埼玉県川越市の旧埼玉農工銀行川越支店(昭和モダン建築探訪)

◆旧埼玉農工銀行川越支店

　・・・・昭和2年築、蔵の町通りに建つアールデコ調のレトロビル

　江戸時代より農産物の取引で大いに賑わった埼玉県川越。川越藩の城下町としての役目を終えた明治以降も、農産物を中心とした商いは全盛を極め、埼玉県内屈指の商都として繁栄を極める。それを象徴するかのように、蔵造り商家が多く軒を連ねる旧市街地には、川越の地場銀行である旧八十五銀行本店(設計：保岡勝也、大正7年築)や、旧武州銀行川越支店(設計：前田健二郎、昭和3年築)など、今から100年前に建てられた、風格溢れるかつての銀行建築が今も残る。

　そして川越の旧市街地にはもう一軒、昭和の初めに建てられたかつての銀行建築が現存している。それが今回取り上げさせていただく、仲町の旧埼玉農工銀行川越支店で、今から96年前の昭和2(1927)年に建てられたものだ。

　場所は観光コースから少し外れるが、先週紹介した川越の老舗和菓子店である龜屋本店が建つ仲町交差点より、赤煉瓦の外壁が美しい日本聖公会川越基督教会(設計：ウイルソン、大正10年築)が建つ交差点から、少し南に下った場所にかつての銀行店舗は建つ。

　この辺りは国の重要伝統的建造物保存地区から外れているが、明治から昭和初期に建てられた和風木造商家や土蔵商家がちらほらと建つ地域で、この旧埼玉農工銀行川越支店も、蔵造り商家と和風の木造商家に挟まれるように建っている。小振りではあるがシャープな容姿のなかなかのオフィスビルディングである。ちなみに現在はアクサ生命保険の川越営業所のオフィスとして使用されている。

　埼玉農工銀行は明治31(1898)年の創立。間もなく川越の支店が開設されたようである。なお、さいたま市浦和区の埼玉県文書館に所蔵されている埼玉農工銀行関連の資料目録を見ると浦和の本店の他、川越、粕壁(春日部)、岩槻、熊谷、久喜などに支店や出張所を設けていたようである。

　また昭和5(1930)年には日本勧業銀行に吸収合併され、同銀行の川越出張所に変更。昭和15(1940)年からは川越商工会議所が入居し、銀行店舗としての役割はこの段階で終えたようである。

　また当時の資料が殆ど残っておらず、埼玉農工銀行の他店舗の様子は分からないが、川越に鉄筋コンクリート造の店舗を建てたという事は、埼玉県内において川越が農産物取引に、大きなウエイトを占めていたことが伺える事柄だったのではないかと思う。ちなみにこの建物の前を通るのは川越街道。鉄道開通前は水運と共に江戸への農産品出荷の要となっていた街道の前に、農工銀行の川越支店は建てられた訳である。

　さて昭和2年に建てられたという埼玉農工銀行の川越支店。戦前に建てられた鉄筋コンクリート造の銀行店舗らしく、硬質で手堅く纏められている。

　一見すると無機質に見えるかつての銀行店舗だが、2階窓回りにはアール・デコを連想させる幾何学的な装飾、玄関上のバルコニーには小さなタイルが貼られるなど、装飾的にも凝った場所が幾つか見受けられる。

　川越市のホームページなどでは、アール・デコの特徴としてアメリカ人建築家のフランク・ロイド・ライト(1867～1959)の作品を例として取り上げてられている。しかしそれ以前から同時期の日本国内の建築業界においては、大正初期の大阪・石原時計店(設計：三橋四郎、大正4年築)のセセッション、大正中期の神戸における河合浩蔵の諸作品における幾何学的に簡略化されたルネサンス、関根要太郎・蔵田周忠による関根建築事務所における表現主義風の諸作品など、アール・デコに相通じる作品が次々と登場していたので、一概にライトの影響とは片づけられないと思う。

　そう考えると、松江町に建つ旧埼玉農工銀行川越支店、当時の建築業界のムーブメントに敏感に反応していた建築家が設計を手掛けたと筆者は想像してしまう。長年に渡り建物の汚れが目立ってしまっているが、奇麗に手直しすればなかなか輝きのある作品に戻るのではないかと思う。

　このような素敵な建築作品なのだが、肝心の設計・施工者は不詳なのだという。いぶし銀な渋く輝く作品だけあって、設計者について分からないというのは悔やまる点である。

　近年の川越の観光業は、若者を中心に一大ムーブメントが起きている。しかし蔵の町通りや菓子屋横丁、大正浪漫通り、喜多院といった主要スポットを除くと、観光客の姿を殆ど見かけなくなるのが現状だったりする。しかしそこからすぐそばには、ご覧のようないぶし銀なレトロ建築も建っている。とても奥の深い川越、今年の筆者もこの町へのプチ旅行はまだまだ続きそうな感じである。

　本日は昨年秋におこなわれた川越祭りの様子も、併せてご覧いただきたい。

◆旧埼玉農工銀行川越支店(現アクサ生命保険川越営業所)

　◎設計：不詳

　◎施工：不詳

　◎竣工：昭和2(1927)年

　◎構造：鉄筋コンクリート造2階建て

　◎所在地：埼玉県川越市松江町2-1-8

　　❖川越市都市景観重要建造物

★令和4(2022)年秋の川越祭りより
大祭初日に撮影。かなりの混雑と体調不良で簡単に祭り見物を切り上げてしまったが、その時撮影した写真を幾つかご覧いただきたい。

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★参考文献・参考資料

「川越の建物　近代建築編」仙波書房編、仙波書房刊、令和3年

「東京人、特集：川越散歩　魅力再発見!」都市出版、令和4年10月号

★撮影・・・・2009年4月、2022年5月・10月