東京都中央区立旧十思小学校(昭和モダン建築再訪2023)

◆旧東京市立十恩尋常小学校

　・・・・昭和3年築、日本橋小伝馬町に建つモダンな旧小学校舎

　本年(令和5年：2023年)9月1日は、関東大震災発生より100年目にあたる日。それ以前から雑誌やテレビ、東京や横浜の博物館では関東大震災に関する特集や企画展が多くおこなわれていた。9月1日は所用があり行くこと出来なかったが、その翌日は早く起きして関東大震災後に東京に建設された復興建築や橋梁を幾つか巡ってみた。

　東京における関東大震災後の復興事業は、帝都復興院総裁の後藤新平(1857～1929)の指導により、道路整備をはじめとした区画整理、震災発生や火災発生時でも焼けない鋼鉄製や鉄筋コンクリート造の橋梁の整備、そして緊急避難先を兼ねた鉄筋コンクリート造の小学校舎の建設、それに付属した小公園の建設などがおこなわれた。

　特に復興小学校と呼ばれるコンクリート造による小学校舎は、大正13(1924)年から昭和6(1931)年まで117校が建設されたという。

　復興小学校は不燃素材である鉄筋コンクリート造3階建てで建てる事や、火災発生時に避難した人たちを守るためコの字型になる校舎を作るなど、構造や平面計画的には様々な規定が設けられていたようである。しかしデザイン的にはそれぞれの担当者に任されていたようで、当時最先端のモダンデザインだったドイツ表現派や、インターナショナル・デザインなどの華やかな校舎が相次いで建設されたのも、東京の震災復興小学校(改築小学校)の特徴である。

　東京の震災復興小学校の存在を知ったのは、このサイトを開始して間もなくの平成20(2008)年の事である。函館で解体か保存かで大きく議論がおこなわれていた、昭和9(1934)年函館大火の復興計画の一環で建てられた、函館市立弥生小学校(昭和13年築、平成22年解体)の調査を機に、東京には函館の大火復興小学校のモデルとなった小学校舎が数多く現存している事を知り、東京の復興小学校巡りを始めた筆者であった。

　現役を終え他の施設として使われているものを含め、復興小学校や戦前築のコンクリートで建てられた小学校舎の数は、2010年頃の段階で竣工から竣工より80数年から70年が経過しているにも関わらず、30数校にのぼっていた。途中からは弥生小学校の保存を早くから訴えておられた、建築家のfinches(yayoizaka) さんと共に、都内の復興小学校や戦前築の鉄筋コンクリート造小学校舎の探訪をおこなったのである。

　そして時を同じくして、中央区の築地のそばに建つ区立明石小学校(大正15年築、平成22年解体)の解体計画の話を、同校にお子様が通うという親御さんから伺い、微力ながら保存活動にも参加した。

　しかし多くの人の情熱的な訴えや願いも実らず、大正15年築の美しい校舎は耐震性や地域の防災拠点の不足などを理由に解体。また時同じくして、東京中央区にあった復興小学校舎の幾つかも解体され、更に平成23(2011)年に発生した東日本大震災を機に、耐震基準が更に厳格化された事により、戦前築の鉄筋コンクリート校舎がそのままの状態で使われるという事は、かなり難しくなっている。とても美しく優しい作りだった、明石小学校が解体されたのがあまりにもショックで、それ以降東京の復興小学校群に背を向けていたまま12年が経過してしまった。

　それから12年、この日は現役の小学校舎としての役目を終え、地域の施設として使われている中央区立旧十思小学校(じつししょうがっこう、昭和3年築)を訪ねることにした。先ほどの明石小学校の最寄りである、東京メトロ日比谷線の築地駅より4駅隣の小伝馬町で下車。

　小伝馬町は江戸時代に〔伝馬町牢屋敷〕があった場所で、幕末にはかの吉田松陰(1830～1859)が収監され、処刑された松陰終焉の地でもある。旧十思小学校に隣接する小公園や、江戸通り沿いには慰霊碑やそれを説明する看板が設置されていた。

