東京有楽町の第一生命館(昭和モダン建築再訪2023)

◆第一生命館

　・・・・昭和13年築、日比谷濠沿いに建つ昭和を代表するモダン建築

　　前回紹介させていただいた、東京文京区音羽の旧鳩山一郎邸(現鳩山会館、設計：岡田信一郎、大正13年築)の見学を終えた筆者は、再び地下鉄有楽町線に乗り、今度は数駅先の桜田門駅で下車。ここから霞が関、有楽町、丸の内に建つ歴史的建造物を撮影する事にしたのである。皆さんもご存じのようにお堀端は、密集した都心のオフィス街から一転して、とても開放的で美しいエリアである。

　近年、丸の内や日比谷エリアは他の東京都心のエリアと同様に、積極的な再開発がおこなわれており、皇居周辺の景観に考慮し100尺(約30メートル)の高さで、昭和戦前から昭和半ばに建てられた明治生命館(設計：岡田信一郎+岡田捷五郎、昭和9年築)、日本生命日比谷ビル(日生劇場、設計：村野藤吾、昭和38年築)、国際ビルヂング(帝国劇場、設計：谷口吉郎、昭和41年築)の背後には、その何倍もの高さの高層ビルが建てられている。ここ20年ほどで丸の内は、かなりのヴォリュームを持つ高層ビル街へと変貌を遂げた訳である。

　その中でも丸の内界隈で早い時期に建てられた高層ビルの一つが、冒頭の写真でご覧いただいたビルの背後に建つDNタワー21である。DNタワーは有楽町1に丁目に建つ農林中央金庫ビル(設計：渡辺仁、昭和8年築)と、冒頭の写真でご覧いただいた第一生命館(設計：渡辺仁+松本與作、昭和13年築)の中間に、平成初めに地上21階建てのビルを増築。

　このビルの建設に際し、農林中金ビルの全て、第一生命館の一部が解体され、その一部を再現する形でDNタワーは建設された。DNタワーという名称は第一生命、農林中金両社の頭文字を付けたものだが、近年このビルから農林中金が撤退したのを機に、〔第一生命日比谷ファースト〕という名称に変更されている。

　そして今回紹介する第一生命館だが、明治後期からは警視庁の本館が建つ場所だった。しかし関東大震災で警視庁舎は全焼。それを機に霞ヶ関に警視庁が移転したのに伴い、空き地になった土地を第一生命が取得した。土地取得より間もなくの昭和7(1932)年には、懸賞付きの設計競技の実施が第一生命から告知され、268案の中から10作が当選案に選出。これらの案をもとに、第一生命新館の技師に任命された建築家・渡辺仁(1887～1973)と、松本與作が実施設計にあたり、昭和13(1938)年に竣工したのがこのビルだった。

　渡辺仁と言えば、横浜ホテルニューグランド(昭和2年築)、小田急電鉄旧本社(昭和2年築)、銀座和光(旧服部時計店、昭和7年築)、日本劇場(昭和8年築)、東京国立博物館(旧東京帝室博物館、昭和13年築)などの設計で知られる、この時代を代表する建築家の一人である。

　第一生命館は皇居のお濠沿いに建つことを意識してか10本の列柱を配し、当時のオフィスビルに好んで用いられていた古典主義の装飾をほぼ排除した、モダニズムやアール・デコの影響が見られる骨太な作品である。正統派の古典主義建築である、明治生命館と比較していただくと、第一生命館の独自性をお気付き頂けるのではないかと思う。

　先にも紹介したように、第一生命館は建築設計競技(コンペ)の当選10作をもとにデザインされたというが、〔建築雑誌〕昭和8年1月号に掲載された当選作を見てみると、正直なところ当選作の影響は殆ど見られず、渡辺仁や松本與作のオリジナリティーが色濃く出た出来栄えになっている。また硬質なデザインの第一生命館、戦後まもなくGHQ(占領軍総合指令部)の本部が置かれていた事により、多くの人たちの記憶に刻まれるインパクトある作品になった訳である。

　第一生命館はかつて海だった場所に建てられたこともあり、軟弱地盤対策として深さ21メートル・地下4階にあたる場所まで潜函工法(せんかんこうほう、ケーソン工法)と呼ばれる、当時最新の基礎工法で建てられているのは広く知られる話である。

　この67本の基礎杭を掘ったのは、深礎工業社という東京神田淡路町に本社を置く会社で、函館とも縁の深い請負師・木田保造(1885～1940)が、木田組とは別に設立した工業社であった。木田は耐震・防空などの観点から、深礎工法の研究に没頭し、木田組とは別会社を設立したのであった。

