横浜銀行集会所建物基礎(明治モダン建築探訪番外編)

◆横浜銀行集会所建物基礎

　・・・・明治38年竣工、横浜新市庁舎敷地内あったアール・ヌーヴォー作品

　少し風が強いものの、よく晴れた子供の日の昨日、今年初めて横浜を訪ねた。普段は最寄りの駅から横浜へ直通するFライナーなる急行(特急)電車に乗るのだが、ゴールデンウィークという事もあり少し趣向を変えて、西武鉄道の所沢駅まで寄り道して、西武鉄道が運行する横浜直通の有料座席指定電車S-trainに乗り横浜へ向かった。緑豊かな初夏の西武線や東急線の沿線風景を満喫しながら、ゆったりと横浜へ向かった訳である。

　近年は横浜へ訪れると、みなとみらい線の終点駅である元町・中華街駅より、エスカレーター(エレベーター)に乗り、アメリカ山庭園経由で山手へ向かってしまうのだが、今回はS-trainの一つ前の停車駅であるみなとみらい駅で下車して、みなとみらい地区よりこの日の横浜散策を始めた。

　数年ぶりにランドマークタワーの展望台に上り、横浜とその周辺の眺望を楽しみ、次にこのところ話題の横浜エアキャビン(令和3年：2021年開業)に乗ろうとも思っていたが、強風のために運休になってしまっていた。

　そういう事で次に向かったのは、みなとみらい地区から大岡川の橋を渡ってすぐの場所にある横浜新市庁舎。一昨年(2020年)にオープンした地上32階建てのビルである。かなりの強風という事もあり、市庁舎内に一時避難しながら、市庁舎前やその周辺に展示されている明治期に建てられた建造物や、倉庫、煉瓦造の導水管、川の荷揚げ場の遺構の幾つかを撮影してきた。

　現在横浜市庁舎が建つ場所は筆者が横浜へ訪れるようになった20数年前は、戦後に建てられたと思わしき、年季の入った幾つかのビルが建っていた。それも知らぬ間に解体され、跡地は駐車場などとして使われ、市庁舎が建設される前はかなり閑散とした場所となっていた。

　しかし横浜市庁舎が建つ本町6丁目は、明治期から海運や商業の中心地として栄えた場所であってか、新市庁舎建設に際し多くの明治期に建てられた建造物や土木施設の遺構が発掘された訳である。その中の一つが、弁天橋のすぐ近くに設置された横浜銀行集会所の建物基礎である。

　この横浜銀行集会所、明治38(1905)年に建てられたもので、19世紀末より西欧を中心に大流行していたアール・ヌーヴォーをいち早く取り入れた、とてもモダンな建築作品であった。遺構は少し離れた場所に展示されているが、弁天橋のすぐそばの本町通り沿いに建っていたそうだ。但し建物としては非常に短命で、竣工から18年後の大正12(1923)年9月に発生した関東大震災は倒壊したそうで、修繕や再建工事がおこなわれる事なく、間もなく撤去されたようである。

　今から1世紀前、本町・弁天橋のそばにあった、アール・ヌーヴォー調の美しい建築作品だった横浜銀行集会所。その設計を手掛けたのは、長野県木曽福島出身の建築家：遠藤於菟(1866～1943)である。遠藤は明治27(1894)年に帝国大学工科大学造家学科(現在の東京大学工学部建築学科)を卒業後、横浜を拠点に活躍した建築家で、横浜で数多くの建築作品を設計・監督している。

　現在、横浜では日本日本大通の旧三井物産横浜支店(明治44年築、昭和2年増築)と、旧生糸検査所事務所棟(大正15年築)が現存し、旧生糸検査所の本館や倉庫(大正15年築)の一部が、新築建物の一部として復元されている。

