栃木県栃木市の栃木市立文学館(大正モダン建築探訪)

◆旧栃木町役場庁舎

　・・・・大正10年築、文学館としてリノベーションされた木造洋館

　

　昼過ぎの遅い時間から始めた、蔵の町(小江戸)として知られる栃木県栃木市の建築探訪。巴波川沿いに建つ横山郷土館(旧横山邸、明治40年ころ築)を時間をかけて見学したあと、巴波川脇の小堀を西へ向けて歩く。午後3時を過ぎたこともあり、近くの男子高校や小学校からは学生や生徒たち続々と下校していく。栃木駅前から歩行者を殆ど見かけていなかったので、下校ラッシュはとても賑やかに筆者の目には映ったのである。

　学生さんや生徒さんたちとすれ違うように小堀の脇を歩いていくと、モスグリーンのペンキが塗られた鮮やかな洋館が、ヒマラヤ杉の大木に隠れるように見えてきた。これが栃木訪問で目的にしていた物件の一つ、栃木市文学館である。

　この洋館は大正10(1921)年に栃木町の役場庁舎として竣工。昭和35(1960)年に鉄筋コンクリート造3階建ての新庁舎が竣工後は、市役所の別館と改称され、筆者が以前訪れた平成21(2009)年の秋には市役所の施設として使われていた。

　しかし平成26(2014)年には、これまで使われていた庁舎が老朽化や耐震化などを理由に閉庁。ここから東に数百メートル離れた、平成22(2010)年に業績悪化のため閉店となった、栃木県宇都宮市発祥の福田屋百貨店の旧店舗へ移転した。

　ちなみに現在この旧百貨店、上階は市役所庁舎として1階は東武デパートとして使われるユニークな構成になっている。それを機に旧町役場庁舎は市立文学館としてリニューアル、更に市役所跡地には市立美術館が建設されることになり、今年(令和4年)にそれらの施設がオープンした。

　そして栃木市立文学館として生まれ変わった旧栃木町役場庁舎、一度は建物の部材を全てばらす大規模な工事になったが、令和4(2022)年に市の文学館として晴れてオープンの運びとなった。館内は1階はフリースペースと地元出身の偉人に関する展示、2階は山本有三(1887～1974)、吉屋信子(1896～1973)、柴田トヨ(1911～2013)の栃木出身の作家・詩人の展示がおこなわれている。建物の規模に対して展示がほんの僅かだったのは驚いたが、今後の発展に期待したい。

　さて大正10(1921)年に建てられた旧栃木町役場庁舎、栃木県と隣接する宇都宮県が合併し新生栃木県が誕生した明治6(1873)年から、県庁舎が宇都宮へ移転する明治17(1884)年まで、県庁舎が置かれていた場所に建設されたものである。

　ちなみに先に紹介した巴波川脇の分水、県庁設置に際し掘削された〔県庁堀〕で、先ほど下校していた子供たちが通う県立栃木高校や、栃木市立中央小学校の校地を囲むように張り巡らされている。県庁に堀を巡らせるという発想も、江戸時代の名残を感じさせるようで興味深い。

　栃木県庁舎移転から37年後に建てられた栃木市庁舎、木造2階建てで建設された。設計は当時栃木町の技師を務めていた、新潟出身の建築家・堀井寅吉(1890～?)と長年言われている。しかし近年発見された棟札には〔柏分寅雄、　同技師　藤野兼政、大工棟梁　牧田榮作〕と記載がされていた。堀井の旧姓が柏分などの説が色々あるようだが、この辺りは地元研究家の皆さんの新資料発見に期待したい。1階のフリースペースにその棟札は展示されているので、興味のある方は実物を是非ご覧いただきたい。

　そして大正半ばに建てられた栃木市庁舎、屋根は瓦葺き2階部分は木骨を露出させるハーフティンバー構造が用いられている。建物細部には明治中期から大正期に流行したアールヌーヴォーやセセッションの影響を感じられる意匠が幾つか散見される。

　冒頭の写真でご覧のように、玄関側から見る姿はなかなかなものである。しかし時計台が置かれた角地の造形は、申し訳ないがかなり不格好で、それを誤魔化すかのようにヒマラヤ杉が植えられている。

　外観は洋風で華やかな旧栃木町役場庁舎だが、館内はそれとは一転し木目を強調した落ち着いた作りになっている。2階などは格子天井の部屋があつたり、階段の親柱にはセセッション風の模様が刻まれていたり、和風と洋風、伝統と新風などが混在しているが、全体的には非常に落ち着いた木調の作りで纏められている。派手な外観と落ち着いた建物内の内装の対比は、なかなかのものであった。

　オープンまもなくという事もあり、展示内容は物足りなさを感じたが、町の新たな文化発信の地として活躍してほしい大正モダンな建築作品であった。

　本日は13年前の秋(平成21年：2009年)に撮影した、改修前の旧栃木町役場庁舎の写真も掲載したので、その対比もお楽しみ頂きたい。なかなか興味深い、歴史ある町に残る大正モダン建築である。

◆旧栃木町役場庁舎(～旧栃木市役所別館～現栃木市立文学館)

　◎設計：堀井寅吉　

　　　　：もしくは柏分寅雄+藤野兼政

　◎施工：牧田榮作(大工棟梁)

　◎竣工：大正10(1921)年10月

　◎改修：令和4 (2022)年5月

　◎構造：木造2階建て

　◎所在地：栃木県栃木市入舟町7-31

　　❖国登録有形文化財

　　❖栃木市指定有形文化財

こちらが本文でも紹介した県庁堀。

1階に展示されている棟札。そこには堀井寅吉の名はなく、柏部寅雄と藤野兼政の名が記されている。

改修に際し新設されたエレベーターホールより。モスグリーンの塗装とセセッション風のデザインが一際目を引く。

館内に展示されていた竣工当時の旧栃木町役場庁舎の外観写真と設計図。

これ以降、5枚の写真は平成22(2009)年の9月に撮影したもの。

**********************************************************

★参考資料

「文化遺産オンライン」

「栃木市ホームページ」

「ウィキペディア　栃木市」

★撮影・・・・・2009年9月、2022年10月