　木田保造率いる深礎工業社は、第一生命館の他に松屋銀座店(設計：木田保造+本間乙彦、大正14年築)、大阪心斎橋にあった十合百貨店(設計：村野藤吾、昭和10年築)、大阪の阪神梅田駅の地下ホーム、東京神田に現存する鷹岡商店(昭和10年築)など、幾つかの基礎工事を担当している。

　また木田の没後、戦後木田組が木田建業と改称してからの話になるが、東京タワーの基礎工事も同社にておこなわれたことが、木田建業のОBの証言により判明している。

　今から11年前にこの建物を取り上げたとき、〔建築家・関根要太郎、幻の第一生命応募案〕について簡単に紹介させていただいたが、その一案と同様の図版が当選案の一つして〔建築雑誌〕昭和8年1月号に掲載されている。後日図書館でこの記事を閲覧してみると、その製作者には関根ではなく、岡村頴三(おかむらえいぞう、1900～?)なる人物の名が記載されていた。

　近代建築史研究の第一人者である堀勇良さんが制作された〔日本近代建築人名総覧、令和4年〕によると、岡村頴三は東京工科学校建築科を卒業後、大正7(1918)年から昭和12(1937)年まで清水組(現在の清水建設)に勤めた建築家とのこと。

　関根要太郎の自伝〔生い立ちから今日まで、昭和11年〕には、自身の設計作品の製作協力者として、岡村なる人物の名が記されている事から、関根と共同作業をおこなっていた時期もあったのかも知れない。ちなみに3つの図案、関根らしさがよく出た出来栄えになっているのは、見逃せない点である。

　晴れた日には日比谷濠によく映える第一生命館。昭和初期のモダニズムを代表する、堂々たる美しい作品だ。但しDNタワー建設時に、室内調度品の大部分が撤去されてしまったのが悔やまれるところ。当時の写真を見ると、イタリア産の大理石やアール・デコの調度品が使われた営業室はとても美しいものだった。

　平成初めのバブル期に改修された、現在の壁と階段だけの無機質な室内では、あまりにも冷たすぎるし、この建物の魅力を半減させているような気がしてならない。令和の改修として、往時の館内を再現して欲しいとも思ってしまった筆者であった。

◆第一生命保険相互会社本館(DNタワー21～第一生命日比谷ファースト)

　◎設計：渡辺仁、松本與作

　◎施工：清水組

　◎基礎工事：深礎工業社(木田保造)

　◎本館起工：昭和10(1935)年4月

　◎本館竣工：昭和13(1938)年11月

　◎改築竣工：平成7 (1995)年9月

　◎構造：鉄骨鉄筋コンクリート造7階建て、地下4階・・・・竣工時

　◎所在地：東京都千代田区有楽町1-13-1

　　❖東京都選定歴史的建造物

　

館内はマッカーサー元帥が執務にあたった部屋を除いて、悉く改築されている。

◆「深礎地業・深層建築」木田保造編より

昭和13(1938)年に木田保造が設立した深礎工業社が出版した解説書より。

木田保造の没後から80年経過しており、木田の生前の業績を紹介したく、今回は深礎工業社の書籍を纏めて紹介させていただいた。木田も現地に足しげく通い、現場を指揮し時には地下に潜ることもあったという。第一生命館竣工から85年、木田率いる深礎工業社が掘削した基礎がこの建物を支えている訳である。

❖図版・・・・「深礎地業・深層建築」木田保造編、深礎工業社刊、昭和13年→筆者所蔵

◆岡村頴三(関根要太郎?)作、第一生命館応募案

こちらは本文でも紹介した、第一生命館の懸賞設計競技の当選案の一つで、岡村頴三作によるもの。

関根の自伝の巻末に収録されている作品一覧に、下の図版2点と共に掲載されている事を考えると、関根要太郎の指導のもと、岡村頴三が制作にあたったのではないかと筆者は想像する。3点とも関根らしさが出た透視図だと筆者は考える。

❖図版・・・・「生い立ちより今日まで」関根要太郎著、昭和11年、私家版

***********************************************************

★参考文献・参考資料

「続・生き続ける建築、渡辺仁」大川三雄氏著、INAX　REPORT　№183、平成22年

「日本近代建築人名総覧」堀勇良氏著、中央公論新社、令和4年

「生い立ちから今日まで」関根要太郎氏著、私家版、昭和11年

「建築雑誌」昭和8年1月号

「深礎地業・深層建築」木田保造氏編、深礎工業社、昭和13年

「ウィキペディア・第一生命館」

★撮影・・・・2016年1月、2017年5月、2023年6月・7月