　また横浜新市庁舎から徒歩数分ほどの馬車道に建つ、旧横浜正金銀行本店(設計：妻木頼黄、明治37年築、現県立歴史博物館)の建設に際しては、横浜正金銀行の技師として現場監督を務めている。そして横浜正金銀行本店が竣工した頃に、アメリカの著書において当時最新の建築技術だった鉄筋コンクリートの研究を開始し、自身の設計作品の一部にコンクリートを採用。明治44(1911)年には三井物産横浜支店を総鉄筋コンクリート造で竣工させている。

　現在遺構が展示されている銀行集会所も、階段踊り場スラブにコンクリート採用したそうである。遠藤はアールヌーヴォーというモダンデザインの他、日本建築界においてコンクリートをいち早く採用したパイオニア的存在だった訳である。

　明治末から大正時代にかけて、この横浜銀行集会所はデザインは勿論、構造面でも多くの建築関係者の注目を集めた作品だったと想像される。当時の写真をはじめ、あまり資料が残されていないのようで、数点の写真以外にこの作品の写真が公開されていないのは悔やまれる点だ。

　白のガラス張りの横浜新市庁舎下の庭園には、バラを中心に数々の植栽の花が乱れ咲き、その中に今回取り上げた銀行集会所をはじめとした、明治時代に建てられた建造物や土木構造物の遺構が展示されているとは、とても不思議な空間だった。関東大震災で銀行集会所が倒壊してから1世紀、この界隈の町並みがどれだけ変化したのかなどと、色々と空想が膨らんでしまった昨日の訪問であった。強風のなか、市役所からの連絡通路を渡り、次の遠藤於菟作品へ向かった筆者だった。

◆横浜銀行集会所

　◎設計：遠藤於菟

　◎施工：不詳

　◎起工：明治38(1905)年3月

　◎竣工：明治38(1905)年12月

　◎倒壊：大正12(1923)年9月1日

　◎構造：煉瓦造2階建て

　◎所在地：横浜市中区本町6丁目61(建物基礎展示部分)

❖図版・・・・「明治大正建築写真聚覧」日本建築学会編、昭和11年

❖図版・・・「建築写真類聚　銀行会社編、大正6年」
ランドマークタワーの展望台より。かなり傾いた写真になってしまったが、右下に流れるのが大岡川で、その左手にある白っぽいガラス張りのビルが横浜新市庁舎で、その右上に架かるのが弁天橋。その左手に銀行集会所はあった。

北仲橋より。大岡川に架かる橋は明治期からの歴史を持つものが多いが、北仲橋は今から20年ほど前に掛けられたもの。市役所下の緑地帯に明治期の遺構の数々が展示されている。

横浜新市庁舎の2階より。ご覧のような場所に銀行集会所の基礎は展示してあった。

銀行集会所の遺構と説明版は本町通りに近い場所に設置してあった。

再びランドマークタワーより。以前は旧生糸検査所事務所や倉庫(大正15年築)など遠藤於菟の現存作品が肉眼で確認できたが、旧生糸検査所倉庫の跡地に建設された高層タワーが邪魔して、何も見えなくなってしまった。但し遠藤が現場監督を務めた旧横浜正金銀行本店(現県立歴史博物館、明治37年築)のドームのみが、辛うじて確認できた。

なお横浜における遠藤作品は、下のリンクを参照して頂きたい。

横浜銀行集会所・建物基礎の展示箇所より横浜新市庁舎を見上げる。

大岡川がかつて水運の中心地だった事を裏付けるように、荷揚げ場の階段なども発掘展示されている。

市役所前の大岡川沿いは、デッキのフリースペースになっていた。

花が多く咲く市役所下の庭園には、開港当時から明治の遺構も数多く展示されていた。

**********************************************************★参考文献・参考資料「日本の建築　明治大正昭和　10・日本のモダニズム」堀勇良著、三省堂。昭和55年「横浜建築家列伝」青木祐介氏著、横浜市都市発展記念館、平成21年「横浜市ホームページ」★撮影・・・・2023年5月