函館市末広町の高田印刷、旧金森回生堂(函館懐かしの建築)

◆旧金森回生堂

　・・・・大正14年築、平成23年に解体された金森デパートの付属施設

　函館末広町の日和坂下。日和坂と言えば坂上から坂の中腹の元町地区には、国の重要文化財に指定されている旧相馬哲平邸(明治40年築)をはじめ、20世紀を代表する世界的建築家：フランク・ロイド・ライトの下で働いた経験を持つ建築家：田上義也(1899～1991)が設計した佐田作郎邸(昭和3年築)、日本海員掖済会の宿泊所として使われていた高橋病院天使寮(昭和3年築)など、とても美しい歴史的建造物が多く建つ。

　それに対し函館市電が走る坂下は、筆者が函館に訪れるようになった20世紀の末(1990年代後半)には、かつて森屋百貨店：金森魁文舎(大正14年築、昭和5年築)として使われていた尼崎製罐の工場をはじめ、今回改めて紹介する高田印刷や、その反対側には同時期に建てられたと思われる鉄筋コンクリート造の建物があった。相当年季の入った風格漂う建物たちだったが、それらは時の流れと共に残念ながらすべて解体されている。

　特に2001年から20003年に建てられた市営借り上げ住宅マンション(シーサイドテラス日和坂)や、森屋百貨店の跡地に建てられたウイニングホテル(北島三郎記念館)は、周辺の景観に配慮したり旧建物のシルエットを再現しているが、あまり劣化しない建材を使用している事もあってか、以前のような風情を演出するまでには至っていない。

　すっかり様変わりした日和坂下だが、今から12年前の平成23(2011)年まで最後まで生き残った建物があった。それが冒頭の写真でご覧いただいた高田印刷である。

　この建物は大正14(1925)年の暮れごろに、明治末から昭和初めに金森合名会社の代表を務めていた、三代目・渡辺熊四郎が経営する金森回生堂の店舗として建てられたものである。当時、金森は初代・渡辺熊四郎の娘婿である二代目・渡辺孝平(三作)が倉庫や商船業を統括し、長年金森で勤務した三代目・渡辺熊四郎が物販や商事部門を経営していた。

　現存するものだと、現在郷土資料館として使用されている金森洋物店(明治13年築)や、南部坂下に現存する金森三星堂(明治27年ころ築)や一二堂(大正11年築)などが、金森合名会社が経営する店舗だった建物である。

　特に日和坂下とその周辺は、先に紹介した金森で一番の古株の建物である洋物店のほか、その筋向いには魁文舎、時計店、洋服店、回生堂、そして洋物店の左隣には森屋の本店を構えていた。また大正11(1922)年に刊行された〔函館市制実施記念写真帖〕を見ると、魁文舎から回生堂の店舗は木造2階建て、森屋本店は鉄筋コンクリート造で建てられている。特に回生堂は木造ながらも小さな時計塔を持つ洒落た建物であった。この地域は明治40(1907)年8月の大火でほぼ全焼しているので、それ以降に順次建てられたと想像される。

　更に洋物店の左隣に建てられた金森森屋本店は、大正10(1921)年4月の大火後に建設されたもので、当時函館で建設施工を数多く手掛けていた請負師・木田保造(1885～1940)が担当した。木田は三代目・渡辺熊四郎が檀家総代を務めていた東本願寺函館別院(大正4年築)の施工を手掛けたのを機に、それ以降金森関連の施設を多く手掛けていた。

　森屋本店はこの当時流行していた、セセッション風のとてもモダンな建物であった。なお南部坂下の金森一二堂もこの時期に建てられたものなので、木田が建設に携わったと想像される。

　そのように徐々に業務を拡大させていった森屋だったが、大正13(1924)年8月27日早朝に東浜の勝田旅館から起きた火災により、魁文舎から回生堂の店舗が全焼してしまう。そして大火直後に三代目・渡辺熊四郎は、日和坂下の金森店舗を鉄筋コンクリート造による近代的デパートメントストア建設を英断。

　木田保造率いる木田組の施工により、金森魁文堂と回生堂の工事は始まる。当時の新聞記事を見ると大正14(1925)年12月に新築開店の記事が掲載されているので、それまでにこれらの店舗は竣工したと考えていいだろう。

　

　特にこの後、森屋百貨店となる魁文舎は大きな時計塔を持つ、ヨーロッパの表現主義建築の影響を色濃く受けたとてもモダンなもので、町を代表する商業建築となった。また昭和5(1930)年には背後の海側部分に、カーテンウォールと丸窓を持つ鉄筋コンクリート造7階建ての新店舗を増築。なお森屋百貨店の外壁には黄色のペインティングが施され、デザイン・色彩とも非常に派手な建築作品となった。

　そして金森回生堂だが、当時の古絵葉書や古写真を見ると、森屋百貨店がメインに撮影されてしまい、電車通り(市電通り)沿いの建物側面から撮影した写真しか残されていない。しかし遠景からの写真から推測するに、後年になり外壁に建物の保護パネルが取り付けたものの、外観や電車通り沿いに設けられた通用口など、ほぼ竣工当時から大した変更もされず使われ続けたようである。

　表現主義の影響が強い森屋百貨店に対し、回生堂は装飾を削ぎ落したルネサンスといった佇まい。これだけの力作なのに、建物全体の写真が残されていないのが惜しまれる。

　建物が解体されてから12年、その跡地は現在駐車場として使われている。旧森屋百貨店のビル解体後に建設されたウイニングホテルも、現在は長期休館になっており、このところはオープン当時の賑やかさが静まり返っているようだ。しかし日和坂下に今から10数年前までこんな力強い建築作品があった事を、時々は思い出していただきたい。ここからは過去に撮りためた写真をご覧いただきたい。

　

◆旧金森回生堂(高田印刷・高田末広堂)

　◎設計：木田保造(木田組)?

