不動貯金銀行名古屋支店(建築家・関根要太郎作品研究)

◆不動貯金銀行名古屋支店

　・・・・大正9年築、名古屋広小路にあったネオ・ルネサンス調の銀行店舗

　

　明治33(1900)年の創業以来、全国各地に支店を設置していた東京芝大門に本店を置く不動貯金銀行(頭取：牧野元次郎、1874～1943)。特に六大都市の出店は早く、東京本店のほか大阪(明治44年)、京都(明治44年)、名古屋(大正2年)、神戸(大正4年)、横浜(大正5年)を創業から十数年の間に開店させていた。

　大正元(1912)年頃に不動貯金銀行は、同行の営繕組織である日本建築株式会社(大正6年からは会社の組織改編により、日本勧業株式会社建築部と改称)を結成し、同行の店舗営繕をおこなわせていた。これまでにも紹介してきたように埼玉県秩父市出身の建築家・関根要太郎(1889～1959)は、大正3(1914)年秋に日本建築株式会社に入社したのを機に、約30年に渡り同社の店舗営繕に携わることになった。

　関根はその30年弱の間、東京、大阪、京都、横浜に開設された多くの店舗の設計を手掛けた。そして今回紹介する名古屋支店も関根の設計により建てられたものである。

　不動貯金銀行の名古屋支店は大正2(1913)年1月の開店、当初は別の建物を借りて営業をおこなっていたようだが、それから数年後の大正9(1920)年頃に関根設計による店舗が建てられた訳である。

　関根設計による不動銀行支店があった場所は、中区の広小路通り沿いの旧伊倉町。古地図と現在の地図を照らし合わせてみると、現在の錦2丁目、広小路と伏見通が交わるNTTデータビルの西隣あたりにあったようである。戦後、伏見通が大幅に拡張されたので、跡地は実質道路と言ったところか。

　なおこの周辺、不動貯金のほか横浜正金、三井、住友、第一、三菱、名古屋、山口などの大手銀行が軒を連ねる、名古屋を代表する金融街であった。現在は名古屋銀行の本店(設計：鈴木楨次、大正15年築)と、三井銀行の支店(設計：曾禰中條建築事務所、昭和10年築)として建てられた店舗が現存し、三井銀行の旧店舗は現在も三井住友銀行の店舗として使用されている。

　関根要太郎と山中節治(1895～1952)兄弟の設計により建てられた、不動貯金銀行の名古屋支店。当時の関根兄弟は、20世紀初頭にヨーロッパ各国で流行していた、ユーゲントシュティールややセセッションのエッセンスを取り入れた、とても華やかな不動貯金銀行の支店を制作していた。しかし名古屋支店はネオ・ルネッサンス調の控えめな外観で、当時の関根としては異色の作品である。

　恐らくベージュと思われる外壁タイルを外壁に貼り、軒上にはバラストレードのパラペットに壺飾りの装飾、玄関廻りにはドーリア式のオーダーが設けられている。

　他の大手銀行が出店していることもあり、周辺の銀行と歩調を合わせたのだろうか。しかし古典主義の装いの津田銀行本店(岡山、大正9年築)、ユーゲントシュティール色の強い函館海産商同業組合事務所(函館、大正9年築)、不動貯金銀行福岡支店(福岡、大正8年築)、少し時代は下るが、ネオ・ロマネスク調の村林ビル(東京、昭和3年築)などと見比べてみると、同じ建築家により制作された事がお分かり頂けるかも知れない。結論としては関根要太郎は、建築家としての作風の引き出しが多かったという事になるのだろう。

　そして不動貯金銀行名古屋支店の竣工から数年後、関根は名古屋の広小路にもう一軒のオフィスビルを設計する事になった。それが東京内幸町に本店を置く仁壽生命の名古屋支店で、昭和3(1928)年の4月に竣工したものである。当時の地図を見ると、不動銀行支店から西に約100メートル錦1丁目にあった。

　関根は大正後期より、仁壽生命の函館(大正10年ころ築)、仙台(大正12年築)、横浜(大正14年築)各支店の設計を手掛け、名古屋支店と同時期には東京本社(昭和4年築)の設計と建設監理も手掛けていた。

　仁壽生命の名古屋支店は、鉄筋コンクリート造5階建て、地下1階の構成で、1階・2階を仁壽生命のオフィスとして使用し、3階から5階と地下室は貸部屋とした。建物のファサードは何と全面ガラス貼り、これはオフィス街で採光の悪い立地に配慮したもので、この当時関根要太郎率いる〔関根建築事務所、大正9年開設：昭和6年閉鎖〕のチーフデザイナー的存在だった、蔵田周忠(1895～1966)や若手メンバーの好みが出たもので、不動貯金銀行上野支店(東京、昭和3年築)と同様にファサードの大部分にガラスが貼られるという、とてもモダンな作品となった。

　残念ながら名古屋広小路にあった関根要太郎設計による不動貯金銀行、仁壽生命の各支店はかなり遠い時代に解体されたようである。しかし大正末から昭和初期にかけてモダンな2軒の関根作品が名古屋の町並みを彩り、異彩を放っていた事は想像に難しくない。当時の名古屋の古写真にも登場しない隠れた名建築、ほんの僅かな写真だが関根が名古屋で手掛けたを作品を、これ以降はご覧いただきたい。