　十思小学校は明治10(1877)年の開校。大正12年の関東大震災で校舎が焼けたのを機に、東京市により鉄筋コンクリート造の新校舎が建設される事が決定。昭和2(1927)年の秋より建設工事が始まり、昭和3(1928)年12月に鉄筋コンクリート造の体育館を含む、諸施設の工事が完了した。

　小学校は地域の都市化もあってか児童数が減少し、平成2(1990)年に近隣の東華小学校と合併。新生〔日本橋小学校〕の仮校舎として4年ほど使われた後、改修工事が実施され、地域の交流センター〔十思スクエア〕として、平成12(2000)年に再オープンしている。

　近代建築研究の老舗サイト〔分離派建築博物館〕によると、設計は東京市土木局建築課に在籍していた建築家・阪東義三が担当したそうである。なお近年解体された復興小学校で言うと、台東区の旧入谷小学校(大正15年築)、港区の旧愛宕小学校(昭和3年築)などが、阪東義三が担当作品との事だ。どれも優雅な曲線が美しい、この時代ならではのモダンな作品だ。特に旧十思小学校はここに通う生徒たちを温かく迎えてくれるような、優しいデザインなっているが印象的である。

　旧十思小学校への訪問は実に14年ぶりの事。その間に竣工当時からの体育館が解体され、鉄骨コンクリート造5階建ての十思スクエア別館が竣工している。外から見る分には1階部分に旧体育館の意匠を再現するなど、十思小学校のイメージを崩さない好感の持てる設計がされているのも逃せない点である。

　地域の景色がめまぐるしく変化する現代の東京。そうした中、このようなレトロでモダンな旧小学校舎が、一世紀近く地域のシンボルとして生き続けているのは、この町の誇れるポイントではないだろうか。大都会の片隅に残る隠れた名建築、この先も末永く生き続けて欲しいものである。

◆旧東京市立十思小学校(現十思スクエア)

　◎設計：東京市土木局建築課(阪東義三)

　◎施工：鴻池組

　◎起工：昭和2(1927)年10月27日

　◎竣工：昭和3(1928)年12月30日

　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て

　◎所在地：東京都中央区日本橋小伝馬町5-1

　　❖東京都選定歴史的建造物

3階のアーチ窓、丸みを持った柱や玄関庇など、モダンかつ優しさを持ち合わせた十思小の細部デザイン。
内部は入らなかったが、建物内の廊下梁などは当時のデザインが残されている。
かつての中庭から。写真右手に写るのが平成26(2014)年に竣工した十思スクエア別館。
十思スクエア別館は旧体育館を解体して建てられたものだが、別館新築に際し体育館の意匠が再現されている。
向こうに見えるのは江戸通り。日本橋の中心部までは歩いて数分の距離である。

こちらは北側の通用口。

十恩スクエア別館に貼られた、十恩小学校の命名に関する説明版。

十恩公園は小学校建設と同時に設置された復興小公園。石町時の鐘は江戸時代からこの地域に置かれたシンボル的な建造物。現在のものは昭和5(1930)年に建設されたものだという。

江戸通りに設けられた、この地域の歴史を解説する説明版。隣には石碑も置かれていた。

背後に写る江戸通りも関東大震災を機に拡張された復興道路である。

十思公園林地にある大安楽寺。この地にあった牢屋敷で処刑されたり死亡した罪人を弔うため、明治15(1882)年に開院したもの。

大安楽寺という名前は寺院建設に際し、寄進をした大倉喜八郎(1837～1928)、安田善次郎(1838～1921)の2人の実業家の名前を取ったもの。

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★参考文献・参考資料

「図面で見る復興小学校」復興小学校研究会編、平成26年

「東京市教育施設復興図集」東京市編、昭和7年3月

「ホームページ：分離派建築博物館」菊池潤氏製作、平成12年～

「東京人、令和5年9月号、特集：関東大震災の100年」都市出版、令和5年ほか

★撮影・・・・2023年9月