東京隅田川の清洲橋(昭和モダン橋梁探訪2023)

◆隅田川の清洲橋

　・・・・昭和3年竣工、隅田川に架かる美しい鋼鉄製の大吊橋

　大正12(1923)年9月1日の関東大震災発生より、100年目にあたる翌日の9月2日におこなった東京の震災復興建築と復興橋梁巡り。隅田川の下流に架かる、東京を代表する名橋の一つである永代橋(設計監督：田中豊、実施設計：竹中喜忠、大正15年築)の撮影を終えた筆者は、隅田川上流へと歩を進めた。

　震災発生から数日間は、関東地方へ接近する台風の影響で強風が吹いていたというが(それが影響し、東京・横浜は震災後の火災が増大している)、この日はほぼ無風の状態。隅田川沿いに設けられた遊歩道は、午前中でありながら相当な気温となっていた。

　昭和54(1979)年に架設されたという、機能性重視で美しさも風情も全くない、首都高速道路の隅田川大橋の下をくぐると、青く塗られた美しい鋼鉄製の吊橋が見えてきた。これが今回紹介させていただく清洲橋である。

　関東大震災後の復興事業では、浅草近辺から隅田川の下流にかけて架かる橋だと、震災で被災した相生橋、永代橋、両国橋、厩橋(うまやばし)、吾妻橋の他、蔵前橋、駒形橋、言問橋、そして今回紹介している清洲橋が新設された。これに明治45(1912)年に架設された新大橋(老朽に伴い昭和52年に新規の橋へ架け替え)を含め、復興事業が完了した昭和初期は隅田川十橋と呼ばれたという。

　ちなみに清洲橋は江戸時代から〔中洲の渡し〕があった場所で、震災復興事業の区画整理事業で新設される事になった、現在の清洲橋通り(都道474号線)の深川と日本橋地区を結ぶ目的で架設されたものである。ちなみに敷設当時は東京市電(路面電車)が併走する、現在の幅員を持つ道路だった。なお清洲橋の名称は、江東区(旧深川区)清澄の〔清〕の字と、中央区(旧日本橋区)中州の〔洲〕の字を取って名付けられたとの事だ。

　〔帝都東京の門〕と呼ばれた永代橋に対し、〔震災復興の華〕と呼ばれた清洲橋。その設計は永代橋と同じく内務省復興局が担当している。この当時復興局土木部長：太田圓三(1881～1926)、橋梁課長：田中豊(1888～1964)の指導の下、東京・横浜のおよそ400に渡る橋の建設をおこなっていた。清洲橋の実施設計は同局に在籍していた技師：鈴木精一が担当したと言われている。残念ながら鈴木がどのような技師だったか、プロフィールの詳細は明らかになっていないようだ。

　なお当時の復興局、膨大の数の橋梁を建設するにあたり、世界各国に駐在する大使にその国ある優れた橋梁の写真を送るように依頼。集まった写真を一冊の冊子に纏め、橋梁課の技師たちの参考資料にさせたという。

　鋼鉄式の吊橋となっている清洲橋もそのモデルがあり、ドイツ・ケルン市のヒンデンブルグ橋(ドイッアー橋、1915年竣工)を参考したと言われている。立地や建材の違いもあってか若干の違いはあるものの、ほぼ完コピの状態。しかし当時の写真と比較すると、その美しさは清洲橋の方に軍配は上がると思う。

　そして復興局の橋梁課は、膨大な数の橋を建設するに際し技術者の他、何人かの建築家を橋梁課に招聘する。その一人が分離派建築会の主要メンバーで、東京中央電信局(大正14年築)、日本武道館(昭和39年築)、京都タワー(昭和39年築)の設計で名高い逓信省技師の山田守(1894～1966)という事は、永代橋の回で紹介したが、山田はあまりにも多すぎる仕事量のため、逓信省の製図工を務めていたある青年技師を橋梁課に招く。それが建築家の岡村蚊象、後の山口文象(1902～1978)だったのである。山口文象が清洲橋設計に関与した作品という事は、後年の本人の証言から明らかになっている。

　山口文象は大正9(1920)年に逓信省経理局営繕課の製図工として入省し、この頃に山田守と知遇を得る。間もなくその非凡なるデザイン力を認められ、20歳を過ぎた頃には分離派建築会のメンバーに迎えられた。

　しかし下町・浅草の棟梁の子として生まれた山口は、年上になる東京帝国大学卒のエリート集団とは肌が合わなかったようで、自身の建築同人会創設を決意。山口の同僚にあたる逓信省に在籍していた中学しか卒業していない若手製図工たちと共に、〔創宇社建築会〕というグループを大正12(1923)年に結成していた。

