埼玉県立上尾高等学校(建築家・関根要太郎作品研究2022)

◆埼玉県立上尾高等学校

　・・・・昭和33年築、埼玉上尾に現存する関根要太郎最晩年の作品

　11月中旬、前回紹介した東京北区の日本基督教団滝野川教会(設計：遠藤楽、平成3年築)を撮影後、JR京浜東北線と高崎線を乗り継いで、久しぶりに埼玉県上尾市を訪ねた。上尾は古くは中山道の宿場町として栄えた町で、戦前は農業、戦後はブリヂストンサイクルや東邦レースなどの工業で繁栄を極め、現在は埼玉県で８番目の人口を誇る埼玉を代表する都市の一つとなっている。

　そして上尾は当ブログの主人公である、埼玉県秩父出身の建築家：関根要太郎(1889～1959)が、戦後数多くの建築設計を手掛けた町でもある。

　関根は昭和27(1952)年にその前年に火災で町役場を全焼してしまった、上尾町の新役場庁舎設計の仕事を承諾。そして建坪133坪という小規模な庁舎ではあるが、４ケ月の工期をかけ鉄筋コンクリート造2階建ての庁舎を、633万円という当時のコンクリート建築としてはかなりの低予算で、昭和28(1953)年2月に竣工させている。

　この当時還暦を過ぎ、ベテラン建築家の域に達していた関根要太郎。今から約20年前に筆者が関根のご遺族から伺った話によると、昭和27(1952)年に上尾の隣町である桶川町に低予算で竣工させた、木造2階建ての小学校舎(旧桶川北小学校)と上尾町役場の仕事は、予算不足により公共建築の建設に苦慮していた埼玉県内の各地方自治体関係者の間で評判となり、これ以降相次いで関根のもとに設計依頼の仕事が舞い込んできたという。

　昭和27年から関根が埼玉で設計を手掛けた市町村の公共建築は、上尾、桶川のほか秩父郡の両神、大滝、羽生、野上(長瀞)、鳩ケ谷(川口)、戸田、朝霞などの市町村の公立学校や役場庁舎などである。秩父三峰山の山村の小学校の分校から、水田地帯の廊下がないとても珍しいモダンな校舎、ガラス張りの階段室が美しい川沿いの小さなコンクリート校舎、米軍キャンプ近くの大規模なコンクリート校舎など、バラエティーに富んだものになった。

　それらは関根が長年に渡り支持した、建築構造学者の岡隆一発明による〔平衡構造工法〕を採用したもので、その多くが限られた予算で建てられたものである。

　60歳を過ぎても精力的な建築家活動を展開していた関根であったが、昭和34(1959)年2月の初旬に上尾の現場で体調を崩したことが原因で、この年の2月20日に69歳で逝去。その後は関根の実弟で当時の共同設計者であった建築家・山中眞三郎(1897～1977)が〔関根建築事務所：関根建築研究所〕を継承し、兄・関根要太郎がおこなっていた仕事を継続したようである。

　また戦後の関根要太郎にとって上尾はお得意様の町で、上尾町役場(昭和28年築)皮切りに、上尾第二小学校(現上尾中央小学校、昭和29年築)、町立保育所(昭和30年築)、上尾中学校(昭和31年築、同32年増築)、上尾市文化会館(昭和33年築)、共立上尾商業高校(現県立上尾高校、昭和33年築)、上尾中央小学校第二校舎(昭和34年築)の設計を手掛けた。

　当時、上尾市(上尾町)の市長を務めていた下里金太郎は多くの企業工場を積極的に誘致するとともに、町の近代化にも努めていた。それらの上尾の発展に寄与したのが、関根が設計したモダンな公共建築だったのである。

　昭和33(1958)年に上尾・桶川・伊奈の3町により設立された共立上尾商業高校。昭和35(1960)年に埼玉県に移管され、県立上尾高等学校と改称したが、当時は上尾町の教育機関として設立したものである。開校間もなくは上尾町学校に仮校舎を置いていたが、昭和33年5月より1500万円の予算をかけ鉄筋コンクリート造2階建ての建設に着手。同年10月に校舎は落成し、この月末には学校機能を移転させ、11月1日に校舎落成記念式典を挙行した。

