東京隅田川の永代橋(大正モダン橋梁探訪2023)

◆隅田川の永代橋

　・・・・大正15年竣工、震災復興事業で架設された隅田川を代表する橋梁

　関東大震災発生より100年目にあたる、令和5(2023)年9月1日の翌日におこなった東京都内の震災復興建築巡り。近年の酷暑を象徴するかのように、この日も午前から気温が急上昇。最初は徒歩で都内を巡るつもりでいたが、あの暑さには耐えられず、この日最初の訪問先だった中央区日本橋小伝馬町の区立旧十思小学校(じつししょうがっこう、現中央区十思スクエア、昭和3年築)からの最寄り駅である日比谷線小伝馬町駅から、地下鉄を乗り継ぎ次の訪問先へ向かった。

　そして次に乗り経ったのが、東京メトロ東西線の門前仲町駅。歩けば30分程度の距離なのだが、この暑さだから仕方がない。

　旧深川区(現江東区)の門前仲町と言えば古くから富岡八幡、深川不動の門前町として知られた町であるが、駅東側の福住、佐賀、永代など隅田川に近い地域は、江戸期は肥料の主力である干鰯(ほしか)の集積地として江戸随一の規模を誇る場所だった。その地域の歴史を物語る生き証人とも言える建物が、今から6年前の平成29(2017)年に解体された旧村林商店(設計：関根要太郎、昭和3年築)だったのである。

　この他にも村林ビルの隣には、その前年に建てられた旧東京廻米問屋市場：食糧ビル(設計：渡辺虎一、昭和2年築)という、ルネサンス調のなかなか洒落たビルもあったが、こちらは今から約20年ほど前に解体されてしまった。なお村林ビル、食糧ビルの跡地はともにマンションが建てられている。旧深川の佐賀と福住の界隈、戦後に建てられた家屋が多く軒を連ね、下町風情を残す一帯であるが、いずれ完全なマンション街へと変貌を遂げるのだろう。

　建築家・関根要太郎(1889～1959)の、東京都心における唯一の現存作品だった旧村林ビルの跡地を見学後、向かったのは徒歩僅かの場所にある永代橋であった。永代橋といえば、江戸幕府五代将軍：徳川綱吉(1646～1709)の将軍在任期に架けられた、隅田川五大橋の一つである。

　文化年間(1800年代初頭)に橋の崩落事故が起き、多数の犠牲者を出すという悲劇に遭うが、木造の橋が再び架けられ、明治中期まで木造の橋が交通の要衝として使われ続けた。現在残されている浮世絵や錦絵を見ると、橋桁の高い印象的な作りである。

　しかし明治に入ると木造の橋は老朽化が著しいという事で、約100メートル下流にあたる現在の永代橋が架かるやや南の場所に、新たな橋梁の建設が計画される。そして明治30(1897)年に鋼鉄製のトラス橋が竣工した。但し橋の基部が板張りだったため、震災後発生した火災で床板が焼けてしまい、多くの犠牲者を出してしまっている。

　なおこの当時、永代橋は自動車の増加に伴い、新設橋の建設を開始して間もなくの惨事であった。また震災後に発生した火災では、隅田川に架かる他の橋や、市内の橋も木造だったため橋が焼け落ちてしまい、逃げ場を失った人たちが多く火災の犠牲になっている。

　震災発生間もなくに帝都復興院が結成され、不燃橋及び大地震が起きても崩落しない橋の建設の徹底が重要事項の一つとして確認される。隅田川では9つの大橋の建設が決定し、その早い時期に建設が建設が始まったのが永代橋だった。震災発生の翌年にあたる大正13(1924)年12月から工事は始まり、それから2年後にあたる大正15(1926)年12月20日は、冒頭の写真でご覧いただいた現在の永代橋が竣工した訳である。

　「帝都東京の門」とも称される永代橋。設計は帝都復興院の後身にあたる、内務省復興局が担当している。

　当時内務省復興局には橋梁課が置かれており、そのトップの座には東京帝国大学卒の技師で、鉄道省の勤務経験やヨーロッパ・アメリカの留学経験を持つ田中豊(1888～1964)が就任していた。永代橋が起工した当時、田中は36歳という若さ。震災発生直後から約1年半に渡り復興院の総裁を務めていた後藤新平(1857～1929)は、震災復興事業を展開するにあたり、積極的に若手を登用したのは広く知られるエピソードだが、田中もその若手の一人だったのである。

