横浜旧生糸検査所、帝蚕倉庫事務所・倉庫(大正モダン建築再訪2023)

◆旧生糸検査所事務所・倉庫

　・・・・大正15年築、一部が復元・保存された赤煉瓦貼りのコンクリート建築

　ゴールデンウィーク終盤におこなった、今年初めての横浜建築散歩。令和2(2020)年に関内から移転した、新築の横浜市庁舎(令和2年竣工)の敷地内に展示されている横浜銀行集会所(設計：遠藤於菟、明治38年築、大正12年の関東団震災で倒壊)の建物基礎を撮影後、猛烈に強かったこの日の強風を避けるため、市庁舎内で三たび休憩。そして次の訪問先、北仲通へ歩を進めた。

　以前にも紹介したが、新市庁舎が建てられた本町６丁目や北仲通５丁目、海岸通り５丁目は、ここ20年ほどで大きく変貌を遂げたエリアである。特にここ数年の間には次々と高層ビルが建てられている。

　海岸通５丁目の高度成長期に造成された昭和の香り漂う公団海岸団地は、地上14階建ての高層集合住宅へと姿を変え(平成24年竣工)、万国橋ビル(昭和3年築)とその背後のエリアには、地上35階建て・高さ136メートルの高層ホテル(令和元年竣工)が建てられた。

　更に一昨年には本町6丁目に、先述した地上35建て・高さ155メートルの横浜新市庁舎(令和2年竣工)のほか、北仲通5丁目には〔横浜北仲ノット〕と呼ばれる、地上58階建て・地上199メートルのマンションや宿泊施設や商業施設を兼ねた高層ビルが令和2(2020)年に竣工している。特に北仲ノットは横浜市内では現段階で、地上70階建て・高さ296メートルのランドマークタワーに次ぐ高さを誇る高層建築となった。199メートルというタワーは市内でよく目に付いた。近年、この周辺には更に2棟の高層ビルの建設が予定されているという。

　さて北仲ノットと呼ばれる高層ビル、今から20年ほど前までは帝蚕倉庫が使用していた土地に建てられたものである。この一帯は、関東大震災後に横浜生糸検査所があった場所で、横浜ゆかりの建築家：遠藤於菟(1866～1943)の設計により、大正15(1926)年2月に鉄筋コンクリート造4階建ての本館、冒頭の写真でご覧いただいた事務所棟、そして本館の背後にはA棟からD棟の4棟からなる生糸絹物保管倉庫が建設された。

　更に昭和7(1932)年には本館北棟が増築。神戸生糸検査所と共に、戦前の生糸輸出の主要施設となった訳である。

　施設竣工直後、倉庫と事務所は帝蚕倉庫株式会社の施設として使用が開始され、本館は戦後農林水産省合同庁舎として使用さりる。また本館と帝蚕倉庫A棟倉庫は平成2(1990)年に解体されたが、本館はその後跡地に建設された横浜第二合同庁舎(平成5年：1993年竣工)の低層部分に、そのファザードが再現されている。またA棟倉庫は再建されることはなく、跡地は第二合同庁舎の駐車場として使用されている。

　また帝蚕倉庫は今から20年ほど前に北仲地区より撤退。残された事務所棟と倉庫は協議の上、事務所棟は保存され、B棟とD棟倉庫は平成20(2008)年に解体された。

　これらの施設の西側にあった、白の外壁が印象的な鉄筋コンクリート造4階建ての帝蚕倉庫ビル(設計・施工：竹中工務店、昭和3年築)は、帝蚕倉庫の煉瓦壁とかけて〔北仲BRICK、北仲WHITE〕と名付けられたが、B棟・D棟倉庫と同時期に解体された。残されたC棟倉庫も保存の方向で話は進んでいたそうだが、耐震性や老朽化などを理由に平成28(2016)年に解体されている。

　その後、北仲地区の再開発に際し、事務所棟は修繕工事がおこなわれ、主にシェアオフィスとして使われる〔北仲BRICK SOUTH〕として再生。B棟倉庫は〔北仲BRICK NORTH〕として復元、C棟倉庫は北仲ノットの下層部に外壁の一部が再現された。ちなみにこの旧倉庫はイベントスペースやオフィス、レストランやショップとして使用されている。なお白の外壁の帝蚕倉庫ビルは復元されなかったが、北仲ノットの低層部に白の外壁が貼られ、北仲WHITEの名称が現施設に継承されている。

　前回の横浜銀行集会所建物基礎の回でも紹介したように、若き日の遠藤於菟はアール・ヌーヴォーなど西欧の最新建築を日本国内にもたらし、日本初の鉄筋コンクリート造のオフィスビルである、三井物産横浜支店(明治44年築、昭和2年増築)をセセッション風の洗練されたスタイルで建てるなど、モダンな作風を得意としていた。