　また橋梁課の仕事はかなり多忙だったようで、山口は創宇社の仲間で当時逓信省の製図工をしていた野口巌らを誘い、橋梁設計の仕事を手伝って貰ったという。創宇社の野口巌は、この後に建築家：関根要太郎(1889～1959)の建築事務所にも在籍していた人物だ。ちなみに関東大震災前後、関根要太郎の実弟である建築家：山中眞三郎(1897～1977、私立東京商工学校卒)も、逓信省で製図工として勤務していたので、弟・眞三郎の紹介で関根建築事務所に入所したのだろう。

　山口文象も震災以降かなりの数の橋梁設計を手掛けていたが、そのデザイン力を買われてか橋の完成予想図(パース)も幾つか描いており、現存する橋だと清洲橋の他、言問橋、駒形橋、蔵前橋、豊海橋、聖橋などの山口作のパースが現在も残されているという。幾つかのサイトで紹介されているが、これが非常に素敵な出来栄えのパースなのである。

　なお復興局橋梁課移籍に纏わるエピソードなどは、山口文象を紹介したこちらのサイトをご覧いただきたい。このサイトには最晩年の山口文象のインタビュー(聞き手は建築史家の故長谷川堯氏、1937～2019)も掲載されているが、江戸っ子気質な山口の40数年前の話はとても面白い。

　ちなみにあと数年で竣工から100年を迎える隅田川の震災橋梁の数々。後年のとても手の行き届いたメンテナンスも長寿の秘訣の一つだが、第一次世界大戦後のワシントン軍縮会議(1921～1922)の裁定で日本は軍艦を造れなくなったため、軍艦用に用意していた耐久度の高い高級鋼材を復興橋梁に充てたのだという。鋼材取得の交渉をおこなったのが、復興局橋梁課のトップを務めていた田中豊だったという。当時30代の若き課長の熱意ある行動が、このような頑丈で美しい橋の数々を誕生させた訳である。

　竣工当初は、永代橋と対になるような優雅な清洲橋。しかし戦後になり、2つの橋の間には首都高速道路の隅田大橋が建設され、かなり残念な景観になっているは隅田川下流の現状である。

　首都高の無機質な橋梁を見せられると、いかに町の景観には人の手による彩りが必要なのかと痛感してしまう。震災後の混乱期、彩りを添える事にも配慮した復興局橋梁課の課長：田中豊の心意気を、ひしひしと感じてしまったこの日の訪問であった。

◆清洲橋

　◎設計監督：田中豊

　◎実施設計：鈴木精一ほか

　◎意匠設計：岡村蚊象(山口文象)ほか

　◎施工主体：東京市、復興局

　◎橋桁製作：神戸川崎造船所

　◎起工：大正15(1925)年3月

　◎竣工：昭和3 (1928)年3月

　◎構造：自碇式鋼鉄製吊橋

　◎所在地：東京都中央区日本橋中洲～東京都江東区清澄1

　　❖国指定重要文化財

　　❖第一回土木学会選奨土木遺産(平成12年)

こちらは数年前に乗った隅田川の水上バスより。平成25(2017)年撮影。

清洲橋は平成19(2007)年に、隅田川に架かる永代橋(大正15年築)、勝鬨橋(昭和15年築)と共に、国の重要文化財に指定されている。それを解説する看板には当時の都知事：石原慎太郎(1932～2022)のサインも。

照明塔などの細部装飾は、近年の改修工事で往年の姿を再現したもの。このような細部デザインを山口文象が担当したと考えられる。

◆ドイツ・ケルンのヒンデンブルク大橋

清洲橋のモデルとなったと言われるドイツの吊橋。全体的なプロモーションは清洲橋に似ているが、細部は若干の違いがみられる。第二次世界大戦で橋は崩壊し、現在は規模の大きい新たな橋が架設されている。

❖画像・・・・ウィキペディアより

永代橋より。かつては清洲橋がよく見えた筈なのだが、戦後に建造された首都高の隅田川大橋が邪魔して、吊橋の一部分しか見えない状態になっている。

**********************************************************★参考文献・参考資料「東京人　令和5年9月号、特集：関東大震災100年」都市出版、2023年「復興建築」栢木まどか氏編、トゥーヴァージンズ、2020年「古地図・現代図で歩く　明治大正東京散歩」人文社、2003年「建築家・山口文象+初期RIA：ホームページ」2021年「東京新聞WEB：日米開戦80年　戦禍の記憶　橋に刻まれた傷痕　永代橋焼夷弾直撃」2021年「ウィキペディア：復興局(内務省)、永代橋、ドイッアー橋」★撮影・・・・2017年6月、2023年9月