　◎施工：木田保造(木田組)?

　◎竣工：大正14(1925)年12月ころ

　◎解体：平成22(2011)年

　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て

　◎旧所在地：函館市末広町21-2

★森屋百貨店と金森回生堂を写した古絵葉書

たびたび紹介させていただいている筆者所蔵の絵葉書。森屋百貨店の背後に7階建ての増築棟が建設されていない事や、写真奥の八幡坂下に函館貯蓄銀行本店(現SEC末広ビル、大正15年12月竣工)が写っている事を踏まえると、昭和2(1927)年から昭和4(1929)年に撮影されたものと推測される。

❖図版・・・・筆者所蔵絵葉書

こちらは平成22(2009)年6月の撮影。

◆森屋本店と金森洋物店

写真右が現在は郷土資料館として使われる洋物店、左が大正10(1921)年の大火後に、木田保造の施工により鉄筋コンクリート造で建てられた森屋本店。写真右に写るのが金森合名会社を統括していた三代目・渡辺熊四郎。三代目・熊四郎は明治末から昭和初期にかけて函館経済界のリーダー的存在だった人物で、函館の不燃化建築の施工を推進させるなど、函館の近代化に対し多大な貢献をした人物でもある。

なお森屋本店は、今から約30年前の1990年代初頭まで現存していたが解体され、跡地は現在駐車場となっている。
★金森魁文舎、回生堂をはじめとした金森の各店舗

本文で紹介したようにこの地域は明治40(1907)年8月の大火で焼けた地域なので、それ以降に建てられたものと考えられる。日和坂下の両脇にこれらの店舗が建っていた訳である。

❖図版・・・・「函館市制実施記念写真帖」大正11年→上の2点★大正13(1924)年8月27日火災を伝える新聞記事
大正13年8月27日東浜の勝田旅館から出火した火災は、八幡坂下から基坂下までの海沿いの地域へ類焼し、金森魁文舎、回生堂、大正半ばに函館を拠点に回漕業で財を成した日下部久太郎が建てた万世ビル、明治44(1911)年に辰野金吾と長野宇平治の設計により建てられた日本銀行函館支店などを焼いた。焼失戸数は大火と認定される100棟より少ない98棟だが、当時の函館経済界に与えた影響は計り知れない大規模な火災となった。❖図版・・・・「函館毎日新聞」大正13年8月28日

バス通り沿いのとある駐車場より撮影。森屋百貨店はウイニングホテルな建て替わっているが、洋物店、回生堂と、日和坂下は金森の施設が建つ一帯だった事が分かる。平成21(2009)年10月撮影。

高田印刷は文具を取り扱っていた事もあり、店のショーウインドウには懐かしい文具が多く展示してあった。
平成30(2018)年9月撮影。この頃は金森回生堂の建物は解体され、跡地は駐車場となっていた。
元町のとある高台より平成21(2009)年秋に撮影。眼下に旧金森回生堂の姿も確認できる。

この頃はベイエリアから函館駅にかけての高層ホテルも、ラビスタや函館国際の新館しか建っておらず、今とは雰囲気がかなり異なる。
今から20数年前の平成10(1998)年の初夏に撮影。
こちらは約10年前の平成26(2014)年の初夏に撮影。旧森屋百貨店の手前にあった、深緑のタイルが貼られた北宝商事ビルも解体され、雰囲気が一変した日和坂下である。平成11(1999)年4月に撮影。この頃は市営借り上げ住宅(シーサイドテラス日和坂)が建つ場所には、大正後期から昭和初めに建てられたと思わしき鉄筋コンクリート造2階建ての建物が現存していた。これより間もなく日和坂下の景色は一変することになった。

平成21(2009)年3月撮影。その後、市営借り上げ住宅の他、森屋百貨店の跡地にウイニングホテルが建設されて、このような姿に。

そして今から5年前の平成30(2018)年9月に撮影。金森回生堂(高田印刷)のビルの他、斜向かいの2階建ての北宝商事ビルも解体され、ご覧のような姿に。海食崖を削った坂下の急登も、ロードヒーティング付きの緩やかな坂へ変更されている。

平成11(1999)年4月撮影。今回紹介した旧金森回生堂のほか、旧森屋百貨店、市立函館病院を始め既に無くなった建物を多く確認できる。
平成30(2018)年9月撮影。

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★撮影・・・・1998年6月、1999年4月、2009年3月・6月・10月、2014年6月、2018年9月、2020年10月