　外観デザインは上尾町役場以来、関根が上尾作品で多用していた装飾を排除した白い箱型のスタイルで、竣工以来ほぼこの形を保っている。なお写真左手の校舎部分が第1期工事として竣工したもので、校舎の右側部分が関根が69歳で亡くなった約8ヶ月後の昭和34(1959)年11月に竣工したものである。

　関根存命中に竣工した校舎と連続したデザインになっている事から、関根の建築研究所を継承した実弟の山中眞三郎、施工を手掛けた島藤建設関係者が設計を手掛けたと想像される。一体感あるデザインは、校舎全体を関根作品と捉えて良いのではないかと思う。

　またこの校舎のもう一つの見所が、校舎裏手(北側)に設けられた階段室。平成18(2006)年に解体された朝霞市立朝霞第一中学校(昭和32年築)、戸田市の喜沢南に現存する戸田市立戸田第二小学校(昭和33年築) の、総ガラス張りの階段室と比較すると控えめな作りだが、若き日はモダンな作風を得意として活躍した、関根らしさが出たデザインではないかと思う。なお廊下側の横長の窓もこの当時に関根が得意としたデザインである。

　筆者が上尾のこの校舎を初めて見てからかれこれ20年近い歳月が流れた。当時は旧町役場、文化会館、旧町立保育所などは既に無くなっていたが、上尾高校のほか中央小学校、上尾中学校の関根設計作品が現存していた。しかしこの10年の間に、それらの校舎は約半世紀に渡る役目を終え解体され、その跡地には新たな校舎が建てられ、上尾で現存する関根作品は県立上尾高校のみになってしまった。

　戦後埼玉の発展を支えた、地元埼玉出身の建築家による最晩年の設計作品。余命はあと僅かかも知れないが、多くの人に認知していただきたい素晴らしい建築作品である。

◆埼玉県立上尾高等学校(旧共立上尾商業高校)第一校舎

　◎設計：関根要太郎+山中眞三郎(関根建築事務所：関根建築研究所)

　◎施工：島藤建設埼玉埼玉支店

　◎起工：昭和33(1958)年5月

　◎竣工：昭和33(1958)年11月

　◎構造：鉄筋コンクリート造2階建て

　◎所在地：埼玉県上尾市浅間台1-6-1

◆晩年の関根要太郎(中央)と山中眞三郎(左)

過去に2回発表させていただいたが、ドイツ・フランクフルト在住の山中眞三郎の孫にあたるМさんから送られた写真。昭和17(1942)年から戦後まもなくまで関根は藤木工務店の東京支社に勤務。昭和25(1950)年ころ埼玉県浦和市の自宅にて〔関根建築事務所：関根建築研究所〕を再興した。間もなく山中眞三郎も兄の助手として、共同設計を手掛けるようになった。

この写真、足場が組まれた背景から推測するに、埼玉県の建設現場にて撮影されたものと推測される。

背後に写る4階建ての校舎は昭和38(1963)年に竣工した第二校舎。手前の2階建て校舎の左側部分は、関根要太郎が存命中の昭和33(1958)年11月に竣工したもの。そして右側部分は関根の没後9ヶ月後の昭和34(1959)年11月に竣工している。

★上尾自治だより：昭和33年11月号

こちらも以前に紹介させていただいた〔上尾自治だより〕。昭和30(1955)年1月に周辺の町村と合併し新生・上尾町が誕生したのを機に創刊された。公共建築竣工も頻繁に紹介されており、関根の名は記されていないもの、上尾保育所、上尾中学、上尾商高校、中央小学校第二校舎などが写真入りで紹介されている。

❖図版：上尾自治だより、昭和33年11月号

この上と下2枚は2010年1月に撮影。この上と下2枚は2019年2月に撮影。ここ10年あまりで校舎の外観に変化がないことは嬉しい限りである。上尾高等学校の最寄り駅・北上尾駅より。

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★参考文献・参考資料

「履歴書」関根要太郎作成、昭和33年

「上尾百年史」上尾100年史編集委員会、昭和47年

「上尾自治だより」昭和30年～昭和34年

「埼玉県上尾高等学校ホームページ」平成31年3月閲覧

「考え直してみる事など」関根要太郎著、埼玉建築士会、昭和29年

「関根キヌさんから伺った話による」平成16年

★撮影・・・・2010年1月、2019年2月、2022年11月