◆不動貯金銀行名古屋支店

　◎設計：関根要太郎+山中節治(関根建築事務所)

　◎施工：不詳

　◎竣工：大正9(1920)年ころ

　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て(推測)

　◎旧所在地：名古屋市中区錦2-17(名古屋市広小路通伊倉町角)

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

❖図版・・・・「建築世界」大正9年6月号
◆ニコニコ風景図鑑(昭和6年)より

毎回使用されて頂いている不動貯金銀行のPR誌より。不動貯金銀行名古屋支店は、名古屋城と大須観音と共に紹介されている。共に名古屋大空襲で焼失してしまい、戦後にこれを模した新築建物が建築されている。

❖図版・・・・「ニコニコ風景図鑑」不動貯金銀行
◆仁壽生命名古屋支店

　◎設計：関根要太郎+蔵田周忠(関根建築事務所)

　◎施工：清水組名古屋支店

　◎竣工：昭和3(1928)年4月15日

　◎構造：鉄筋コンクリート造5階建て、地下1階

　◎旧所在地：名古屋市中区錦町1-19-28(名古屋市中区新柳町3-6)

❖図版・・・・「日本建築士」昭和3年12月号

◆当時と現在の名古屋広小路の地図

サイトNetwork2010：沢井鈴一の「名古屋広小路ものがたり」に掲載された地図を転載させていただいた。写真上から下にかけて西から東に向かっていく。仁壽生命の名古屋支店隣の第一銀行の跡地にみずほ銀行が入居するビル、不動銀行の2軒隣が中央電話局で現在NTTデータのビル、更にその東側に三井銀行(三井住友銀行)の店舗がある事でおおよその位置関係を理解していただけるかも知れない。とても分かりやすい地図ではないかと思う。

参考までに下に仁壽生命の名古屋支店の跡地と、不動銀行の名古屋支店跡地の地図を掲載したのでそちらと比較していただきたい。

❖図版・・・・「Network2010：沢井鈴一『名古屋広小路ものがたり』」

◆不動貯金銀行岡崎支店

　◎設計：関根要太郎+山中節治(関根建築事務所)

　◎施工：不詳

　◎竣工：大正9(1920)年ころ

　◎構造：木造外壁モルタル塗り2階建て(推測)

　◎旧所在地：愛知県岡崎市籠田町

こちらは愛知県岡崎市にあった不動貯金銀行の店舗。店舗一覧には大正9(1920)3月の開店とあるので、その頃に建てられたものだと想像される。名古屋支店と同様にネオ・ルネッサンス調の外観デザインだ。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

◆不動貯金銀行豊橋支店

　◎設計：関根要太郎+山中節治(関根建築事務所)

　◎施工：不詳

　◎竣工：大正9(1920)年ころ

　◎構造：木造外壁モルタル塗り2階建て

　◎旧所在地：愛知県豊橋市札木町

前々回の不動貯金銀行浜松支店の回でも紹介させていただいた、愛知県西部の豊橋市にあった支店。こちらはセセッション風のスタイル。以前にも紹介させていただいたが、当時多忙を極めていた関根要太郎、同時期に三重県四日市に建てられた不動貯金銀行四日市支店と瓜二つの出来栄えになっている。そのような事もあり今回も四日市支店の地図を掲載させていただいた。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

❖図版・・・・「建築世界」大正9年4月号
◆不動貯金銀行熱田支店

　◎設計：関根要太郎(不動貯金銀行営繕課)

　◎施工：不詳

　◎竣工：昭和13(1938)年9月

　◎構造：鉄筋コンクリート造2階建て

　◎旧所在地：名古屋市熱田区伝馬町(愛知県熱田市伝馬町)

そして戦局が厳しくなった昭和13年に建てられた熱田支店。資材統制がされた頃に建てられた店舗という事もあり、簡素な出来栄え。建物に掲げられた標語も戦時体制へ向かっていく国内情勢を象徴しているかのようだ。

★2011年、名古屋の旅

今回も番外編として平成23(2011)年に撮影した、名古屋の歴史的建造物の写真をご覧いただきたい。滞在時間が僅かという事もあり、訪問物件は限られてしまったが、とても素敵な建築作品が多く現存していた。

★旧名古屋控訴院(設計：金森刺太郎+山下啓次郎、大正11年築)

★鶴舞公園奏楽堂、噴水塔(設計：鈴木禎次、明治43年築)

★名古屋市公会堂(設計：名古屋市営繕課、昭和5年築)

★名古屋市役所(設計：平林金吾、名古屋市建築課、昭和8年築)

★愛知県庁(設計：渡辺仁+西村好時、昭和13年築)

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★参考文献・参考資料

「日本建築士」昭和3年12月号

「ニコニコ風景図鑑」不動貯金銀行、昭和6年

「沢井鈴一の名古屋広小路ものがたり」沢井鈴一氏著、Network2010、平成24年

★撮影・・・・2011年1月・2月