　田中豊の指導のもと復興局橋梁課の設計により建造された永代橋。その実施設計は竹中喜忠(1881～1926)なる人物が担当したという。185メートルの長さ、25メートルの幅員の規模を誇るこの橋の橋桁は、神戸川崎造船所により製造され、当時最先端の技術が投入されたという。

　また東京の復興橋梁建設にあたり、復興局の土木部長を務めていた太田圓三(1881～1926)は、他国の橋の写真や図面を集め、部下たちにはそれらを参考に、橋梁の設計にあたらせたそうである。オリジナリティーに欠けると言えばそれまでだが、過去の作品を模倣する事により、短期間で多くの橋を建造した事を考えると、手っ取り早い手段だったのだろう。

　更に橋梁建築にあたり、復興局橋梁課は土木関係者の他にデザインについて文化人から広く意見を求めたという。またデザイン面も重視するため、何人かの建築家も招聘している。その建築家の一人が、分離派建築会のメンバーで後に東京中央電信局(大正14年築)、京都タワー(昭和39年築)、日本武道館(昭和39年築)の設計を手掛ける建築家・山田守(1894～1966)であった。山田は当時在籍していた逓信省から、橋梁課に委託の技師として一時移籍。東京お茶の水の聖橋(昭和4年築)をはじめ、永代橋の意匠設計にも参加したという。

　細部装飾を見ると、その時代らしいモダンなデザインで彩らているのも、震災復興橋梁の見所の一つだが、力強い橋桁が印象的な永代橋も照明塔などはとてもキャッチ―なデザインが纏められている。恐らくこのような個所の設計に、山田は関与したのだろう。

　ちなみに当時、東京や横浜では400以上の橋がかけ替えられたといい、この周辺には永代橋西側の日本橋川に架かる豊海橋(昭和7年築)をはじめ、大小様々な橋梁が現存している。そのシンボル的存在が、この永代橋なのである。

　竣工から97年経った現在も交通の要衝として、首都東京のライフラインを支えている永代橋。昭和20(1945)年の東京大空襲で橋は焼け落ちなかったが、橋やその周辺で多くの犠牲者を出した事も忘れてはいけない歴史の一頁である。

　下流には佃のタワーマンション、上流には江戸期の永代橋跡を示すレリーフ、そしてその中間には大正末に竣工した美しい橋。様々な時代が交錯するこの界隈だが、この先も力強く美しい永代橋は地域のシンボルとして多くの人に愛されていくのだろう。夏の日差しに輝く、この日の永代橋であった。

◆永代橋

　◎設計監督：田中豊

　◎実施設計：竹中喜忠ほか

　◎意匠設計：山田守、岡村蚊象(山口文象)ほか

　◎施工主体：東京市、復興局

　◎橋桁製作：神戸川崎造船所

　◎施工：太丸組、間組

　◎起工：大正13(1924)年12月1日

　◎竣工：大正15(1926)年12月20日

　◎構造：下路式スチールアーチ式(中央径間)、鋼桁橋(両側)

　◎所在地：東京都中央区新川1～

　　　　　　東京都江東区佐賀1、および江東区永代1

　　❖国指定重要文化財

　　❖第一回土木学会選奨土木遺産(平成12年)

永代橋の背後左手に写るのが、かつて山一證券本社が入居していた茅場町タワー(平成8年築)。このビルに入居した翌年に山一證券の損失隠しが発覚し、同社の自主廃業が発表されている。

また永代橋の背後右手に写るIBM箱崎ビル(平成元年築)あたりから対岸にかけて、江戸時代は永代橋が架けられていたという。
隅田川観光の定番・水上バスの船内から。平成29(2017)年撮影。

永代橋から旧京橋区(現中央区)方面を眺める。かつては永代通りと鍜治橋通りに、東京市電(路面電車)が分岐していた。

遠く見えるは佃のタワーマンション群。

こちらは旧深川区(現江東区)方面。門前仲町を過ぎると、その先は木場の貯木場が多く設置された地域だった。

***********************************************************★参考文献・参考資料「東京人、令和5年9月号、特集：関東大震災100年」都市出版、令和5年「復興建築」栢木まどか氏監修、トゥーヴァージンズ、令和2年「まちもり通信YB版　ホームページ」「建築家山田守作品集」建築家山田守展実行委員会、東海大学出版会、平成18年「ウィキペディア　永代橋」★撮影・・・・2017年6月、2023年9月