函館市元町のトランジスタカフェ(函館の建築紹介)

◆トランジスタカフェ

　・・・・昭和9年以降に元町に建てられた、準防火スタイルの住宅建築

　本日紹介させていただく函館のトランジスタカフェ(Transistor cafe)は、元町の南端にある洋風の民家を再生したカフェー。五島軒(昭和10年築)や元町港ヶ丘教会(昭和9年築)が建つ大通りを、海峡方面へ少し南へ向かった場所にある。

　筆者はまだ訪れたことはないが、窯焼きピザや季節の果物を使ったパフェが好評を博しており、なかなか予約が取れない大人気の店だそうである。レトロ調な店内も良い雰囲気を醸し出しているようだ。

　さて本日ご覧いただいているトランジスタカフェの写真を撮影したのは、北海道新幹線が開通してもない平成28(2016)年の秋のこと。筆者が長年お世話になっている元町マリンハウス代表・S氏が会長を務める、〔はこだて外国人居留地研究会〕の全国大会が函館でおこなわれる事となり筆者も参加。そのとき宿泊していた銀座通りの高層ホテルから、会場に向かう途中に偶然見かけたものである。

　この日は谷地坂の緩やかな坂を上り、その坂の途中に小池田表具店という洋風下見板張りの古民家を見つけ何枚か写真を撮影。その後は五島軒方面へ歩を進めていくと、トランジスタカフェを見つけた訳である。

　その前日に地元で出版社を営まれるОさんから、トランジスタカフェの評判を聞いていたのだが、このようなレトロな装いの店だったので、とても驚いた次第であった。

　数多くある函館の歴史的建造物の中でも、他の古建築とは違う独特な雰囲気を醸し出すトランジスタカフェ。外壁に塗られたモルタルが少し苔むしている事もその要因の一つだし、函館の洋風古民家によく見られる軒を支える持ち送りがなく、フラットな状態で外壁と寄棟屋根が連続しているのもその要因かも知れない。しかし出窓のスタイルは、昭和に入ってからの函館の民家建築に好んで用いられたもので、そのような点から捉えると函館らしい建築作品にも思えてくる。

　何故トランジスタカフェの外壁にモルタルが塗られているかというと、その最大の理由は火災対策という事になるだろう。皆さんもご存じのようにこの界隈は、昭和9(1934)年3月21日に起きた函館大火で焼失した地域で、それを教訓にして現在トランジスタカフェとして使われている建物が建設されたと想像される。

　ちなみにこの界隈は、明治40(1908)年8月、大正10(1921)年4月に起きた大火でも、全焼の被害を受けていた。そのようなことで、この建物を建てた当時の施主や棟梁も、火災に強い建築を作りたいという信念があったのだろう。

　そして函館に数多く建てられた木造下見板張りの擬洋風民家との最大の違いは、持ち送りを排し外壁と屋根を連続した作りになっている事だろう。実はこのような同時代に建てられたと思われる建物、五島軒の斜め向かいに建つОZIО(旧精養軒)、二十間坂の中ほどに建つ箱館Ready madeなどでも、現在トランジスタカフェと似た作りになっているのだ。これらも火災対策でこのような作りにしたと想像される。

　外壁にモルタルを塗った準放火建築は、函館海産商同業組合事務所(末広町、設計：関根要太郎+山中節治、大正9年築)、旧亀井喜一郎邸(元町、設計：関根要太郎+山中節治、大正10年築)など、資産階級の建造物を中心に採用され始めたが、建設コストも掛かる事から殆ど普及していなかった。

　そして昭和9年大火後も、軍事体制が強くなる国内情勢によって建築資材が高騰していたことも影響してか、モルタル塗りの準防火建築、鉄筋コンクリート建築は殆ど建設されないまま、昭和9年大火の復興事業は不完全のまま終わってしまった。

　昭和9年大火以降も結果的には、函館の民家や商店の多くは従来の木造下見板張りの建築が大勢を占めるのだが、その中で当時の施主が限られた予算の中で頑張って建てた準防火建築というのが、大火の焼失地域に幾つか現存している。その一つがトランジスタカフェなのだ。　　　　

　なお開口部が少ない1階部分に対し、2階部分の出窓が大きいのが気になるところ。これでは火災時に内部を焼かれてしまいそうだ。この辺りは火災発生時に、類焼を食い止めるための何かしらの知恵が、用意されていたのではないかと信じたいところである。

　

　なおこの記事の後半には、トランジスタカフェの数件隣に建つ小山田表具店の写真も掲載してみたので、モルタル塗りと下見板張りの２軒の建物を是非比較していただきたい。とても興味深い感想を持たられる筈ではないかと思う。

　筆者もそこまで追跡していなかったが、昭和9年大火後に焼失地域に建てられたモルタル塗りの木造建築は、市内各所にまだまだ現存しているに違いない。歴史的建造物としての価値はワンランク下がりそうだが、皆さんも名の知れぬ準防火建築を探していただけたら幸いである。

◆トランジスタカフェ(Transistor cafe)

　◎設計：不詳

　◎施工：不詳

　◎竣工：昭和9(1934)年大火以降

　◎構造：木造モルタル塗り2階建て

　◎所在地：函館市元町28-18

◆小池田表具店

　◎設計：不詳

　◎竣工：不詳

　◎竣工：昭和9(1934)年大火以降

　◎構造：木造2階建て

　◎所在地：函館市元町28-20

先のトランジスタカフェを少し小さくした感じの建物だが、雰囲気はどことなく似ている。

この２軒の建物のすぐ近くにある谷地坂。函館西部地区の坂というと海食崖の急坂を上るのが定番だが、函館山と砂洲の付け根部分にあるせいか、その坂は緩やか。この緩やかな上りがそのまま続く。
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★撮影・・・・2016年10月、2018年9月、2020年10月