁業は大正12(1923)年に本社を新築間もない、東京駅前の丸の内ビルディング(設計：桜井小太郎+フラー社、大正12年築)に移転。更に昭和に入ると事務所、工場、社員宿舎、冷凍施設等、北海道地区の諸施設の建設を積極的に取り組むのであった。またそれらの施工の多くを、大正初めより函館で数多くの建築施工を手掛けていた、請負師・木田保造(1885～1940)率いる木田組が手掛ける事になり、その第一回目の工事として、函館市の真砂町(現在の大手町)に、日魯漁業函館事務所の1号館が建てられることになった。

　木田組の工事業歴によると、日魯漁業函館事務所は昭和3(1928)年6月の起工し、昭和4(1929)年8月に竣工してる。構造は鉄筋コンクリート造4階建てで、延べ床面積は坪数は1119坪。建物隅に高さ70尺(約21メートル)の展望塔が設けられた、とてもモダンなビルディングだったという。

　但し建物としては非常に短命で、昭和45(1970)年に解体。その跡地には当時日魯漁業の直営会社だった、函館国際ホテルの東館(昭和46年築)が建設されている。

　日魯漁業函館支店1号館は、同社にとって函館が本拠地であるという事を象徴するかのような建築作品となったが、それから4年後の昭和7(1932)年には1号館の右隣に2号館が増築された。これが現在カフェまるせんが入居するビル部分だったのである。

　設計・施工は1号館と同様に木田保造率いる木田組が担当。当時の写真を見ると、1号館と連続するような作りになっている事が分かる。現在の2号館を見ると物足りなさを感じるのは、1号館にあった塔屋を引き立てるように2号館が建てられたからだろう。

　そして昭和9(1934)年3月21日に起きた函館大火後、壊滅的な打撃を受けた函館に建設される事になったのが、日魯漁業函館事務所の3号館だった。この3号館は大ホール(戦後になり同ホールは、HBCホールとして使われる)や遊戯場を含む社員倶楽部を含む、鉄筋コンクリート造5階建て(一部鉄骨造)、既に建てられたニチロビルディングよりも大規模なものであった。昭和12(1937)年6月に木田組の施工により工事は始まり、およそ1年後の昭和13(1938)年7月に竣工している。

　ニチロビルディングの3号館は、早稲田大学出身で当時新進気鋭の建築家だった図師嘉彦(1904～1981)が担当。木田組の設計・施工により建てられた1号館・2号館とは一線を画す、当時最先端のモダニズム作品となった。

　現在は茶色いペンキが厚く塗られているが、竣工当時は外壁に薄黄色のタイルが貼られ、横長の窓回りには黒御影石が貼られ(現在は1階部分に一部が残る)、細部サッシやシャッターには赤や、濃青の差し色がされた、とても派手な色彩だったという。恐らく1号館・2号館も同様の薄黄色で纏められていたと想像される。

　そしてニチロビルの3号館で現在見られるモダンな箇所と言えば、建物中央に配置された螺旋階段だろう。直線的なデザインが多いこのビルにあって、この螺旋階段の曲線はとてもインパクトがあるものだ。またカフェまるせんが入居する2号館1階部分の天井をはじめとした内部装飾は、カフェ入居時の改装工事のさい発見されたものだという。現在は無機質な茶色ペンキ塗りのニチロビルディングだが、とても丁寧に作られたことが想像される。

　施工者である木田保造にとっては東京の松屋銀座(大正14年築)、函館の森屋百貨店(大正14年築、昭和5年増築)、札幌のグランドホテル(昭和8年築)と共に大規模な仕事となったニチロビルディング。近年は周辺に建てられた大規模ホテルに隠れるようになってしまったが、北洋漁業の時代を物語る昭和を体表する函館の名建築だった事は間違いない。

　残された時間はあと僅かだが、是非その姿をご覧になって往時の華やかな時を偲んで欲しい、函館の堂々たる名建築である。

◆旧日魯漁業函館事務所2号館

　◎設計：木田保造(木田組)

　◎施工：木田保造(木田組)

　◎竣工：昭和7(1932)年

　◎解体：令和5(2023)年・・・・予定

　◎構造：鉄筋コンクリート造4階建て

　◎所在地：函館市大手町5-10 (函館市真砂町)

◆旧日魯漁業函館支店3号館・社員倶楽部(～旧HBCホール)

　◎設計：図師嘉彦、木田組

　◎施工：木田保造(木田組函館支店)

　◎起工：昭和12(1937)年6月

　◎竣工：昭和13(1938)年7月

　◎解体：令和5 (2023)年・・・・予定

　◎構造：鉄筋コンクリート造5階建て、一部鉄骨造

　◎所在地：函館市大手町5-10(函館市真砂町)

こちらの写真は平成21(2009)年撮影。当時は自民党元代議士の事務所などが入居し、入りずらいニチロビルディングであった。

ここからはカフェまるせん(cafe＆deli МARUSEN)が入居して間もない、平成28(2016)年に撮影したもの。カフェまるせんのお陰で、地元の人を除けば、知る人ぞ知る存在だったニチロビルディングが多くの人に知られるようになったのは、とても喜ばしい事だった。今後のカフェまるせんの運営も期待したいものである。

こちらはニチロビルディング2号館の裏側。当時は海に面し埠頭も近かったこともあり、それを偲ばせる遺構が幾つか見受けられた。
こちらは平成21(2009)年に撮影したもの。当時は自民党にも在籍し、過去にロッキード事件で有罪となった、某代議士の事務所が3号館1階に置かれていた。

ニチロビルディング3号館と言えば、この螺旋階段。ここを上ると大ホール(戦後のHBCホール)の入り口に辿り着いた訳である。
3号館内部には竣工時からのモダンなデザインの部屋が幾つか残されている。
★竣工当時のニチロビルディング3号館

本文でも紹介したように、竣工当初外壁には薄黄色のタイルが貼られた、モダニズム建築だった。

もし竣工時の姿がほぼ維持されていたなら、今頃は国の重要文化財に指定されていたかも知れない。
大会議室。壁画は図師嘉彦の早稲田時代の恩師にあたる、同大学の教授：今和次郎(1888～1973)によるもの。
講堂。戦後にHBCホールとして使われる。舞台の緞帳も今和次郎の作。

設計図。施栓階段を中心に部屋が配置されている。

❖図版・・・・「建築雑誌」昭和14年1月号→4点とも
周辺にまだ高層ホテルが建設されていなかった平成26(2014)年の夏に撮影。

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★参考文献・参考資料

「木田保造」木田組編纂、木田組、1941年

「マルハニチロホームページ：百年ブランドあけぼのさけ」

「建築雑誌」1939年1月号、財団法人日本建築学会

「ウィキペディア：図師義彦」

「ウィキペディア：ニチロビルディング」

「函館のおぢさん2的ブログ」

★撮影・・・・2009年3月・6月・10月、2014年6月、2016年3月・10月