　しかし後年になると、鉄筋コンクリート製の柱に赤煉瓦を貼るという、モダンとは真逆の懐古趣味的な作風へと転換している。その頃の作品が横浜の旧横浜生糸検査所の施設だったのである。

　この当時の建築ムーブメントからすると、かなり時代遅れの作風だった横浜生糸検査所。しかし時代と共に武骨なコンクリート造の柱に、リズミカルな赤煉瓦を貼った哀愁を帯びた大正建築は、多くの人に親しまれ愛されることになった。筆者が初めてこの建物を見たのが約25年前。その間に周辺では幾つかの建物が移築や解体され、みなとみらい線の馬車道駅が開業し、更にみなとみらい地区からの新しい幹線道路が開通し、高層のビルが相次いで建てられた。

　

　その中で大正末に竣工したこのビルだけが、昔と変わらずこの場所に建っているのは感慨一入である。またB棟・C棟倉庫棟も建物や一部外壁が復元され、B棟倉庫を復した建物の内部には、旧建物の柱や施設スペースが再現されている。かつてこの建物が、どのような目的で建てられたかを今に伝える有意義な建物の復元だと筆者は考える。

　コロナウイルス蔓延の影響もあり、なかなか行けなかった横浜の新スポット。今更ながらその姿を確認できた訳だが、感動と同時に何か複雑な気持ちにもなってしまった、この日の訪問であった。

◆旧生糸検査所事務所、旧帝蚕倉庫事務所(現北仲BRICK SOUTH)

　◎設計：遠藤於菟

　◎施工：大林組

　◎竣工：大正15(1926)年2月

　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て

　◎所在地：横浜市中区北仲通5-57

　　❖横浜市指定歴史的建造物

◆旧生糸検査所附属生糸絹物専用倉庫(現北仲BRICK NORTH)

　◎設計：遠藤於菟

　◎施工：大林組

　◎竣工：大正15(1926)年2月

　◎解体：平成2(1990)年、平成20(2008)年、平成28(2016)年

　◎再建：令和2(2020)年6月(B棟、C棟倉庫)

　◎所在地：横浜市中区北仲通5-57

　　❖横浜市認定歴史的建造物

横浜新市庁舎前の歩道橋より。写真中央が旧生糸検査所事務所、写真右手が平成2(1990)年解体の旧横浜生糸検査所本館を模した、横浜第二合同庁舎(平成5年築)。

そして横浜第二合同庁舎の正面。旧生糸検査所の外壁を忠実に再現したほか、館内には当時の形を模した柱が展示されている。
筆者所蔵の絵葉書より。写真右手部分が昭和6(1931)年に増築されているので、それ以降に撮影されたものと考えられる。コンクリート柱に赤煉瓦を貼った武骨なデザインだが、均等に割り振られた柱や窓にリズミカルさも感じられる。

❖図版・・・・筆者所蔵絵葉書

こちらは北仲ノットが建設される前の平成27(2015)年の秋に撮影。B棟倉庫のあった部分はコインパーキングとして使われていた。

ここからは令和5(2023)年の5月に撮影。復元されたB棟倉庫には旧建物で使われた煉瓦壁が使用されることになった。

旧B棟倉庫内に展示されている当時の柱を再現したもの。フラットスラブという梁を持たない形状の天井にしたため、このような柱になったと考えられる。

こちらは旧建物の柱上に設置されていたエンブレム。倉庫の通気をおこなう半地下のドライエリアに展示されている。

こちらは北仲BRICKオープン直前の令和元(2019)年12月に撮影したもの。この後、コロナウィルスの蔓延もあり、なかなか同地へ行けなかった筆者である。

上の写真を含む4枚の写真は、平成10(1998)年から平成14(2002)年の間に撮影したもの。冒頭の写真ではみなとみらい線は工事中、後に北仲WHITEの名称が付けられる帝蚕倉庫ビルはまだ現役のオフィスビルとして使われていた。今は撤去されてしまった、本町通り、馬車道、万国橋通りの交差点に設けられた歩道橋より撮影。

上の写真を含む5枚の写真はC棟倉庫解体前の平成26(2014)年と平成27(2015)年に撮影したもの。

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★参考文献・参考資料

「日本の建築　明治大正昭和　10・日本のモダニズム」堀勇良氏著、三省堂、昭和55年

「都市の記憶　横浜の近代建築Ⅰ」吉田鋼市氏著、横浜市歴史的資産調査会、平成3年

「開港150周年記念　横浜建築家列伝」青木祐介氏著、横浜都市発展記念館、平成21年

「現代建築保存活用見て歩き」吉田鋼市氏著、王国社、令和3年

★撮影・・・・1998年、1999年、2002年、2014年10月、2015年9月、2019年12月、2023年5月