栃木県栃木市の横山郷土館(明治モダン建築探訪・番外編)

◆旧横山邸、旧栃木共立銀行

　・・・・明治40年代築、二つの深岩石造の蔵を持つ和風商家

　今年こそは行きたかった函館。しかし年内のスケジュールがうまく嚙み合わず、約2年ぶりとなる函館訪問も現実的に難しくなってきた。そのような事で暫くの間はブログタイトルから脱線した関東近郊の建築探訪記や、久しぶりになる建築家・関根要太郎(1889～1959)氏の作品研究レポートを発表していく予定だ。16年目を迎えネタ切れを感じつつある筆者であるが、気長にお付き合いいただければ幸いである。

　そういう事で先週末、13年ぶりに訪ねたのが栃木県の栃木市だった。栃木と言えば明治17(1884)年まで栃木県の県庁が置かれていた町で、古くから麻、繭、生糸やその他の農産物の取引で繁栄を極めていた町である。

　また町中には江戸期から明治・大正期に建てられた古い商家が多く残っている事から、埼玉県の川越市と千葉県の佐原(現香取市)と共に、関東を代表する蔵の町(小江戸)とも称されている。コロナウィルス蔓延以降、我が家から近所の川越ばかり妻と出かけているので、もう一つの蔵の町を案内したくなった訳である。

　この日は正午前に武蔵野台地東端の我が家を出発したのにも関わらず、JR・東武鉄道ともに乗り継ぎが順調で、僅か1時間半ほとで栃木市に到着。以前の戦前に建てられたレトロ調の駅舎から、高架化に伴い現代風なものへと建て替えられた駅舎から、午後の静まり返った栃木の町を歩く。途中蔵造り商家や出桁造りの関東風の商家が並ぶ倭町(やまとちょう)を左折すると、栃木市の名物ともなっている巴波川(うずまがわ)へ到着した。

　この巴波川は利根川・江戸川を通じ遠く江戸(東京)へ辿り着く河川で、江戸期から明治期にかけては、この地の名産である麻を取引する問屋が多く軒を連ねていたという。ちなみに川越の蔵の町通りの商店 は、町から少し坂を下った新河岸川の護岸から取引した農産品を船で搬出していたが、栃木の町は店先から直接川に停泊してある船に商品を搬出していたそうである。

　巴波川も一時期は川も汚れていたそうだが、30数年前から整備がおこなわれ、遊覧船も出る町の名所となっている。また巴波川沿いには湊町、入舟町といった地名が残り、往時の繁栄を偲ばせてくれる。

　更に巴波川沿いの歩道を上流へ向けて歩いてくと、大谷石貼りの立派な蔵を両側に持つ重厚な和風商家が見えてきた。これがこの時の目的地の一つである横山郷土館である。

　現在、横山郷土館として使われている建物は、水戸藩石岡出身の武士：横山定助が開業した商店として建てられたものである。横山定助は明治維新を機に栃木へ渡り、麻の取引を中心に財を成し、町の有力商人に名を連ねるようになった。また明治30(1897)年頃には四十三国立銀行の監査役を務めるようになり、金融業にも手を出すようになった。そして明治41(1908)年には、自身の銀行会社となる栃木共立銀行を設立している。

　その頃に建てられたのが、現在横山郷土館として使われているこの商店だった訳だが、麻問屋と銀行の部分を兼用したユニークなものとなった。麻問屋は土間を持つ昔ながらの作りとなっており、銀行部分は板張りとなっており洋風の金庫を2つ持つ、若干ではあるが洋を感じさせる作りになっている。

　また店舗両脇は木骨造で、地元の栃木県鹿沼で産出された深岩石が用いられている。この深岩石は近辺で採掘される大谷石より若干固く、水に強いとのことだ。

　ちなみに銀行の店舗部分の扉ガラスには、〔共立銀行〕と名が刻まれた摺りガラスと、麻の葉を図案化したデザインの美しい文様の摺りガラスが4枚設置されている。摺りガラスの引き戸を開けると、銀行のカウンターになるという仕掛けになっているのだ。更に店頭には当時はまだ珍しかったガス灯、鉄製の引き戸が設置されている。これは銀行の防犯対策を考えての事だろう。古風を装いながらも、明治の新風も巧みに取り入れている訳である。

　そして店舗と蔵の背後には美しい庭園が広がっているが、その中央には離れの洋館が建てられている。大正7(1918)年に建てられた小振りなこの洋館、初代の跡を継いだ2代目・横山定助が建てたものである。要は来客の接待所だった訳である。

　外観デザインはハーフティンバーを用い、その図柄はこの時代らしいセセッションスタイルで纏められている。ちなみにこの背後に巡らされた塀は鉄筋コンクリート造である。

　東京から100キロと遠く離れた栃木の町、古風な町の商店建築にも、少しずつながら西洋からの新しい時代の風が入ってきたのは興味深い。

　今から20数年前に、元日本大学名誉教授の山口廣(1925～2017)氏の著書〔近代建築再見、平成9年再販本〕で横山郷土館の存在を知り、それ以来何度かこの建物を訪問しているが、久しぶりの訪問はとても味わい深いものとなった。北関東ならではの味が出た、素敵な商店建築。この日は時間が限定された訪問だったが、次回は船の上から巴波川の商家建築を堪能したいと思った次第である。

◆横山郷土館(旧横山邸、旧栃木共立銀行)

　◎設計：不詳

　◎施工：不詳

　◎竣工：明治40(1907)年ころ・・・・店舗、住宅部分

　　　　：明治42(1909)年・・・・繭蔵

　　　　：明治43(1910)年・・・・文書蔵

　　　　：大正7 (1918)年・・・・離れ洋館

　◎構造：木造平屋、蔵は木骨石張り

　◎所在地：栃木県栃木市入舟町2-16

　　❖国登録有形文化財

離れの洋館は、大正7(1918)年に建てられたもの。

洋館が建つ庭園内の風景。この日はアンティーク着物の展示会がおこなわれていた。

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★参考文献・参考資料

「近代建築再見」山口廣氏著、建築知識刊、平成9年

★撮影・・・・2022年10月